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守る華・守られる花  作者: ミシル
第三章 サザンクロス

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93/113

93.秘書の仮面と追憶

中村なかむら れん

平成8年10月18日生まれ。


大学時代に株式会社サザンクロスを設立し、わずか2年で軌道に乗せた。今年で5年。

花を使ったコラボ商品、ブライダル事業、芸能事務所との提携…。

経歴は華やかで、非の打ちどころがない。


好きな食べ物――餃子。

嫌いな食べ物――ピーマン。


・・・誕生日は蘭明と違う。

年齢も違う。

蘭明は私より二つ上。でも、このボスは三つ上。


甘いものが苦手だった蘭明に対し、ボスはピーマン嫌い。

コーヒーはブラック、とか。

履歴書に並ぶ“どうでもいい情報”は、どれも蘭明と結びつかない。


「中村 蓮・・・」

れん.....私用に特別に作ってくれた最初の服と同じ。蘭明とお揃いだと喜んた服にははすの花が刺繍してあった。たまたまよね、、、偶然の一致よね。


けれど考えてみれば――社長秘書って、陽月国でいう侍衛そのものじゃない?


ボスのそばに常に控え、スケジュールを把握し、時に盾になり、時に導く。

社内での立場だって、ボスの“第一の側近”。


私にとっては懐かしい役割。

蘭明のそばで、何度も、何度も繰り返してきたこと。


「予定を調整し、相手の顔色を伺い、ボスを守る」

そうやって私は、異世界で生き抜いてきた。


・・・つまり、ここでもやれる。

むしろ誰よりも適任。


社員たちの視線にまだ居心地の悪さを感じていたけれど、

“秘書”という立場が私を守ってくれる気がしてきた。


侍衛の役目を果たすように。

今度はこの現代で、ボスの傍らに立てばいい――。


自然と胸を張っていた。


お昼休憩になり、コンビニへ買い出しに向かう私の後ろから、元気いっぱいの声が追いかけてきた。


「神崎さーん!」


振り返ると、息を弾ませながら駆け寄ってきたのは根本さんだった。


「えーと、根本さん?」


「覚えててくれたんだね!同期なんだし、琴音でいいよ。私も守華って呼びたいし」


「うん!」


春の陽気のせいか、その笑顔は桜みたいに明るくて、ついこちらまでほころんでしまう。

陽月国に行く前の私は誰とでもすぐに打ち解けていたけれど――

あの経験を経てからは、人を探る癖がついてしまい、少し距離を置くようになっていた。


琴音は、そんな壁をあっさり越えてくる。昔の私にそっくりで、誰にでも気さくに声をかけられるタイプだった。


そのまま二人で屋上へ行き、青空の下でランチを広げた。

四月の風はまだ少し冷たさを残していたけれど、陽射しは柔らかく、都会のビル群の隙間から流れ込む風が心地いい。


「災難だったね、秘書になっちゃったんだって?」


「ほんと、災難だよ。なんで私!?って思っちゃう」


「やっぱり昨日のことが関係あるの?」


「まさか!?しかも、あれは人違いして…」


「人違い?」


「そうなの。まぁ、複雑だから追々教えるね」


私は誤魔化すように笑った。


琴音も声を潜めて耳元で囁く。

「さっき先輩に聞いたんだけどさ、秘書で入った人、みんな長続きしないんだって」


「えっ?」


「ボスの人使いが相当ヤバいらしいの。ついていけなくて、1ヶ月もてばいい方らしいよ」


「……あー、それは分かる気がする。だって、初日からこんなに分厚いファイルを“3日で覚えろ”って言われたばかりだもん。もう頭パンク寸前」


私は両手でファイルの厚みを大げさにジェスチャーしてみせる。


「それは確かにキツイね。…でも、あんなイケメンなボスとずっと一緒にいられるって、ちょっと羨ましいな」


「羨ましい!?全然だよ。言うことも態度も、いちいち上からでイラっとするんだから!」


「まぁ、会社のトップだから仕方ないでしょ」


私はため息をつく。


「…でも、やるしかないわね」


「そうそう!頑張って!ちなみにね、みんなで“守華が1ヶ月続くかどうか”で賭けしてるんだよ」


「えー!?!?」


「安心して♡ 私は“続く”にかけてるから!」


「安心できないわ、それ…」


