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第5話 霧の先に差す光

今日も『鼓動の絆』を更新しました。

書くたびに気づくのは、物語は“二人”だけではなく、“あなた”と繋がるためにあるということ。

どうか、この鼓動を受け取ってください。


 次の日、進路指導室に呼ばれたわたしは、担任の先生と向かい合って座る。窓際の薄いカーテンから午後の光が差し込み、机の上に並べられた進学案内パンフレットの角をやわらかく照らしていた。閉め切られた部屋にはわずかに古い紙の匂いが漂い、壁に掛けられた時計の秒針が静かに時を刻んでいる。隣の教室からは元気な声が漏れてきているのに、ここだけが別世界のように静かだった。

「秋ノ宮、お父さんと進学について話してみたか?」

 先生が優しい声で切り出す。黒縁のメガネの奥の目は真剣だが、わたしの緊張を和らげようとする気遣いが伝わってくる。その声は、父と向き合うときに感じる重苦しさとは違い、不思議と軽やかに耳に届いた。

「はい。お父さんからは、自分の興味のあることや得意なことを基に進路を考えるようにって言われました」

 小さな声で答えると、先生は頷き、手元の資料に目を落としながら言った。

「そうか。それで、お父さんと話してみて、何か見えてきたか?」

「まだはっきりとは決められていないです。でも……」

 言葉を探しながら、昨夜の父との会話を思い出す。胸の奥に渦巻いていた重さが、今は少し和らいでいる。

「わたし、理科系の道に進むのは悪くないなって思っています」

 先生の顔がふっと明るくなり、メガネの奥の目が笑う。

「そうか、理科系か。いいんじゃないか? 確か、お父さんは医者だったよな?」

「はい。大学病院で心臓外科医をしています」

「そうか、それはすごいな。で、お母さんは?」

 先生がそう尋ねたとき、表情がわずかに曇った。うちが一人親家庭だと知っているからだろう。わたしは一瞬迷ったが、小さく息を吐いて答える。

「母は……科学者でした」

「科学者か」先生は感心したように目を細める。

「秋ノ宮は理科系の家で育ったんだな。そう言われてみれば、お前が数学や物理に突出しているのも納得できるな」

 その言葉に、わたしは少し照れくさくなって小首を傾げる。

「そうですかね……」

「いや、本当にすごいよ。わたしもお父さんと同じで、理科系に進むのを強く勧めるぞ。で、具体的には理科系のどの分野に進みたいか、もう決めたのか?」

「いえ、そこまでは……」

 言葉を詰まらせる。でも、母の影を思い出すと心に浮かんでくる道がある。

「でも……母が進んだ科学者の道は、悪くないなって思っています」

 先生は満足そうに頷き、少し身を乗り出す。

「先生もその道に秋ノ宮が進むのは賛成だよ。先生は物理を教えているけれど、お前ほど正確に物理を理解している生徒は見たことがないからな」

 そして笑いながら付け加える。

「多分、先生以上に物理の方程式を理解してるんじゃないか?」

「そんなことないですよ」

 思わず笑って否定するけれど、胸の奥に小さな誇らしさが芽生える。

「いや、本当だ。先生が教えている熱力学が簡単過ぎるのは分かってるよ。だって、お前、いつも試験は全問正解だからな」

 先生の笑顔は、まるで我が子を誇る親のように温かい。

「で、最近は何を解いているんだ?」

「最近ですか?」

 少し考えてから、さらりと答える。

「最近は……超弦理論で遊んでいます」

「えっ、ち、超弦理論?」

 先生の声が裏返る。驚いたように口を開けたまま、わたしを凝視する。

「はい」

「お前、本当か?」

「はい」

 わたしにとっては、ただ楽しい数学の延長でしかない。でも、その一言が放たれた瞬間、空気が一変するのを感じた。

「日本でも超弦理論を理解している物理学者は、両手で数えられるぐらいしかいないんだぞ」

 先生の目が驚きで丸くなる。

「本当に理解してるのか?」

「昨晩も、多元宇宙がなぜ存在しなければならないのかを、方程式を解きながら分かりました」

 先生は椅子から半ば立ち上がり、興奮で声を上ずらせる。

「お、お前……やっぱり物理学者になるべきじゃないか?」

 その瞬間、胸の奥に熱いものが走った。初めて「天才」として認められた実感が、心の奥深くで小さな灯りをともす。

 面談が終わった後、帰り道で父にメッセージを送る。

「さっき担任の先生と進学先の話をしてきた。先生も理科系に進むべきだって言っていたから」

 送信ボタンを押すと同時に、胸の奥に確かな希望が灯った気がする。これまで霧がかかって見えなかった将来という道。その先に、少しずつ光が差し込んでくるような感覚を覚えた。


【予告】


希望の光が見え始めた咲菊。

しかし、その帰り道に待ち受けていたのは、思わぬ“影”との出会いでした。

夕暮れに染まる校舎の下で、彼女の運命を揺るがす声がかけられる――。

次回、第六話「堕ちゆく夕暮れ」をお楽しみに。


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