第16話 忠誠の証
村へ戻る前、三人は丘の上に立っている。
風が吹き抜けるその場所は、広い空と大地が交わる静かな境界だった。
朝焼けが、ガルド、ルーナ、ルージュの三人を淡い光で包んでいる。
ガルドは、目の前に立つ二人の魔王――互いに似通った、しかし全く異なる気配を持つ二つの存在を改めて感じていた。
ルーナの無邪気な熱量と、ルージュの底知れぬ冷たさ。
そのコントラストが、彼らの絆の特殊さを物語っているようだった。
「……ガルド様」
ルージュが一歩、前に出る。
その手には、黒銀に輝く長剣が握られている。
見る者を凍てつかせるような冷たい輝きを放つ刃は、かつて多くの血を吸ったであろうことを物語っている。
しかし今は、静かに鞘の中に眠っていたらしいその剣を両手で捧げ持ち、静かにガルドへと差し出した。
その姿勢は、まるで古の王に忠誠を誓う騎士のようであった。
「この命、この力、すべてあなたのために捧げます。あなた様が道を示す限り、この剣は貴殿の敵を断ち切り、貴殿の道を切り開くでしょう」
その言葉に、ルーナも頷いた。
「そうですよ、ご主人様!この剣は、お兄ちゃんの、いえ、私たちの忠誠の証です。どうぞ受け取ってくださいませ。これで、主人様はもっと強くなって、もう誰にも、何も言われなくなります!」
ガルドは戸惑ってしまう――それは、単なる武器ではなかった。
二人の魔王の命そのもの、彼らの存在意義を捧げられているようなとてつもない重みを感じてしまう。
自分は、彼らに守られるだけの、ただの『主』でしかないのだろうか。
そんな無力感と自己否定の念が、彼の胸に湧き上がった。
「……こんなの、俺には受け取れない」
反射的にそう言って、ガルドは首を横に振った。
だが、ルージュは首を縦に振らない。
その紅い瞳はガルドの動揺を静かに見抜いているようだった。
「なぜ、です?これは、我らが生涯をかけてあなた様に捧げる、最初にして唯一の誓いでございます。もし、この剣をお受け取りいただけないのならば、我らの忠誠は……行き場を失い我らの存在意義そのものが消滅してしまう。それは、あなた様の望むところではありますまい」
ルージュの冷徹な声は、言葉の裏に隠された悲痛な叫びを含んでいる。
ルーナがその叫びを理解し、ガルドの腕に抱きつき、ルージュを睨みつける。
「お兄ちゃん、そんなこと言わないで!ご主人様を困らせないで!」
「ルーナの言う通りです。ガルド様は、無能な弱者ではありません。我らの存在意義であり我らのすべてでございます。だから、どうか……我らの忠誠を受け入れてください」
ルージュの言葉は、氷のように冷たいのに不思議と熱を帯びていた。
ガルドは、ルージュとルーナの二人から向けられる純粋で絶対的な信頼に、胸が熱くなるのを感じた。
「……わかった、ルージュ。お前の気持ち、受け取るよ。だけど、俺は……」
ガルドは、剣を受け取る代わりにルージュの手をそっと握った。
そして、静かに、しかし決意に満ちた声で言った。
「俺は、お前たちに守られるだけの存在にはならない。俺も、お前たちと共に、この世界を歩んでいく。だから、この剣はお前が持っていてくれ。俺がこの世界で最も偉大な召喚士になるその日まで、お前が俺の剣であってくれ……俺たちの絆は形あるものじゃない。もっと、ずっと強いものだ」
ルージュは、ガルドの言葉に、初めて感情のようなものが宿ったように目を見開いた。
その紅い瞳の奥に、わずかな動揺と、そして深い喜びが過ぎる。
彼の冷たい手は、ガルドの温かい手に包まれわずかに震えていた。
「……ガルド様……」
ルーナが、ガルドの額にそっとキスをした。
それは、彼女の感謝と愛情を示す、何よりも確かな印だった。
「ふふ、ご主人様、かっこいいです!私も、ご主人様を、いえ、ご主人様と一緒に強くなります!だから、お兄ちゃんと一緒に私たちがご主人様を鍛えますから、覚悟してくださいね!」
ルージュは、ガルドの言葉を静かに受け止めていた。
彼の表情は変わらないが、その背後から感じる冷たい魔力はどこか穏やかになったように感じられた。
彼は静かに剣を鞘に納めると、ガルドに一歩近づき背後を固めるように立った。
「承知いたしました。ガルド様が望むのならば。僕も、あなた様のその道に、忠実に付き従いましょう。そして、僕にできることならばすべてあなた様にお教えいたしましょう。僕も、あなた様が道を切り開く限り、共に歩みましょう」
その言葉は、まるで揺るぎない予言のようだった。
ガルドは、二人の魔王に囲まれ、彼らの温かさを感じながら再び歩き始めた。
彼はもう、孤独な『無能』ではない。
彼らは、互いに欠かせない、かけがえのない存在となったのだから。
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