またため息がこぼれた。


「ほら、休憩もう終わりだよ!早く戻らないとまたボスに目をつけられるんじゃない!?」


「やばっ!」


私は琴音を置いて、慌ててオフィスへ駆け戻った。




社長秘書 二日目。


今日は昨日の失態を挽回するため、誰よりも早く出社していた。

帰宅後に復習するつもりだったのに、体は限界。分厚いファイルを抱えたままベッドに沈み、目が覚めたら朝――。

「……筋トレして帰っただけじゃん」

苦笑しながらファイルを開き、必死に頭に叩き込む。


やがて人が増え、オフィスは賑やかに。

そして耳に飛び込んでくる声。


「ボス、おはようございます!」

「ボス、おはようございます!」


……来た。

今日もまた、私とボスの静かな戦いが始まる。


姿勢を正し、ボス室前で待ち構える。


「ボス、おはようございます!」


深く頭を下げる私に返ってきたのは、


「あー。神崎、コーヒー」


「……はい」


あー!?

おはよう返せないの!?何その塩対応!

心の中で叫びながらも、無言でブラックコーヒーを準備する。


――トントン。


「失礼します」


トレーを持って部屋に入ると、ボスはデスクに腰かけ電話中。

私など眼中にない。


カップを置いて退出しようとした瞬間、視界に入ったペン立てに指が触れた。


(……今しかない)


ほんの僅かに力を加える。


――ガッシャーン!


派手な音とともに、ペン立てが床に散乱。


電話口の相手に視線を残したまま、ボスが鋭くこちらを睨む。

私は慌てて深々と頭を下げ、床にしゃがみ込む。


「す、すみません!」


拾うふりをしながら、私は密かにボスの足元へと目をやる。

ズボンの裾をそっと押し上げ、靴の中に指先を忍ばせる。


……ない。

右にも、左にも。

あのアンクレットは、どこにも見当たらない。


(そんな……やっぱり違うの?それとも――)


もう一度確かめようとしたその時。


「……神崎、何をしている」


低い声に心臓が飛び跳ねた。

電話はいつの間にか終わっていた。


「えっ!? あ、その……念のためにボスの靴の中までペンが入ってないか確認を……」


引きつった笑顔で誤魔化す私。


「そんなところに入るわけないだろ」


「はいっ!すみませんでした!」


慌ててペン立てを机に戻し、逃げるように部屋を出た。


――胸の鼓動がまだ収まらない。


社長室を飛び出し、自席へ戻った私は心臓を押さえた。


(危なかった……!完全に怪しまれたよね、今の……)


頬は熱く、耳まで真っ赤になっている気がする。

頭の中では「言い訳リスト」を必死に組み立てながらファイルを開いた。


――数分後。


「神崎」


低い声が頭上から降ってきて、思わず飛び上がる。

顔を上げると、ボスが腕を組んで立っていた。


「……はい!?」


「さっき、俺の足元で何をしていた」


「え……ペンを……拾って……」


「拾うにしては、随分と時間をかけていたな」


ぐっ……痛いところを突かれた。

喉がカラカラになり、視線を逸らす。


「そ、その……ボスの靴にゴミが付いてないかも一緒に見てたんです!ほら、第一印象って足元から大事って言うじゃないですか!」


必死に言い訳を並べ立てると、ボスはしばらく無言で私を見下ろした。

その視線の圧に、背中からじわっと汗がにじむ。


――やばい、本気で怪しまれてる。


けれど、次の瞬間。


「……フッ」


ほんの僅かに、口角が上がった。


「神崎、お前……妙に俺に興味があるんじゃないのか?」


「えっ!?な、なにを言ってるんですか!?」


「俺に見惚れてるか、俺を探ってるか……どっちだ?」


挑発するような目。

冗談半分のようで、底に冷たい探りが潜んでいる。


(やっぱり……蘭明に似てる。こういう、人をからかう時の目が……)


「……な、なんでもありません!失礼します!」


椅子を弾いて立ち上がり、深々と頭を下げて逃げるようにその場を離れた。


背後に残ったのは、ボスの低い笑い声。


――完全に、怪しまれた。


トレーを胸に抱え、片付けのためにカフェエリアへ向かう。


――あぁ、危なかった。

ボスの足首には、あのアンクレットはなかった。

生まれ変わりなら、やっぱり持っていないものなの?

