第11話 魔竜の秘密
俺が住んでいる草原に、魔竜テラムと森の魔女シルヴァが居を構えた。
テラムは巨木のツリーハウスを完成させご満悦だ。
ほとんど俺が作ったのは言うまでもない。
シルヴァの家は折れた巨木の幹だ。
森から家ごと運んでいるため、もし仮に別の場所へ引っ越す時も、このまま運ぶことができる。
そして俺の家はログハウスだ。
俺の家は見た目が素晴らしく、この草原にマッチしているのだが、両隣の変な家が景観を壊している。
文句を言いたいところだが、この地はテラムの領地のため何も言えない。
言ったところで、あの魔竜は聞く耳を持たないだろう。
「さて、今日も頑張るかな」
日課の素振りを終え、朝日を浴びながら井戸の水で顔を洗っていると、タオルを差し出された。
「おはよう、アレファス」
「シルヴァか。おはよう」
「あの素振り、本当に凄いわね」
「そうか? 普通じゃないか?」
「あれが普通って……。道理でね……」
「な、なんだよ」
呆れた表情を浮かべるシルヴァ。
だが、その表情も仕草も、どこか気品を感じる。
シルヴァは人を超えた魔人で、年齢は三百五十歳。
しかし、年齢に触れることはタブーだった。
とはいえ容姿は二十代のままだ。
切れ長の瞳と長いまつ毛、真っ直ぐ通った鼻筋、薄桃色の小さな唇、雪原のようにきめ細かく白い肌。
そして、光沢が美しい金色の長髪を一本の三つ編みにしている。
もしシルヴァが王都を歩けば、老若男女問わず視線を集めるだろう。
「なに見てるの?」
「え? い、いや、見てないよ」
「ふーん……。ところでアレファス、今日は何をするの?」
シルヴァは初めて会った時、黒のローブを着ていた。
しかし、最近はワンピースやパンツスタイルが多い。
農作業や建築作業があるからだ。
今日のシルヴァは、白いシャツに薄茶色の細身のパンツを合わせている。
シルヴァの身長は俺の肩くらいまでだが、腰の位置はあまり変わらない。
手足は長く、恐ろしくスタイルがいい。
とても三百五十歳には見えない。
「図面が完成したから、レストランを作る」
「わあ、みんなのレストランね」
「そうだ。ログハウスのレストランだ。お前の希望通り、キッチンは広いぞ」
「嬉しいわ。他には何があるの?」
いったんやると決めたからには手を抜かない。
今の俺にできる最高のレストランを作る。
「カウンターバーを作って、将来的には酒を並べる。ホールも広めだ。三人しかいないけどな。冷蔵室と冷凍室も完備するから、王都の一流レストランと同じだぞ」
「凄ーい! 楽しみね!」
両手を叩いて喜ぶシルヴァ。
シルヴァは料理が上手い。
さらに独自の調味料も作っているため、これまで味わったことのない飯を作ってくれる。
「俺としては、畑の横で網焼きをするだけの料理も好きだったがな」
「そうね。星空を見上げながら食べるお肉も最高だもの。たまには外でお肉を焼きましょう」
「じゃあ、朝飯は網焼きだな」
「さっそくなのね。ふふ」
俺とシルヴァが朝食の準備に取りかかると、変な家の扉が開く音が響いた。
「諸君、おはよう」
ツリーハウスから姿を見せた魔竜テラム。
「シルヴァ、今日の朝食はなんだ?」
「森豚の炙り焼きと、マッシュポテトです」
「なに! いいじゃないか。お前のマッシュポテトは本当に旨いからな」
「ふふ、ありがとうございます」
テラムがツリーハウスから飛び降りた。
あんなに頑張って螺旋階段を作ったというのに、全く意味がない。
「ったく……。おい、テラム。コンロに火をつけてくれ」
「おお、任せろ」
テラムが薪に炎の魔石を投入すると、火がつき一気に燃え上がった。
***
朝食を終え、シルヴァがハーブティーとクッキーを用意してくれた。
俺はコーヒーを好むが、シルヴァのハーブティーも好きだ。
「アレファス、今日は何をするんだ?」
「レストランを作る。お前も手伝えよ」
「おお、ついにか。楽しみだ」
シルヴァがティーカップを手に取り、テラムに視線を向けた。
「テラム様、私は野菜の種蒔きをしますね」
「お、新しい野菜か?」
「はい。トマトとナスを作ります」
「む、いいじゃないか。楽しみだ」
シルヴァは様々な品種の種を保有している。
これまで俺が作ることができなかった野菜の種を植えてくれるそうだ。
「テラム様のおかげで、この畑はいつでも野菜を育てることができますからね」
「む、そうだろう! わははは!」
この地は魔竜であるテラムの影響で、土壌は常に最高の状態を保つ。
