第3話 赤いブーツの記憶
今日もお立ち寄りありがとうございます。
『鼓動の絆』は、孤独を越えて“誰かと繋がりたい”と願う心から生まれました。
この言葉があなたの胸に少しでも響けば幸せです。
静まり返ったダイニングに、二人だけのフォークとナイフの音がかすかに響く。金属が奏でる乾いた響きは、むしろ沈黙を際立たせる。テレビは消えたまま、父も私も言葉少なに、それぞれの世界に閉じこもっていた。
やがて父がフォークを置き、探りを入れるように声をかけてきた。
「今日の剣道部、どうだった?」
不器用に会話を探しているのが分かる。私は顔を上げず、スマホを見つめながら短く返した。
「普通。特に何も」
また平坦なやりとり。父は困ったように眉を寄せたが、それでも会話を続けようとする。
そんな父を前に、胸の奥で渦巻いていた思いが堰を切ったようにこみ上げる。私は手を止め、ゆっくり顔を上げた。
「お父さん、一つ聞いていい?」
声が少し硬くなっていた。父は真剣な表情でこちらを向く。
「なんだ?」
「お母さんは、どうして私たちを捨てたの?」
フォークの音が止んだ。
部屋の空気が一瞬で張り詰める。
父は目を見開き、息を呑んだ。震える手がフォークを握ったまま止まる。
「それは……」かすれた声が喉に引っかかる。
「それは、何?」私は問い詰めるように重ねる。
「……もう話したはずだ。母さんは研究室で大きなミスをして……僕たちに迷惑をかけないために姿を消した」
早口で並べられる言葉は、父自身の口からも信じ切れていないように聞こえる。
「そんな話、信じるわけないでしょ。もう子供じゃないんだから」
私が睨みつけると、父は一瞬たじろぎ、それでも必死に声を張った。
「それが真実なんだ、咲菊」
「じゃあ、私は母さんにとって大切じゃなかったんだね」
言葉が刃のように突き刺さる。父の顔が苦悩に歪む。
「そんなことはない。母さんはお前を愛していた。間違いなく」
「じゃあ、どうして会いに来ないの?」
抑えきれない悲しみが苛立ちと混じって声に滲む。
父は一瞬言葉を失い、テーブルの端をぎゅっと掴んだ。 拳が白くなるほど力がこもっていた。
「……会いたくても会えない理由があるんだ」
「どんな理由?」
父は視線を逸らし、肩を落とす。頭を横に振るばかりだった。
「これ以上は言えない」
「なんで隠すの? 私はもう大人よ!」
胸の奥で怒りと悲しみがせめぎ合い、声が震えた。
「信じてくれ。母さんはお前を愛していた。いや、今も愛しているはずだ。ただ……どうしても会えない場所にいるんだ」
必死に絞り出す父の言葉は、逆に確信を与えた。父は母の行方を知っている――。
私は椅子を引き、立ち上がった。
「もういい。私、自分で母さんを探す」
吐き捨てるように言い残し、ダイニングを飛び出す。
部屋に駆け込み、ベッドに腰を落とした。胸の鼓動が耳の奥で響く。
「お母さん、本当はどこにいるの?」
その時だった。
――ブブッ。
不意にスマホが震え、暗い部屋に機械音が異様に響いた。
画面には『No Caller ID』。
見慣れない表示に、背中に寒気が走る。
恐る恐る開くと、一通のメッセージが目に飛び込んできた。
「もう真っ赤なブーツは小さ過ぎるわね」
「えっ……」
血が凍りついたような感覚。
赤いカウボーイブーツ。それは五歳の誕生日に母から贈られ、私が毎日のように履いていた大切な靴。知っているのは母しかいない。
「お母さん……? それとも誰かの悪戯……?」
スマホを握る手が震えた。恐怖と期待が入り混じり、呼吸が浅くなる。
一方、ダイニングに残った父は静かに立ち上がり、飾り棚の写真立てを手に取った。
そこには、まだ幼い私と母が笑顔で並ぶ姿があった。
「……あの頃に戻りたい」
絞り出すような声。瞳に滲む涙。
父は写真を強く握りしめ、呟いた。
「真実を伝える時が来たのか……それとも、まだ――」
夜は深まり、静けさが秘密の影をさらに濃くしていった。
【予告】
赤いブーツにまつわる謎のメッセージ――母の影が急に現れた夜。
そして次回、父と娘は「未来」について語り合います。
そこに浮かび上がるのは、母から受け継いだ血の痕跡。
咲菊の中で、新たな可能性と疑念が芽生え始めるのです。
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