でも……母は生まれ変わっても身につけていた。


やっぱり別人?

……いや、まだだ。

胸の傷を確かめるまでは断言できない。

けれど――どうやって、それを確かめればいい?


考え込んだその瞬間。


「しゅーか♪」


後ろから肩にそっと手が置かれる。振り返ると、にこやかな笑みを浮かべた琴音だった。


「朝からボスの怒鳴り声が響き渡ってたけど……今日は何やらかしたの?」


冗談めかしたその声に、守華は苦笑いするしかなかった。

「ハハハ……」


胸の奥では笑えない疑念が、まだ渦を巻いているというのに。



社長秘書 3日目


今日も夜明け前から会社へ。


暗記以外にも田中さんから秘書の仕事を叩き込まれていた。秘書不在のときは、田中さんがボスのスケジュールを管理していたとかで.....


机いっぱいにファイルを広げ、最後の暗記に挑む。

――今日で決めなきゃ。意地でも頭に叩き込まないと。




「ボス、おはようございます」

「ボス、おはようございます」


社員たちの声で分かる。

……来た!あの悪魔が来た!


慌ててボス室の前に立ち、背筋を伸ばす。

「ボス、おはようございます!」


「あぁ、神崎」


「コーヒーですね。すぐにお持ちします」


「……ああ」


その返事を聞いた瞬間、内心でガッツポーズ。

よし、今日もクリア!


昨日と同じようにボス専用カップにコーヒーを淹れ、トレーにのせて運ぶ。


――トントン。

「失礼します」


デスクに座り、書類に視線を落とすボス。

そっと机の端にコーヒーを置き、音を立てないように出口へ向かう。


「神崎」


「はい!」


ビクッと振り向いた。冷たい視線に心臓が跳ねる。


「……今日までだぞ」


一瞬、息が詰まる。けれど――。

「はい。任せてください!」


笑顔でピースを見せ、勢いよく部屋を出て行った。

心臓はまだドキドキ鳴り響いている。




社長秘書 3日目・夜


就業時間を過ぎても、私はまだ会社にいた。

次々と社員たちが退社していき、広いフロアはしんと静まり返る。


「……あれ?神崎、また残ってたのか?」


声をかけてきたのは、新人担当の田中さん。

どうやらボスに用事があるらしい。


「田中さん。今日までに全部覚えないといけなくて」

「なるほどなぁ。大丈夫そう?」

「はい!任せてください!」


必死に笑顔を作った私に、田中さんは穏やかな目でうなずいた。

「そっか。でも、無理はするなよ。入社したばかりなんだから」

「はい!ありがとうございます」


……その一言が、どれだけ救われるか。

本当、こういうさりげない優しさに人はついていくんだと思う。


田中さんを見送ってボス室に目をやると、ちょうど視線がぶつかった。

その瞬間――ガラスの壁がスッと曇り、視界が遮られる。


……は?

今、わざとやったよね?

目が合った瞬間に視界を閉ざすって、どういう神経してるの?

見られないほうが落ち着くけど……でも!あからさま過ぎる!!


三十分ほどして、田中さんが出てきた。

これで社内に残っているのは、私とボスだけ。


「神崎、先に上がるぞ?」

「はい!お疲れ様でした」

「早めに帰れよ」

「はい!」


背中越しの言葉ですら温かい。

……新人教育担当に選ばれる理由が分かる。

やっぱり、私も企画部のままだったほうがよかったんじゃないか。そんな思いが頭をよぎった。


「神崎!」


突然、低く冷たい声が背中を撃ち抜く。

ビクリと体が震え、思わず椅子を蹴って立ち上がってしまった。


「は、はいっ!」


「今日までだからな」


ただ、それだけを言い残し、ボスは部屋に戻っていった。


…………は?