さらに、野菜の成長は通常よりも数倍早い。
また、この地は一年を通して気候が安定しているため、いつでもどんな野菜でも作ることが可能だ。
上機嫌のテラムが、シルヴァが焼いたクッキーを口へ放り込む。
「シルヴァよ。このクッキーも旨いな」
「ありがとうございます。アレファスの小麦がいいのですよ」
「つまり、私のおかげというわけだな」
「そうなりますね。ふふ」
それにしても、この地に対するテラムの影響が大きすぎる。
俺はそれがずっと気になっていた。
「なあ、テラム。いくら魔竜とはいえ凄すぎないか? お前って、土地そのものに影響を与えているんだろ?」
「当たり前だ。私は地竜だからな。私の存在がこの平原を豊かにするのだ」
「地竜?」
「そうだ。シルヴァが住んでいた森も豊かだっただろう。私のおかげだ」
「ま、待て! どういうことだ!」
「どういうことと言われても、私を生んだのはこの地であり、この地を作ったのは私だ」
「い、意味が分からん」
「つまり私はこの平原そのものだ。ここはテラム平原だぞ?」
「テラム平原? 初めて聞いたな」
「魔竜領としか知らぬ者も多いが、この地はテラム平原と呼ばれているのだ」
余計意味が分からなくなった。
「ふふ、アレファス。理解できなくても、それが自然の理であれば受け入れるしかないのよ」
「そ、そりゃそうだが……」
「朝日が東から昇るように、雨が空から降るように、この地はテラム様なのよ。テラム様は本当に偉大なお方なのよ」
「よく分からんが、分かったよ」
それが自然というのであれば、そう理解するだけだ。
「ん? 待てよ?」
この地がテラム平原だと言うなら、他にも魔竜の名を冠した土地がありそうだ。
「もしかして、他にも魔竜はいるのか?」
「うむ、私を含めて十三柱いるぞ。皆、世界各地におるぞ」
「なんだと!」
「特徴的な地形に魔竜が住んでおるのだ。まあ魔竜がいるからそうなったとも言えるがな」
地形に影響を与えるほどであれば、どれほどの長さを生きているのだろうか。
「テラム、お前何歳だ?」
「年齢? 正確には分からん。ただ、私は二十はああ――ゴホッ! ゴホッ!」
「二十? 二十歳じゃないよな」
テラムの見た目だと、二十歳と言われても納得してしまう。
しかし、二十年前なら俺も生まれている。
テラムがそんなに若いわけがない。
「まさか二十万年とか? いや、そんなわけはないか……」
クッキーを喉につまらせ、テラムがむせこんでいる。
シルヴァが苦笑いを浮かべながら背中をさすると、テラムはハーブティーを一気に飲み干した。
「ゴホッ! ゴホッ! ……死ぬかと思った。魔竜がクッキーで死ぬなぞ洒落にならん」
むせたテラムが、顔を赤くしたまま俺に視線を向ける。
「私が生まれてから二十八億年は経っておる。ゴホッ、ゴホッ」
「二十八……億年? は? 億?」
俺には想像もつかない数字だった。
現人類の誕生は十万年前で、祖先となる種族は百万年前に誕生したと言われている。
それよりも遥かに太古だ。
「お、おいおい、二十八億年て……。嘘だろ?」
「嘘をつく意味がないだろうが」
「いやいや、だってお前……。億とか生物が生きられるわけないだろ?」
「魔竜は特別だからな」
「それはもう神じゃないか?」
「まだ神ではないぞ」
あまりにも壮大すぎて頭がおかしくなりそうだ。
「ほら、アレファス。あまり考え込まないの。それが自然の理なのだから」
三百五十歳のシルヴァですら、比較にもならない。
テラムが勝ち誇った表情で、俺を見つめている。
俺はその顔を呆然と見つめ返すことしかできなかった。
「そういうわけで、アレファス。これまで以上に私を敬うのだぞ。分かったか」
「い、いやあ……。あまりに驚きすぎて一周回っちまったよ。魔竜ってすげーんだな」
俺はハーブティーを飲み干した。
「じゃあ、作業を始めるか。おい、テラム。お前は丸太を切れ」
「き、貴様! 話を聞いてなかったのか! 敬えと言ったであろう!」
「はいはい、敬っておりますよ。凄い凄い。だから魔竜様、早く作業をしましょう」
「おい! アレファス!」
「ってか、神の如き魔竜様が、こんな小さなことを気にするのかよ」
「な、なんだと!」
「はあ、小せえ、小せえ」
「貴様!」
俺は席を立ち、納屋に向かった。
「何も変わらなかったわね。よかったわ。ふふふ」
いつもと変わらない、シルヴァの優しい笑い声が聞こえた。




