第14話 冷凍庫の鼓動
倉庫の夜は、まだ終わっていなかった。
凍りついた静寂の底で、誰かの“鼓動”が、確かに鳴り続けている。
それは命の音か、それとも――死を呼ぶ合図なのか。
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「引き上げるぞ!」
リーダーの冷たい声が、血の匂いのこもる倉庫に低く響いた。
その声には、ためらいも感情も一切ない。ただ、命令として空気を切り裂く。
周囲を覆うのは重たい沈黙。
床に散った血が蛍光灯の光を鈍く反射し、世界がどこか異様に静止して見えた。
リーダーは顎で指示を出す。
「頭部と心臓が付いた上半身をプラスチックの袋に包め。それから冷凍庫に放り込め」
部下たちは黙々と動く。
ナイフが金属音を立て、ゴミ袋の擦れる音が生々しく空気を裂く。
冷凍庫の扉が開くと、白い冷気が煙のように漏れ出し、
血と鉄と凍気の匂いが混ざり合う。
リーダーは視線を向けることもなく、時計を一瞥すると出口へ歩き出す。
「急げ」
短い一言を残し、扉の向こうへと消えた。倉庫の扉が閉まる音が鈍く響き、再び世界は沈黙に包まれる。
残された男は舌打ちし、リーダーの背中に投げる罵声を飲み込んだ。
「ちぇっ、いつも俺ばっかり面倒な仕事を……」
ぶつぶつと文句を呟きながら、血の滲む袋を乱暴に掴んで冷凍庫に放り込む。
金属音とともに扉が閉まり、鍵が回る。
背中に貼り付くような冷気。それでも彼は気に留めず、血に染まったタオルや破れた袋を手際よく拾い集めていく。
ふと手が止まり、血のこびりついたタオルを見下ろす。
その目には疲労と、言いようのない倦怠が宿っていた。
「くそ……また焼却かよ」
――その頃、倉庫街の外では警察の張り込みが続いていた。
麻薬取引の通報を受けて数日前から監視を続けている。
「確認済み。トラックは例の倉庫から出て行ったが、まだ灯りが残ってる」
「よし、突入準備だ。逃がすなよ」
銃を構えた隊員たちが、無言で配置につく。
夜風が倉庫の壁をなで、波の音が遠くでくぐもって響く。
「警察だ! 動くな!」
怒号とともに錆びた扉が蹴り破られた。金属の悲鳴のような音が、倉庫全体に響く。
男はその音に振り返り、目を見開く。
「くそっ、なんだお前ら!」
握っていた袋が床に落ち、赤黒い液体がゆっくりと広がっていく。
警官たちが押さえ込み、倉庫内の空気が一瞬にして緊張に変わる。
「この匂い……血か?」
誰かが呟いた瞬間、空気が止まった。
警官が慎重にゴミ袋を開ける。
中から現れたのは、血に染まったセーラー服――。
白と紺が、もう色の区別を失っていた。
「何があった……?」
声が震え、倉庫の闇が彼らを飲み込む。
刑事が冷凍庫を指差した。
「開けろ!」
錆びた鍵が音を立て、扉がゆっくりと開く。
白い冷気が這い出し、辺りの温度が一気に下がる。
冷凍庫の中、吊るされた肉の間に転がる黒い袋。
刑事が袋を開けた瞬間――世界が凍りついた。
そこにあったのは、人間の頭部と……まだ脈打つ心臓。
「……人間だ」
誰かが呟く声が、やけに遠くに聞こえた。
冷凍庫の奥では、低い機械音が“心臓の鼓動”のように響き続けていた。
冷たく閉ざされた倉庫で、誰も知らぬままに“それ”は生きていた。
止まるはずの鼓動は、まだこの世界にしがみついている。
それは偶然か、あるいは――必然か。闇の底で、運命が微かに息を吹き返した。
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