なにそれ。

応援の一言もなし?「頑張れ」も「無理するな」も……何も?

どうしてこの人がボスなの。どうして私が秘書なの。


胸の奥でぐつぐつ煮えたぎるような怒りと、押し潰されそうな孤独感。

温度差が、苦しい。


静まりかえるオフィス。

最後のページを閉じた瞬間、私は深いため息をつき、思わず「終わったぁ……」と声を漏らしながら大きく背伸びをした。

時計の針はすでに二十二時を回っている。


ふと視線を向けると、ボス室の灯りがまだついていた。

ガラスは曇ったままで中は見えない。……でも、ここまで頑張ったんだし、一応報告くらいはしておこう。


____トントン。

「失礼します」


返事はない。

そっとドアを開けて入ると、ボスはデスクではなくソファーに横になり、静かな寝息を立てていた。


「……寝てる」


忍び足で近づき、思わずその寝顔を覗き込む。

目の前にある横顔は――あまりにも、蘭明に似ていた。


胸の奥がちくりと痛む。

気づけば私は、伸ばしてはいけない手を伸ばしていた。


「……蘭明……」


頬に触れそうになった瞬間、はっと我に返って慌てて手を引っ込める。

……だめだ。これはボス。蘭明じゃない。


けれど――目に入ってしまった。

ネクタイは外され、シャツの上のボタンが二つ開いて、うっすらと肌が見えている。


……今なら、確認できる。

胸の傷。あの日、蘭明が負ったはずの、あの傷跡が残っているかどうか。


「……もし、あったら……」

鼓動が早まる。喉が渇く。

恐る恐る、左のシャツの布地に指をかけ、ゆっくりと横に広げた。


視線が吸い寄せられる――


……ない。

そこに、傷跡はなかった。


シャツをつまんだまま、私は固まって動けなくなる。

わずかに期待していた自分を、心の中で笑いたくなるほどに。


「……やっぱり、違うんだ」


ほんの一瞬でも、彼かもしれないと信じてしまった自分。

その希望を残酷に打ち砕かれた現実に、胸の奥がずしりと重く沈んでいった。


固まったままの私の右手首を、ボスが突然ぎゅっと掴み、ぐいっと自分の方に引き寄せた。

思わず体が崩れ、顔のすぐ前にボスの顔が迫る。


唇が、ほんの数センチで触れそうな距離。

胸が高鳴り、息が止まりそうになる。

目の前の鋭く真っ黒な瞳が私を貫くように見つめて、目を逸らせない。

まるで……蘭明に見つめられているかのような錯覚に陥る。


「神崎、お前は寝てる男を襲うのが趣味か?」


その低く冷たい声に、体中の血が一気に逆流する。

しかし、なぜか知らずに口をついて出た言葉があった。


「……あなたは誰?」


その瞬間、ボスの眉が軽く動き、一瞬だけ驚きが表情に浮かんだ。

意味不明な質問に戸惑う彼。


「お前のボスだ」


やっぱり、蘭明じゃない。

この人は……冷たく鋭い現実。


「どうした?俺に惚れたのか?」


無意識のうちに答えてしまった「はい」の声。

ボスの瞳が一瞬大きく見開かれ、唇がわずかに曲がった。

その表情は驚き混じりの苛立ちのようにも、少し呆れたようにも見えた。


「……あっ、すみません!」


慌てて距離を取りながら謝る私。

心臓はまだ早鐘のように打ち、体の震えが止まらない。


深呼吸して気を落ち着け、背筋を伸ばす。

「ボス!終わりましたので帰ります!」


「全部覚えたのか?」


「はい!もうバッチリです!ボス、私を若いやつと見くびらないでください!」


その瞬間、ボスの目が微かに細まり、口元に小さな笑みが浮かんだように見えた。

達成感で胸がいっぱいになり、疲れも消えたような気がした。

今日という一日が、確かに自分の力でやり切ったものだと実感する。


でも、胸の奥で、どうしようもなく悲しい気持ちがこみ上げる。

「この人、本当に蘭明じゃない」


わずかに沈んだ顔をしていると、


