第07話 覚醒する魔王
「ルーナ……お前……一体……何者なんだ……!?」
ガルドの震える声に、ルーナはにこりと微笑んだ。
その表情は、先ほどまで村を蹂躙し、空間すら歪ませた『魔王』の冷酷な顔とはかけ離れた純粋無垢な少女の笑顔だ。
そのギャップに、ガルドの理解は追いつかない。
「私はルーナ。ご主人様が召喚してくれた、あなたの『従者』です。ただ、それだけですよ?何も変わっていません……ね、ご主人様? 何か、私に他に望むことでもありますか?」
ルーナはそう言って、ガルドの服の裾を小さく引いた。
その指先は温かく、小さな子どもが甘えるような仕草だった。
何の躊躇もなく、あまりにも当然のように言い切るその姿に、ガルドの胸は締めつけられるような感覚に陥った。
信じられない――という戸惑いが、全身を支配する。
脳裏には、勇者パーティーに罵られた『無能』という言葉が、まだ生々しく残っていた。
これほどの圧倒的な力を持つ存在が、なぜ自分に、これほどまでにまっすぐな眼差しを向けるのか。
なぜ、何の疑いもなく、まるでそれが世界の真理であるかのように、自分を『ご主人様』と呼ぶのか。
勇者パーティーから足手まといと蔑まれ、誰にも必要とされなかった自分を――この少女は、なぜ、絶対の忠誠を誓うというのか。
その矛盾した現実が、ガルドの思考を停止させた。
純粋極まるその忠誠心はこれまでの彼の理解の範疇を遥かに超えており、かえって戸惑いを深めていく。
頭では理解できない。
しかし――彼の心には、理屈では説明できない、ある温かな感情が確かに芽生え始めていた。
それは、王都を追われて以来、凍りついていた心が、ゆっくりと――だが確実に溶けていくような微かな安堵と希望の感覚だった。
「……ありがとう、ルーナ。助かった……本当に、本当に、助けてくれて……お前がいなかったら、俺は……村は……」
震える声で紡がれたその一言だけは、心の底から、偽りのない真摯な気持ちが込められていた。
言葉にはならないほどの感謝が、胸いっぱいに広がっていく。
村人たちに何もしてやれなかった無力感――その痛みを、ルーナの行動が拭い去ってくれたのだ。
その瞬間、ガルドの目には、これまで闇に閉ざされていたかのような世界に、かすかな光が差し込むのを感した。
それは、絶望の淵に現れた、小さな希望の光。
ルーナはガルドの言葉を聞くと、さらに嬉しそうに微笑み、ふにゃりとした満面の笑顔を浮かべた。
それはまさに――幼い少女の、無垢でまっすぐな喜びを映す笑顔だ。
紅い瞳が、キラキラと嬉しさに輝いている。
「ふふっ、ご主人様に褒められるのが、いちばん嬉しいんです!私、もっともっと頑張りますからね!ご主人様のために、何でもしてあげますよ!世界だって、ご主人様の望むままに創り変えて差し上げます!」
その幼い表情と、先ほど巨大な魔物を一掃したときに見せた“魔王”の冷酷で圧倒的な力――同じ人物だとは到底思えなかった。
まるで、太陽と月。光と闇。
矛盾しているはずなのに、確かにそこに存在する『表裏一体』の存在。
ガルドは、ルーナという存在の深さに改めて畏怖を抱くとともに、彼女の言葉が持つ途方もない意味に、背筋が凍るような感覚を味わっていた。
だが、ガルドは気づいていた。
目の前の少女が持つ、甘えん坊で無垢な姿と、世界を容易く滅ぼせるほどの強大な力というその二面性。
そして――理由は分からないが、彼に向けられる揺るぎない忠誠心。
それらによって、自分の人生がすでに――元には戻れない地点にあるのだと。
もう、勇者パーティーに足手まといと罵られていた頃の自分には戻れない。
この出会いは、彼の世界を、そして運命を、完全に変えてしまった。
もはや、彼が歩む道は、彼一人だけのものではない。
「ね、ご主人様。あたし、頑張ったから、ご褒美ください!いっぱい褒めてくれたから、嬉しいご褒美が欲しいな!」
ルーナはそう言って、ぐいっとガルドに身を寄せた。
そして、ガルドが反応する間もなく彼の首に腕を回し、小さな体で力いっぱい抱きついてくる。
柔らかな銀髪が頬に触れ、微かに甘い香りが鼻腔をくすぐった。
その温もりは、純粋な幼子のそれだった。
ガルドは戸惑いながらも、ルーナの小さな背中にそっと手を回し、彼女の体温が静かに、温かく――自分の心を満たしていくのを感じた。
そしてその瞬間、彼の胸に残っていた最後の疑念が――静かに、溶けて消えた。
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