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追放された無能召喚士、最弱スライムの中に双子の魔王がいました  作者: 桜塚あお華


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第08話 封印の痕跡

 戦いが終わったあと、村には重い静寂が戻っていた。

 土煙がようやく落ち着き、焼け焦げた木々の匂いが鼻腔をくすぐる。

 だが、それは安堵の香りではない。

 そこに漂っていたのは――『恐ろしい力』によってもたらされた、畏怖の沈黙だ。


 何せ、救ったのは幼い少女。


 人々は、自分たちの常識が目の前の幼い少女によっていとも容易く打ち砕かれたことを、確かに理解していた。

 村人たちの視線は、倒れ伏した魔物の残骸ではなく、その場に静かに立つ小さな少女――ルーナへと注がれている。

 魔物を一瞬で消し飛ばした、圧倒的な力。

 あどけない笑顔に宿る異質な気配に彼らは混乱と恐怖を抱きながら、無意識に一歩、また一歩と距離を取っていた。

 まるで、彼女こそが新たな脅威であるかのように。


「……やっぱり、俺のせいで……村を、こんなにも怖がらせてしまったのか」


 ガルドは、西の空に沈む夕陽を見つめながら、ぽつりと呟いた。

 その声は、自嘲めいていた。


 ――あの時、自分は、また何もできなかった。


 怯えて、震えて、ただ立ち尽くして……また、失敗したのだ。

 ルーナが助けてくれたという事実は、確かに救いではあった。

 しかし、あの『力』を目の当たりにしたことで、ガルドの胸には別の不安が芽生えていた。


 ――あの力は、本当に人々を救うために使われるべきものなのか?

 ――いや、そもそも、自分とルーナの存在自体が、村にとって祝福なのか、それとも……災厄なのか?


「ご主人様は、間違っていませんよ。何も心配いりません。私はただ、ご主人様を護りたかっただけです」


 ふわり、と肩に寄り添う小さな体温。

 ルーナが、ガルドの袖をぎゅっと掴んでいた。

 その手のひらの温もりが、重くのしかかっていた不安を、ほんの少しだけ和らげる。


「私は……ご主人様を守りたいから、力を使っただけです。誰かを怖がらせるためじゃない。誰かを傷つけたいわけでもないんです。それに、ご主人様がどれだけ優しいか、私が一番よく知っています。あの魔物もご主人様を傷つけようとしたから……だから、私が罰を与えたんです」

「ルーナ……」

「それに、村の人たちだって、ご主人様の悪口ばっかり言って、近づこうともしなかったじゃないですか!救う価値なんて、ありました?」

「あ、あはは……」


 ――その言葉には、嘘がなかった。


 ルーナの紅い瞳は、ただ純粋な信頼と、揺るがぬ忠誠を映している。

 ガルドは目を伏せたまま、小さく笑って頷いた。


 だが、どうしても――あの力を持つ存在が、何の疑いもなく自分を『ご主人様』と呼び、従っているという事実が心に馴染まなかった。


「ルーナ……お前、本当に、あれが“本当の姿”なのか? あの力も、全部……お前のものなのか?」


 ガルドの問いに、ルーナは少しだけ目を伏せ、静かに、けれどきっぱりと答えた。


「……いいえ。あれは、ほんの『一部』です。私の本来の力は、まだ戻っていません。永い封印のせいで、完全には解けていないんです。もしすべてが解放されたら……きっと、世界が塗り替わるほどのことが起きるでしょう」


 ガルドはその言葉に、目を細めた。


 ――あれが、ほんの『一部』?


 では、完全な力が解放されたとき――この辺境どころか、国家すら消し飛ぶのではないか?

