第1話 魔神と呼ばれた傭兵
「あれがモルス村か」
鬱蒼とした林の中に潜みながら、俺は単眼鏡を取り出し、前方に見える村の様子を確認した。
「アレファス隊長、様子はどうだ?」
「帝国兵は――いないぞ!」
俺は同僚の副隊長に、状況を教えた。
ルジェール王国とスクロア帝国の戦争は、もう五年近く続いている。
俺がルジェール王国の傭兵として、この戦いに参加してから約一年が経過した。
当初は劣勢だったルジェール王国だったが、一年前から形勢が逆転。
現在はルジェール王国が国境を押し上げ、領地を拡大している。
「よっしゃ! 占領してさっさと略奪するぞ! 女がいりゃ最高だぜ!」
「ふざけんな。略奪は認めん」
「おいおい、アレファス。今は戦争だぞ? 略奪は帝国の力を削ぐことにもなるんだ。いくら隊長だからって、その命令はないだろうよ。隊員の士気も下がるぞ?」
「略奪なんてやってみろ。俺がお前らを殺す」
「ちっ、クソ真面目かよ」
俺は悪態をつく副隊長を睨みつけた。
戦争とはいえ、俺は絶対に略奪を許さない。
「はいはい、魔神様には逆らいませんよ」
軽口を叩きながら、肩をすくめる副隊長。
ルジェール傭兵団は、現在スクロア帝国の領地へ進攻中だ。
俺の部隊は、帝国領地に深く入ったこのモルス村の占領が任務だった。
「よし、村へ入るぞ。村人に危害は加えるなよ」
俺は部隊の連中に念を押す。
そして、十人でモルス村に入った。
「王国兵だ!」
「なっ! こんな村にまで!?」
「早く家に入れ!」
村に入ると、女子供は家に隠れた。
男たちは農具を武器にして、抵抗の姿勢を見せている。
俺は両手を上げて、村人に近づく。
「ルジェール王国だ。この村を占領する。だが、村人は決して傷つけない。安心してくれ」
「ふざけるな! 侵略者が!」
「村長はいるか? 話がしたいんだ」
「帰れ! 侵略者ども!」
村人が石を投げつけてきた。
額に当たり血が流れるが、石くらい当たってもなんともない。
村を占領されることのほうが痛いだろう。
村人の気持ちは分かる。
だが、これは戦争だ。
「待て!」
一人の老人が騒ぎを制した。
「私が村長です」
「村長、話がある。内容は分かってると思うが……」
「はい。抵抗しませんので、命だけはどうか……」
「もちろんだ。危害は加えない。我が隊は略奪も禁じている」
「あ、ありがとうございます」
俺は村長を連れて、村の集会場に移動した。
「この部隊の隊長をやっているアレファス・デモニウスだ」
「アレファス様。この村はどうなりますか?」
「村は王国が占領する。村人は何人いる?」
「約二百人です」
「そうか。抵抗しようと思うなよ。こちらは十人とはいえ手練れの兵士だ」
「はい。分かっております」
「抵抗しなければ、普段の生活は約束する」
「ありがとうございます。この村は特に若い女が多いので、兵士の方には抑えていただければと……」
村長は俺が持つ大剣を見て、怯えた表情を浮かべていた。
まずは信頼してもらう必要がある。
「村長。すまないが、食料を分けてもらえないか? 相応の金は支払う」
「え? お金ですか?」
「もちろんだ。俺は略奪を固く禁じているからな」
「占領してお金を払うなんて、聞いたことがありません」
村長は少しだけ安心したようだ。
これならば、なんとか話がまとまるかもしれない。
「ん? なんだ?」
村長と話していると、外から怒号が聞こえてきた。
「ちょっと外を見てくる」
俺は急いで外に出た。
「兵士が村の女を襲ってる!」
「殺せ!」
「許さねーぞ!」
農具を持って走る村人たち。
「なっ! バカなっ!」
村人を追いかけ一軒の家に入ると、信じられない光景を目にした。
斬られて死んでいる村の若い男。
その奥で、傭兵どもが若い女を囲んでいた。
「もう我慢できねー!」
「くっそいい女だぜ!」
「たまんねー!」
村の女を襲う傭兵どもの姿があった。
「貴様ら!」
「アレファス! てめーの命令はもう聞かねー! 俺たちゃ慈善事業をやってんじゃねー! 戦争やってんだ!」
「なら死ね。クズどもが」
「バカが! お前が死ね! こっちは略奪が楽しみで傭兵やってんだよ!」
副隊長が剣を握った瞬間、俺はクレイモアを振り抜く。
そして、副隊長の身体を真っ二つに斬り捨てた。
「アレファス!」
「てめえ!」
「やりやがったな!」
残りの傭兵どもが剣を抜く。
八対一だ。
「貴様ら、俺に敵うと思ってるのか?」
「魔神とか言われてるからって調子に乗んな! てめーはここで死ぬんだよ!」
八本の剣が俺に向かって振り下ろされた。
だが、俺はたった一振りで、その剣ごと全員を斬り捨てる。
血飛沫を上げ、床に転がる八体の死体。
「大丈夫か?」
「ひ、ひいい!」
俺は女にタオルをかけた。
「申し訳ない。心からの謝罪を……。もちろん補償もする――」
「ひいいい! 魔王! ごめんなさい! ごめんなさい!」
俺を見る女の目が、異常に怯えていた。
部屋の隅で大きく震えている。
そこへ、息を切らした村長が姿を見せた。
「すまない、村長。こんなことになってしまって……」
「……ま、魔王だ! ど、どど、どうか命だけは! どうか!」
いくつもの死体が転がる惨状を見た村長は、頭を抱え床にうずくまってしまった。
「どうかお助けを! 魔王様! どうか! どうか!」
とてもじゃないが、声をかけられる状況ではない。
家を出ると、村人たちが一斉に石を投げつけてくる。
「で、出ていけ!」
「人殺し!」
「侵略者め!」
何度も頭に直撃し、大量の血が流れる。
「すまない」
俺は部隊の金と兵糧を全て置いて、村を出た。
「もう……うんざりだ」
人がいない場所へ行きたい。
俺はその場で傭兵の引退を決意した。
◇◇◇
ルジェール王国、国境の都市グラゴース。
ルジェール騎士団の駐屯地で、千騎長室の扉をノックする音が響いた。
「レーシェ千騎長。国境の戦線で、傭兵部隊が全滅しました」
「全滅だと? どこの部隊だ?」
「隊長はアレファス・デモニウスです」
「なに! あの魔神アレファス・デモニウスの部隊だと!」
「はい」
「魔神も死んだのか?」
「それが……、部隊を皆殺しにしたのはアレファス・デモニウス自身で、そのまま失踪したようです」
「どういうことだ?」
その後の説明で、略奪行為に激昂したアレファスが傭兵を皆殺しにしたことを知る。
そして、消息は今も掴めないとのことだった。
「レーシェ千騎長、いかがいたしますか?」
「追手を出せ」
「か、かしこまりました!」
配下が部屋を出ていく。
「……だけど、あの人を追えるわけがないわよね」
窓を開け、外を眺めながら呟くレーシェ千騎長。
その呟きは風にかき消され、銀色のポニーテールが揺れていた。
◇◇◇




