『余命三百六十四日の魔物です』
この物語は、
連載を前提とした世界の、最初の一歩です。
ひとまず一話分として読める形にしていますが、
本当は、ここから先で試したいことがたくさんあります。
寿命が見える世界で、
生きることは、どんな意味を持つのか。
楽しむこと、迷うこと、誰かに関わることは、
時間を増やすのか、減らすのか。
答えは、まだ出ていません。
この話は、その実験の記録の始まりです。
――たぶん、世界でいちばん真面目に寿命を気にしています
目が覚めた瞬間、俺は確信した。
――あ、これ、長生きできないやつだ。
理由は三つある。
一つ、体が小さい。
二つ、牙が短い。
三つ、頭の上に、見慣れない文字が浮かんでいる。
【種族:苔喰いモル】
【危険度:ほぼ無害】
【寿命:残り365日】
寿命。
よりによって、寿命。
ステータスに載せる情報じゃないだろ、それ。
せめて最後に書いてくれ。心の準備というものがある。
「……一年?」
声を出したつもりだったが、
口から出たのは「キュル」という情けない音だった。
どうやら俺は、人間ですらない。
苔喰いモル。
名前からして弱い。
苔を食う時点で、食物連鎖のだいぶ下の方だ。
周囲を見渡す。
洞窟。湿気。苔。
敵はいない。代わりに希望もない。
とりあえず、苔を食べてみた。
……うまくない。
だが、空腹は満たされる。
【寿命:残り364日】
「減った!?」
たった今、生きるために食べたのに、
寿命が一日減った。
おい。
生きる行為そのものが、寿命を削る仕様なのか。
俺は冷静になろうとした。
まず、状況整理だ。
・異世界転生
・雑魚モンスター
・余命一年
・生きてるだけでカウントダウン
詰んでない?
これ、最初から詰んでない?
いや、待て。
「一年」あるということは、
「一年以内に何かをすればいい」ということだ。
何を?
知らん。
だが、少なくとも
このまま何もしなければ、確実に死ぬ。
それだけは分かる。
⸻
まず俺は、実験を始めた。
魔法が使えそうな気がしたので、
それっぽく手(前足)を振ってみる。
「キュル……」
小さな火花が散った。
【魔法使用:寿命 −3日】
【寿命:残り361日】
「減りすぎだろ!!」
三日。
たった今、
異世界ファンタジーの醍醐味を味わった代償が、三日。
魔法、コスパ悪すぎないか?
次に、走ってみた。
洞窟の端から端まで、全力疾走。
【行動:特に意味なし】
【寿命:残り360日】
「意味ないなら減らすなよ!」
生きるって、こんなに理不尽だったか?
俺は苔の上に座り込んだ。
いや、正確には座ったつもりだが、
体が丸いので、転がった。
ここで、一つの仮説が浮かぶ。
寿命は、行動の「価値」ではなく、「消費」で減っている。
つまり、
・魔法 → 消費が大きい
・無駄な行動 → 消費するだけ
・生きる → とにかく減る
では逆に、
減らない行動はないのか?
⸻
次の日、俺は何もしなかった。
苔も食べない。
走らない。
魔法も使わない。
ただ、洞窟の天井を見ていた。
……暇だ。
暇すぎる。
だが、耐えた。
【寿命:残り360日】
「減ってない?」
減ってない。
確実に、昨日から変わっていない。
俺は震えた。
希望というやつで。
つまり――
何もしなければ、寿命は減らない。
だが、何もしないと、
苔喰いモルは餓死する。
餓死は寿命以前の問題だ。
「……詰んでないけど、詰んでるな」
その日、俺は苔を半分だけ食べた。
【寿命:残り359日】
半分で一日減る。
なるほど。
寿命は量じゃなく、行為そのものに紐づいている。
じゃあ、次の仮説だ。
楽しいことは、寿命を減らすのか?
⸻
俺は洞窟の外に出た。
森は広かった。
空は高かった。
正直、少し感動した。
【感情変化:喜】
【寿命:残り359日】
「減らない?」
喜んだのに、減らない。
じゃあ、悲しんだら?
無理だった。
景色が綺麗すぎた。
そのとき、人間の子どもを見た。
森で迷っているらしい。
普通なら逃げるところだが、
俺は思った。
関わったら、寿命が減るのでは?
だが、関わらなければ、
この子はたぶん、困る。
俺は迷った。
寿命一年の魔物が、
余命フルの人間を助ける意味。
考えた末、
俺は鳴いた。
「キュル」
子どもは俺を見て、笑った。
【感情変化:他者喜】
【寿命:残り360日】
「……増えた?」
一日、増えた。
俺は呆然とした。
生きるための行動は寿命を削る。
だが、誰かのための行動は、寿命を戻す。
確定ではない。
だが、可能性はある。
俺はその夜、
苔を食べながら考えた。
【寿命:残り359日】
一日減ったが、悪くない。
生き残る方法は、まだ分からない。
でも――
生きていていい理由は、
少しだけ、分かり始めていた。
頭上の数字は、まだ動いている。
だが、俺は初めて、それを見上げて笑った。
「一年あれば、
まあ、いろいろ試せるよな」
苔喰いモルの余命一年は、
こうして、実験の時間になった。
まだまだ、死なない、死ねない、楽しめる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この作品は、
「強くなる」「勝ち残る」異世界転生ではなく、
どう生きるかを考え続ける連載のプロトタイプです。
寿命が増えたり減ったりする理由も、
最終的に延ばせるのかどうかも、
まだ確定していません。
主人公と一緒に、
失敗しながら、遠回りしながら、
生きる時間の意味を探していくつもりです。
もし、続きを読んでみたいと思っていただけたなら、
それだけで、この実験は成功です。




