第13話 臓の声(ぞうのこえ)
夜の底で、金属の息づかいが聞こえる。
誰かの手がわたしの体を切り離していくたび、どこか遠くで、もうひとつの“声”が鳴り始める。
それは、臓の奥に眠る、もう一人のわたし。――鼓動の音が、死を越えて響き出す。
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低く唸るような機械音に目を覚させられる。視界には薄暗い蛍光灯の光がぼんやりと広がる。両手両足は、冷たい金属の台に固定されて動かすことが出来ない。拘束された体が痛みを訴えるが、それ以上に心を蝕むのは背後で男たちが交わしている会話だ。
「次はどこをいく?」
「順番通りだ。無駄にせず、全て売るんだ」
無感情で凍える声が恐怖のどん底に落とす。わたしは必死で声を振り絞る。
「お願い∙∙∙∙∙∙やめて∙∙∙∙∙∙助けて∙∙∙∙∙∙!」
男たちはわたしの声に耳を貸さない。
「こっちは急いでんだ。喋ってる暇なんかねえ!」
一人の男が作業服のポケットから手袋を取り出してはめる。わたしは目の前で準備される器具に目を奪われる。メス、ハサミ、ピンセット、ノコギリ、出刃包丁、ハンマーが鈍い明かりを反射させて鈍く光る。今まで見たことのない器具も並ぶ。それが何のために使われるのかを考えただけで、胃の中がひっくり返るような感覚に襲われる。
「右腕からいくぞ」作業服を着た男の一人が低く言い放つ。
「お願い、やめて∙∙∙∙∙∙!」出刃包丁が肌に食い込む。わたしの哀願は悲鳴に変わったが、男からは何の反応も返ってこない。肩に冷たい感触が走ったかと思うと、鈍い痛みが全身を襲う。わたしは絶叫して気を失う。男たちは表情も変えずに作業を進める。
「これで一つ完了だ」男の一人が切断した腕を丁寧にプラスチックの袋に収め、ラベルを貼る。
「これはカラカス行きだ。三十万、いや、五十万出るな」別の男が値段を計算しながら作業を進める。
わたしの身体から次々と臓器が取り出されていく。足、卵巣、腸∙∙∙∙∙∙。それらが一つ一つ袋に詰められ、ラベルに名前と行き先が記されていく。
「これは少し状態が悪いな。十万にもなれば、いいとこだ」
「腎臓はどうだ?」
「こっちはまだ使える。四十万はかたいな」
彼らの声は作業に集中する職人のように冷静で、一切の感情が感じられない。わたしは何度も意識を取り戻しては失神を繰り返す。絶え間ない苦痛と恐怖の間を行き来する。やがて、自分の体はほとんど何も残っていない。男たちは最後に胸元を見下ろす。
「心臓はどうだ?」
「これ、使えそうか?」
一人の男が心臓を取り出すための器具を手に取る。しかし、もう一人が首を振る。
「だめだな。これ、手術の痕がある。こんなの使い物にならねえ」
「チッ、せっかくの素材が」
「一番、儲けれたのにな」
わたしを人間とも思っていない男たちの会話が勝手に耳に入ってくる。その無情さを噛み締めながら意識は、断片的に過去の記憶を呼び起こす。父と過ごした日々、母が笑顔で抱きしめてくれた瞬間、あの平穏の日々が光り輝く。
「お父さん∙∙∙∙∙∙ごめんなさい∙∙∙∙∙∙」震える唇から漏れる。
「わたしが、わたしが悪かった∙∙∙∙∙∙」ひとすじの涙が頬を伝い、金属製の台に落ちる。
薄れゆく意識の中、父の顔を思い浮かべる。最後に感じたのは自分の胸の奥で微かに響く鼓動だけだった。
「もうこれで終わりだ」男たちのリーダーが道具を片付けるように指示する。わたしは最後の力を振り絞って目を開ける。男は自分を睨む瞳から目を逸らす。わたしは奴の左頬にある切り傷を記憶に留めようと見つめ続けるが、瞳孔が開き始めて意識と共に男のイメージが消えた。わたしは全てをなくした。
闇の底で、咲菊の鼓動は一度止まり、そして――再び動き出した。それは彼女自身の心臓なのか、それとも別の“何か”の鼓動なのか。
夜の静寂がその答えを飲み込み、世界はゆっくりと冷たく沈んでいく。次に響くのは、倉庫の奥から聞こえる“冷凍庫の鼓動”。
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