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わさ子の日常  作者: 水島素良


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わさ子の三が日

 わさ子は一人暮らしで貧乏なので、正月もそんなに高いものは食べない。カニが食べたいと思ったが、スーパーに並んでいる3千円だの5千円だのという途方もない金額にあきらめるのが毎年のことだった。

 ケンミンショーで「道民はみんなカニのむき方を知っている」とか特集していたとき、カニをむくどころか触ったことも食べたこともないわさ子は、

「みんな金持ちだなあ」

 とつぶやいただけだった。道民でも貧困層はカニになんか手が出せない。ケンミンショーの人たちはそれを知るべきだと思ったが、そんなことをわさ子ごときが思ってもどうしようもない。

 大晦日はセコマで頼んだ海老天そば(702円もする。この金額がわさ子には既に高級品である)を食べながら紅白を見て、正月の朝はお餅を1個だけ食べて即席のお吸い物のなかに投入し、喉に詰まって窒息したらどうしようと思いながらおそるおそる食べた。歳を取るとすぐに喉がつまるようになる。年末に「どこかの偉い人が餅を喉に詰まらせて死んだ」とニュースが言っていたから余計に怖い。

「私、今日死ぬんじゃないか」

 と心配しながら食べたお餅は、しかし、うまい。

 やっぱり正月は餅だよ、と、先日までの心配を忘れたわさ子は、餅ではなくお茶を喉に詰まらせて咳き込む。

 お正月の特番で「神社で手を打つときは手を少しずらすとよい音が出る」という余計な知識を学ぶ。天気予報によると1日はマイナス10度なので、外に出るのは危ないと判断し、初詣は2日に回して元日はひたすら食って寝る日にし、夜は、わさ子にとって数少ない楽しみである格付けチェックを見て初笑いした。


 2日。初詣に行こうとしたわさ子を強烈なあられが襲いかかった。丸い氷の粒がこれでもかと降ってきて、当たるとけっこう痛い。それでも負けずに道を歩き、人が多い神社にたどり着いた。

 まず去年のお守りを回収しているおじさんに渡して、お参りの列に並んだ。並んでいる間にもあられは容赦なく打ち付けてくる。バッグの上が氷の粒だらけになっていたので、払おうとしたら空いたすき間から粒が中に入ってさらに惨事となる。

 慌てて粒をかき出している間に順番が回ってきた。お賽銭になけなしの千円を入れ(お札を入れたほうがいいという情報はかまいたちの番組で知った。わさ子はなんでもテレビで学ぶ)礼をして手を打った時テレビで神社で手を打つときは手を少しずらすといい音が出ると言っていたのを急に思い出して打ち直してしまい、結果3回打ってしまったことに気づいたが、神様は寛大だから手を打つ回数を間違えたくらいでは怒らないだろうと自分に言い聞かせ、500円のお守りに今年の全ての安全を都合よく委ねた。



 帰り道でスーパーに行くと、お正月のBGMの中でもう節分の豆まきグッズが売られていた。商売をする人は気が早いなと思いながら休憩コーナーに行き、100円で紙コップのコーヒーを飲む。これはわさ子がたまにする贅沢である。家で飲んだほうが安いのだが、ここで飲むコーヒーはちょっと違う味がする。

 休憩を終えてから買い物に向かうと、物価高で板チョコが181円もする。わさ子が子どもの頃は100円しなかった。今は、おやつでさえ100円では買えない時代なのだ。

「ヒィッ」

 わさ子は思わず声を上げた。高カカオのチョコに一箱700円以上の値段がついていたからだ。こないだ食べた年越しそばより高いではないか。カカオの高騰はここまでひどかったのか。

 それからわさ子は香辛料売り場に向かった。推しのアイドルが最近スンドゥブチゲなるものを食べたと噂で聞いて、自分も作りたくなったのだ。ちなみにわさ子は韓国料理を食べたことがない。給食で出た「ビビンバごはん」しか食べたことがない。めったに外食しないからだ。

 まず唐辛子の粉を探した。一袋300円以上する。わさ子はそれを手に取って考えた。

 これを買ったとして、料理の苦手な自分が使い切れるだろうか。

 そういえば、いつか買ったカレー粉も、冷蔵庫の奥底で眠ってなかったっけ……?

 しばし考えた末、わさ子はスンドゥブチゲをあきらめた。ちなみに、一応見に行ったアサリの缶も高くて手が出せそうになかった。肉も高いし。

 結局、今年は揚げ物を控えようと誓ったのを忘れてスパイシーささみフライを買う。道民なのに甘納豆が嫌いなので赤飯おにぎりは小豆を選ぶ。

 冷凍食品売り場をうろついていると、「煮物用根菜」というものを見つけた。198円。これとウインナーでポトフにすれば2日は夕飯になると考え、20%引きのウインナーを一緒に買う。数日後に「やっぱり根菜は冷凍するとまずい」と気付くことになるのだが、今日のわさ子はそんなことには気付いていない。

 帰ってからさんまのまんまをボケーっと見て、最近の若い芸人さんって発想が残酷だなあと思いながら夕方を過ごす。

 わさ子の1月2日はこうやって過ぎていった。


 3日。部屋で動画を見ながらダラダラする──予定だったのだが、どうしても外に出たくて、少し離れた市場まで歩いてみることにした。

 雪道を頑張って歩いた。しかし。

 まだ休みだった。

 昨日スーパーに行ったせいでもう普通の平日のような気分になっていたが、まだ三が日、正月だということを思い出した。市場でお刺身を買おうと思っていたわさ子は、お魚への郷愁をにじませながらドラッグストアに入った。ここは今日もやっていて、コーヒーの自販機があるはずだ。しかし。

 自販機には「調整中」という紙が張ってあった。

 つまり、今日は使えない。

「クウッ」

 わさ子は変な声を出した。

 今日はコーヒーも飲めないのか!

 今度はコーヒーへの郷愁をにじませながら、わさ子はコンビニへ行った。すると、

「当店のみ、三が日はカツカレーが500円!」

 と書いてあるのが見えた。売り場にはまだカレーは並んでいない。しかし、カウンターの奥からおいしそうなカレーの匂いが漂ってくる。

 時計は11時半。

 待っていれば、来る!!

 わさ子は待った。無駄に売り場をうろうろし、チョコレートをどれにしようか迷ってるふりをしながら待った(もちろん、チョコレートを買う気はない)。

 20分ほど待っただろうか。三角巾をかぶった、コンビニにしては所帯じみた親しみがある女性が、待望のカツカレーを運んできて棚に並べた。

 わさ子は文房具棚の隅からその様子を見守り、女性が奥に消えたのを見計らってカツカレーをかっさらい、セルフレジに飛びついた。

 ああ、今日はなんていい日だろう!

 カツカレーが500円だった!

 市場が閉まっていたことも、自販機のコーヒーが飲めなかったことも忘れて、わさ子は幸せな気持ちで家に帰ったのだった。

 これが、2026年のわさ子の三が日であった。



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