「じゃー、ご褒美に飯でも奢ってやるよ」


ソファーから立ち上がり、ジャケットを手に取るボス。


「いいんですか?お腹空いてたんです」


「何でもいいぞ」


「んー、じゃー、ラーメン!白湯がいいです」


「そんなんでいいのか?」


「はい!ラーメンが一番です!それにボスが大好物の餃子もありますよ」


笑いながら話す私を、ボスはいつもとは違う、少し優しい目で見ていたように感じた。

この人、本当に同じオフィスの社長で、私はただの新人秘書でいいのだろうか――そんな妙な感覚が胸をくすぐる。


エレベーターに二人で乗り込む。

「もしかして、ボス、私を待っててくれたんですか?」


ボスは横目で私をチラッと見る。

「そんなわけないだろう。俺も仕事があったんだよ」


「あっ、ですよね、、、」


それでも、なぜかほんの少しだけ、ボスの優しさを初めて感じた気がした。

入社したばかりの新人としては、到底信じられない距離感――でも、上司だからとか、社長だからとか、緊張するという気持ちは私にはなかった。


「ボス、おはようございます。昨日はご馳走様でした」


「あー」


今日も相変わらずの素っ気ない返事。

昨夜、ほんの少しだけ優しさを感じたのは、やっぱり気のせいだったのかもしれない。


ボスの後ろについて部屋に入りながら、今日の予定を頭の中で確認する。


「ボス、今日の予定です。10時より社内ミーティング、12時からミラクルハットの佐藤社長とランチ会談、15時半から試作品の確認になっています」


「分かった」


「それとボス」


「ん?」


「私がおはようございますと言ったら、“あー”ではなくちゃんと“おはよう”と返してください。朝の挨拶の基本です!私だけじゃありません。社員に挨拶されたら、ちゃんと“おはよう”と返してください。いいですね!?」


勢いよく言い切る私に、ボスは一瞬引いたようだったが、やがて低い声で「分かった」と答える。


その言葉に、思わず満面の笑みがこぼれた。


「では、コーヒーを入れてきます」


部屋を出る私を、ボスは少し驚いたように、そして興味深げに見つめていた。

――俺に意見するとは、変わった奴だ、と。


私は心の中で小さくガッツポーズをした。

よし、今日もちゃんと存在感を示せた。

入社して間もない新人のくせに、こんな距離感で堂々と意見できるなんて――自分でも信じられないくらいだけど、これも秘書の仕事の一部。

ふふ、ボスの反応も面白い。ちょっとした勝利感が、胸の奥でくすぐったく広がった。


11時半、ランチに向かうボスの後ろについて行く。


エレベーターを降りると、私はすぐさまボスの前に立ち、両手を軽く広げながら周囲をキョロキョロして歩く。

――あくまで“秘書として警戒してますよアピール”のつもり。


そんな私の行動を、ボスは変な目でじっと見ている。


「神崎」


「はい!ボス」


「お前はSPか!?」


「え?」


立ち止まり、ボスの方を振り向くと、思わず胸が高鳴った。


「ボス、安心してください。私が秘書になった以上、私がボスをお守りしますから」


そう言いながら、再び手を広げてボスを庇うように歩き出す。


――そんな私の首元の服を、突然ボスがそっと掴んだ。


「ボス、な、何ですか?」


「お前はSPじゃなく秘書だ。大人しく俺の後ろについていればいい。それに、周りの視線が恥ずかしい」


周囲を見ると、たしかに人々が変な目で私とボスを見ている。

一気に顔が真っ赤になる。


私は静かにボスの影に入り込み、少し押しながらささやくように言った。


「ボス、早くここを出ましょう…」


恥ずかしさと必死さで、足早にボスを押しながら通り抜けた。

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