 そのスケールの大きさに、目眩すら覚える。


「じゃあ……お前の『兄』も、まだ眠ってるってことか?もし目覚めたら……お前と同じ、いや、それ以上の力が?」


 ルーナは頷いた。


「ええ。彼もまだ、深く眠っています。でも……少しずつ、何かが動き始めている。昨日、ほんの微かだった気配が、今はもう、明確に感じ取れるんです。まるで、彼も私を呼んでいるかのように」


 そう言ってルーナは、胸元から小さな黒い石の欠片を取り出した。

 それは、心臓の鼓動を宿しているかのように、淡く赤黒く輝き、規則的に脈動している。

 ガルドが手のひらに乗せると、微かに熱を帯びているのが分かった。


「これ……いつの間に?それに、この奇妙な感じ……何だ、これは?」


 ガルドの問いに、ルーナは嬉しそうに目を輝かせた。


「さっき魔物を倒した時、地面から浮かび上がったんです。すぐに分かりました。この魔力……お兄ちゃんのものによく似てる……魔力の結晶――魂の欠片だと、私の魂が告げているんです」


 石の中には、見たことのない赤い紋章が刻まれていた。

 だが、なぜか――ガルドの記憶の奥底を、かすかにくすぐる。

 どこかで、見たような気がする。

 あるいは、遠い昔の夢の中で――そんな感覚が、脳裏をよぎった。


「この近くに……お兄ちゃんの封印があるのかもしれません。私の感覚が、そう告げている。そして、この石もまた――その場所を、示そうとしている気がするんです」


 ルーナの瞳が、真剣な光を宿していた。

 先ほどまでの甘えん坊な少女ではなく、明確な意志を持つ“魔王”の瞳。

 その強く、それでいて切実な眼差しに、ガルドの心は深く揺さぶられた。


「ガルド様……私ひとりでは、見つけられないんです。この石の導きだけでは、不確かな部分も多くて……それに兄の封印を解くには、あなたの力がどうしても必要なのです。だから……どうか、お願いします。私と一緒に探してくれませんか?……ご主人様」


 その懇願に、ガルドの胸は強く打たれた。


 ――かつて、自分は誰にも必要とされなかった。

 でも今、目の前の少女は、迷いなく自分を選び、頼っている。


 その瞳に、彼は初めて――“自分の存在意義”を見出したような気がした。


 きっと、もう逃げる理由はどこにもなかった。


「……わかった、ルーナ」


 短く、だがはっきりと答える。

 その声には、かつての迷いも弱さもなく、ただ――確かな決意の響きがあった。


 


「探すって約束したからな。俺にできることなら、何でも手伝う。お前が俺を信じてくれたように、俺もお前を信じる。だから……その力を、絶対に悪いことには使わないでくれ。村の人たちを、これ以上怖がらせるようなことは、もうしないでやってくれ」


 その言葉に、ルーナの顔がぱっと明るくなった。

 満面の笑みがこぼれ落ち、瞳は歓喜にきらめいている。


「はいっ!ありがとうございます、ご主人様! 本当に嬉しいです!私、ご主人様と一緒なら、どこへでも行けます!約束します。ご主人様の望むように、この力を使います!」


 そのまま、勢いよくガルドに抱きつく。

 柔らかな銀髪が頬をくすぐり、微かな甘い香りが鼻腔を満たす。

 王都を追われて以来、彼が忘れていた温もりだった。


「……とりあえず、もう一回言うけどさ……『ご主人様』って呼ぶの、やめろって言ったろ……外では普通に呼んでくれよ」


 ガルドは肩をすくめながらも、そっとルーナの背に手を添える。


「……『旦那様』とか、いろんな呼び方があるって、本で読みましたよ?どれがいいですか?」

「だから! それはもっとややこしいから!普通にガルドでいいって言ってるだろ! ていうか、『旦那様』の意味、ちゃんと知ってるのか!?」


 二人の笑い声が、静かな辺境の夜に溶けていく――


 そしてその夜――ルーナが手にしていた黒い石が、微かに、しかし確かに震えた。


 まるで、遠く離れた妹の呼び声に応えるかのように。

 その振動は、小さくとも確かな――『目覚め』の兆しだった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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