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1.守る華・守られる花  作者: ミシル
第一章 蘭
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9.宮殿の追走劇

大広間の扉が閉まり、ようやく守華は緊張から解放された。


「よくこの短時間で見事にこなせたな。」

まっすぐ前を見据え、感情をほとんど表に出さずに話す蘭明の言葉に、守華はムッとした顔を向ける。


「ちょっとね、蘭そうだか蘭ちょうだから分からないけどね……」

指を突きながら口を尖らせて言う守華。


「蘭皇です。」

絶妙なタイミングで近寄ってきて、守華の口を封じる白鋭。


守華は流し目でチラッと白鋭を見て、

「わかってるわよ!」

ふんっと鼻で笑い、再び蘭明に目を向ける。


「蘭明、あんたねー!」


「蘭皇です。」

白鋭は再び守華に近づいてくる。


「んーーもーー!」

守華は軽くため息をつき、悔しそうに言った。

「私の中では皇子でもなんでもないの! そんな人を皇なんて呼ぶ気ないから、蘭明でいいのよ!」


白鋭はしゅんと肩を落とし、少し後ろに下がった。


気を取り直した守華は蘭明に詰め寄る。


「ちょっと蘭明!!なんで私があなたの家に住まないといけないわけ!??? 勝手に決めないでよ…!」


勢いよく前に出ようとしたその瞬間、スカートの裾を踏んでしまい、体が蘭明の方に傾いた。


とっさに蘭明が守華を抱きとめ、二人の顔が不意に接近する。


「……ぃでよ……」

小さくささやく守華。


互いに見つめ合い、鼓動がドクン、ドクンと早くなる。


「じゃあ、お前は外で寝たほうがいいのか?」

蘭明はゆっくり顔を近づける。


守華は目を合わせないように、あちこち見回す。

――そうか、私、寝る場所がないのか。

冷静に思い直す。


両手で蘭明を押し、体を少し離して

「あの地下牢だけはやめて!」

と焦る気持ちを隠しつつ言った。


その時、星曜が手を振りながら走ってくる。

その後ろには、海尭と夏翠の姿も見えた。


守華も笑顔で手を振る。

それを見た蘭明は、少し面白くなさそうな表情を浮かべた。


三人が守華の前まで来ると、

「さっきの舞は本当に綺麗だったよ」

笑顔で褒める海尭。


「本当、昨日あんなに汚かったのに、こんなに見違えるなんて」

と星曜が上から下まで何度も見返す。


「海皇、星曜、ありがとう」

「皇」と呼ぶ言葉が蘭明の耳に入り、ムッとした顔で守華を見ている。


「今、海皇だけ皇を付けたのに、なんで私のことは普通の名前? これでも私も皇一族なんだけど」

守華の周りを歩きながら腕を組む星曜。


「えっ、だって私より年下でしょ!?」

「18だ!守華こそ年下じゃないの!?」

「えー!私と一緒じゃん!」

「同じ年なんて嬉しい!」


呼び方のことも忘れ、二人は年齢が同じなことに喜んでいた。

地下牢で少し話しただけだったが、親近感が湧いている。


「私のことも海尭で構わない」

守華が意外そうな顔で海尭を見ると、

「私だって守華と近づきたい」

海尭は微笑み返してくれる。


その間に、蘭明がすっと入ってきた。


「海皇、今後、守華は私の屋敷にいます。何かあれば、よろしくお願いします」

焦り気味に、わざわざ言う必要もない言葉を告げる蘭明。


「あ、あー。それはもちろん」

海尭は笑顔で答えた。


「ちょっとお兄さまたち、私を忘れていませんか?」

後ろから前に出てきたのは、あの夏翠だった。


さっき、星曜の隣に座っていた綺麗な人……なるほど、あの人が妹だったのか。

「こいつは夏翠。俺たちの妹で、陽月国の公主だ」

星曜が説明してくれた。

妹か……それにしては大人びていて綺麗すぎる。誰かの奥さんでもおかしくないくらいだ。

しかも妹ということは、私より年下……か。


「私はあなたを陽月国に歓迎していないけどね」

プイッと横を向き、さっきと同じ強気な口調で言い放つ夏翠。


「そんな顔をしたら、かわいいお顔にシワができちゃいますよ」

思わずニコッと笑い返す守華。


「なんですとー!」

夏翠は目を見開き、怖い顔でこちらを睨む。


「まぁー、まぁー、まぁー、まぁー……」

その間に入ったのは星曜だ。

「ほらほら、夏翠のかわいいお顔が……」

肩に手を添え、優しくなだめながら、夏翠を連れて行く。


その横で海尭は、蘭明を通り越して守華の隣に歩み寄った。

「私はいつも我が屋敷にいる。蘭明の屋敷からも近いから、何かあったらいつでも来るといいだろう」


「はい」

守華は小さく返事をして、海尭の後ろ姿をしばらく眺めていた。

その背中は、どこか頼れる安定感と、少しの色気を併せ持っていて、守華の心をほんのりと高鳴らせた。


「行くぞ」

蘭明は守華を軽くどかし、そのまま宮殿の廊下を進む。


「ちょっ、と……!」

守華は慌てて追いかけながら声をあげる。


「頼むから、あの牢だけは本当にやめてね?」

上目遣いで、少しぶりっ子風にお願いする。


「ね?」

「ね?」

「お願いね?」


何度も繰り返しても、蘭明は無表情のまま、真っ直ぐ前を見て歩き続ける。


「もう、なんなのよーーー!」

守華は立ち止まり、宮殿の大理石の床を足でドンドンと叩く。

その響きが広い廊下に反射し、まるで小さな雷鳴のように響き渡る。


蘭明はちらりと後ろを確認するが、歩みを止めずに微笑みを抑えたような表情で見つめる。

守華はその余裕ぶりにムッとし、口を尖らせながらも必死で追いかける。


「置いていくぞー」

そう言って、宮殿の長い廊下をスタスタと進む蘭明。


「ちょっと待ちなさいよ!」

守華はスカートの裾を持ち上げ、必死に走る。

両手で腕を振り、息を切らしながらも、周囲の豪華な装飾や絨毯の感触、壁にかかる絵画に目もくれず、ただ蘭明だけを見つめる。


心臓がドクドクと高鳴る。

「まさか本当に置いていかれるの……!」

必死で追いかける自分の心臓の音が、宮殿の静けさに反響する。


蘭明は変わらぬ足取りで歩きながら、時折後ろに目線を向ける。

守華はその背中に焦りを感じつつも、心の中で誓う――

「絶対に、あの地下牢だけは避けるんだから!」


その勢いで駆ける守華の姿は、宮殿の荘厳な雰囲気に少しだけ軽やかな活気を与えていた。



宮殿の奥では、黒マントの男が冷たい視線を守華に向けていた。

「この陽月国にいれば、天下は我がもの……絶対に逃さぬ。この二十年、このために耐えてきたのだから」


彼の放った目は、いつか必ずこの「勝利の女神」を捕らえる決意を刻みつけていた。

宮殿の静寂と、守華の足音が交錯する。

まだ誰も知らない――この陽月国に新たな嵐が迫っていることを。


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