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プロローグ 最後の懺悔

本作《鼓動の絆》は、最初の10日間は毎日更新、その後は週2回(月曜・木曜の夜)に更新予定です。

「お父さん、ごめんなさい。わたしを許して……」

 自分の鼓動の音と、悔やみの言葉だけが、消えゆく記憶の中で虚しく漂っていた。

 暗闇の中、思いが冷たい空気に滲み、凍りつくように重たく沈んでいく。耳鳴りだけが残り、世界は静まり返っている。痛みはもう感じない。体の感覚すら失われ、ただこの喪失感だけが、凍った心の奥で鈍く反響していた。

 薄れる意識の縁で、父の顔がぼんやりと浮かぶ。

 いつも穏やかな声。大きくて温かな手。蛍光灯の下でも柔らかかった眼差し。あの頃は、それがどれほど大切なものか分からなかった。ただの「当たり前」だと思っていた。

 ――なのに、わたしは。

 若くて未熟で、理由もなく反抗してばかり。父を困らせ、怒らせることに必死だった。

 思い出す。

 湯気の立つ味噌汁の匂い、食卓に広がる温かな夕食。

「咲菊、この前の成績表だけど、少し気にしてるか?」

 父の声は静かで優しかった。

 なのに、わたしは箸を荒々しく置き、ぶっきらぼうに答えた。

「別に気にしてない」

 その瞬間、父の顔に走った一瞬の影――胸を刺すような後悔が、今になって何度も甦る。

 それでも父は諦めなかった。

 夕食後、こっそり冷蔵庫にプリンを入れてくれた。部活の話題を無理に探して、わたしの顔をのぞき込んでくれた。

 わたしはそれを冷たく切り捨てた。

「お父さんには分かんない」「放っておいて」

 顕微鏡の下に置かれた標本のように、父の視線がわたしを射抜いていた。それがどれほどの愛だったのか、今になって分かる。

 ――気づくのが、遅すぎた。

 記憶の奥底から、父の言葉が蘇る。

「咲菊、何かあれば何でも言うんだよ。どんなに困っても、どんなに苦しくても、お父さんが必ず何とかするから」

 胸がひゅっと冷え、心臓の鼓動だけが耳の奥で轟く。

 その約束を、わたしは何度裏切っただろう。

「お父さんに、もう一度会いたい。もう一度だけでいいから……」

 声にならない叫びが心を裂く。

 父の笑顔を思い出すたびに胸が締め付けられ、失った体が痛むような錯覚に沈む。

 暗闇の中で、時間の感覚がねじれていく。

 幼い日の父の笑顔と、昨日の厳しい言葉が同時に重なり、過去と現在の境界線が溶けていく。

 最後に浮かんだのは、あの温かな笑顔だった。

 それがまた闇に呑まれ、静寂が訪れる。

 ――わたしはすべてをなくした。

 ただ一つ、冷たい暗闇の中で、不規則に鳴り響く心臓の鼓動だけを残して。



【予告】


次回からはいよいよ第一章。

十七歳の咲菊と父との衝突、そして日常から非日常へと転落していく物語が始まります。

彼女を待ち受けるのは、怒りと恐怖にまみれた「運命の扉」。


ぜひ、続きも覗いていただければ嬉しいです。


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