第2話 いいねの呪縛
本作《鼓動の絆》は、最初の10日間は毎日更新、その後は週2回(月曜・木曜の夜)に更新予定です。
朝日が薄いカーテンの隙間から差し込む。ぼんやりとした光が瞼を照らし、眠気を裂いた。
静寂の中、突然スマホの通知音が鳴り響く。布団に潜ったまま手探りでスマホを掴むと、冷たいガラスの感触が指に伝わる。重たい瞼をこじ開け、画面を見た瞬間、意識が一気に覚醒した。
「わあっ!」
昨夜投稿した動画の『いいね』が、驚くほど増えている。数字が眩しく光り、スクロールしてもコメントは途切れない。
指先が止まらない。ひとつひとつのコメントが自分を肯定してくれるようで、胸の奥が熱くなる。まるで画面の光が心臓に直結しているみたいだった。
「すごい! やった!」
ベッドの上で跳ねるように笑いながら、夢中で返信を打ち込む。時間の感覚は完全に失われ、気付けば時計は登校時間の三十分前を指していた。
「やばっ!」
慌てて制服に着替える。けれど、スマホを離せない。片手でスカートを引き上げ、リボンを結びながら、指はコメント欄を滑っていく。
階段を駆け下りると、父がリビングで新聞を広げていた。
「今日は随分遅いな。遅刻するぞ」
新聞の隙間からのぞく視線を無視し、テーブルのトーストを掴んでかじる。視線はスマホに釘付け。パンの味なんて分からない。
「朝からずっとスマホだな」父の声が低くなる。「もう少しゆっくり朝ごはんを食べられないのか?」
「別にいいじゃん。食べてるし」
そっけなく答える。心のどこかで苛立ちが芽生えているのを感じるが、まだ無視しようとする。
「いや、そういうことじゃなくて……」父は新聞を置き、真剣な顔を向ける。「最近スマホばかりだろう? 勉強も手をつけてないみたいだし、夜中まで何をしてるんだ?」
胸の奥に小さな火花が散る。
「別に、SNSを見てるだけ。普通のことじゃん」
また画面に視線を戻す。
「普通のこと?」父の声が一段低くなった。針で刺すような言葉が神経を逆撫でする。
「みんながやってるからって、それで続ける理由にはならない。夜更かしして授業中に眠くなるくらいなら、SNSなんか辞めちまえ!」
その言葉で火花が爆ぜた。
「夜中に起きてるのは私の自由! 勉強だってやってるし、SNSは私にとって大事なの!」
「大事?」父の声に怒気が混じる。「知らない他人の『いいね』が、そんなに人生にとって重要なのか?」
胸の中で爆発音が響いた。
「お父さんには分かんないのよ!」テーブルにスマホを叩きつけ、睨み返す。
「私はSNSで自分を表現してるの。フォロワーも増えて、再生回数だって伸びてる。それが意味なんだよ!」
「再生回数やフォロワーが、お前の価値だとでも思うのか?」
「そうよ!」声が震える。「みんなが認めてくれてるってことじゃん!」
父はしばし黙り、重く息を吐いた。
「咲菊、お前が何かを頑張るのは嬉しい。でも『認められる』ためだけの努力は、いずれ自分を壊す。評価に振り回され続けたら、最後に残るのは虚しさだけだ」
「そんなの分かんないでしょ!」怒りが制御できず、胸がざわつき始める。
父は目を閉じ、そして真剣な瞳でわたしを射抜いた。
「それなら教えてくれ。お前が一番大事にしているものは、何なんだ?」
耳鳴りがした。
心臓がひゅっと冷たく縮み、喉が塞がる。
画面に輝いていた『いいね』の数字が、急に色あせて見えた。
「……何が大事かなんて、分かんないよ」
スマホを握りしめ、椅子から立ち上がる。胸の奥に棘が突き刺さったまま、父から逃げるように玄関へ駆け出した。
外の空気が頬を打つ。冷たさが心のざわめきを際立たせる。
バス停へ走りながら、父の問いが頭の中で何度も反響する。
「お前が一番大事にしているものは、何なんだ?」
答えられなかった。
初めて、自分の中に空洞があることを思い知らされる。
【予告】
父との口論の中で投げかけられた問いが、咲菊の心を大きく揺らしました。
そして次回、彼女の前に現れるのは「母」という決して触れられなかった存在。
赤いブーツにまつわる記憶が、封じられた真実の扉を叩き始めます。
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