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守る華・守られる花  作者: ミシル
第二章 すずらん

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85/113

85.結婚式の向こうの想い

公主が陽月国へ旅立つ日まで、あと五日を切った。

今日は最後のお別れ会――宮廷には、祝いと別れの入り混じる空気が漂い、多くの人々が集まっていた。

その中には、もちろん蘭明も、季昭もいる。


そして、蘭明の瞳に焼き付くだろう、すずらんの“最後の舞”が、今まさに幕を開ける。


深紅に染まった刺繍の着物は、光を受けて煌めき、舞台の主役として華やかに輝く。

この一着――初めてナンバー1になったときに袖を通した、大切な想い出の着物。


目尻に引かれた赤のライナーが、凛とした表情をより妖艶に際立たせる。

視線を流すたび、舞台の灯りの隙間を縫うように、そっと蘭明と目が合った。


扇子を手にくるくると回し、宙へ投げ上げる。

一瞬の間、会場の空気が張り詰め、観客たちは息をのむ。


――蘭明の胸も、静かにざわついた。

こんなにも美しく、凛として舞うすずらんを、ただ見つめるしかない自分。


私は、名前を変え、彩国のナンバー1踊り子になった。

蘭明に気づかれぬよう、必死で隠しながら――でも、どこかで、ナンバー1の私の名が届いてほしかったのかもしれない。


胸の奥で、誇らしさと切なさが交差する。

蘭明の視線を感じ、少しだけ心が揺れる。

それでも、私は決めている――これからの道を。


(公主とお幸せに。。。)


舞はクライマックスへ。

扇子が宙で舞い、すずらんの体が流れるように舞うたび、会場の空気は一瞬、静寂に包まれる。

蘭明の瞳も、逃れられず、ずっと彼女を追っていた。


光と影の中で、二人の心は言葉なきまま、交錯する――。



舞い終わると、いつものように陛下の前で正座をし、床におでこをつけて深く一礼する。


「今日も見事だったぞ、すずらん」

「有り難きお言葉」


陛下はにこやかに目を細め、次に咲公主の方へ視線を向ける。

「公主も、すずらんからの祝いを受け止めただろう」


咲公主はその場で立ち上がり、はっきりとした声で答える。

「はい!お父様。最後のすずらんの舞、心にしっかりと焼き付けました」


横に座っていた蘭明も立ち上がる。

「陛下」

「蘭皇よ、どうした?」

「はい。陽月国まで長い道のりとなります。もしよろしければ、すずらんを同行させていただけませんか」


「すずらんを?」


その言葉に、すずらんと季昭は同時に息を呑み、蘭明の方を見つめる。


「はい、咲公主とすずらんは仲が良いと伺っております。長い旅の間、咲公主が退屈されないように、すずらんを話し相手として同行させた方がよろしいかと」


咲公主の顔がぱっと明るくなる。

「それはいいわね!ずっと一人でいるより、すずらんとなら旅の道中も楽しく過ごせそう。お父様、いいでしょう?」


陛下は娘に弱い。微笑みながら頷く。

「公主がそう望むなら・・・それに、すずらんもたまには違う国で息抜きができるだろう。どうだ、すずらん」


すずらんは一瞬、季昭の顔を見た。

けれど、陛下の言葉、同行を断ることなど出来ない。


「咲公主が、私でよろしければ…」

そう静かに告げる。


「陛下!」

季昭がすずらんの隣にすっと立つ。

「すずらんが同行するのであれば、私が護衛として公主をお守りいたします」


「それは朕も心強い。では、季昭、そなたも共に公主を陽月国へお送りしろ」


「はっ!」

季昭の返事が力強く響く。


だが、陛下は続けて微笑みながら問いかけた。

「それにしても、季昭。そなたとすずらんの式はいつ挙げるのだ?」


蘭明は、一瞬の喜びに顔が輝いた。

しかし、陛下のこの一言で、すぐに表情が硬くなる。


「それは…」

「季昭は長い間、朕のために遠征ばかりしておった。今は落ち着いておるだろう。それに、公主も嫁いでしまう。その前に2人の式を挙げるのはどうだ?公主も参加できるし、今なら蘭皇もいる。みなで祝えるぞ」


「でも…」

「なんだ?不満か?」

「いえ、滅相もございません」


季昭は、すずらんのことを思い、言葉に詰まる。

その隣で、すずらんは静かに、しかし力強く陛下だけを見つめた。


「陛下、有り難きお言葉。このすずらん、ずっと、式を挙げられる日を待ちわびておりました」


その言葉に、季昭も蘭明も、息をのむ。

すずらんの真っ直ぐな瞳が、二人の胸に深く刺さる。


—緊張と静寂が一瞬、宮廷を包む。

すずらんはただ、確かな意志を胸に、まっすぐに陛下を見据えていた。


「そうか、そうか。では、公主が嫁ぐ前に式を挙げよ。三日後でいいな?」

陛下の声に、季昭とすずらんは同時に頭を下げる。


「「ありがとうございます!」」

二人の声が、緊張と喜びに震えた。


――屋敷に戻った季昭とすずらん。


「すずらん、入るぞ」

「うん」

季昭はすずらんの部屋の扉を開ける。


「来ると思ってたわ」

すずらんは笑みを浮かべながら、しかし真剣な瞳で季昭を見つめる。


「本当にいいのか? 式を挙げたら、正式に俺の妻になるんだぞ?」

季昭の声には、少しの不安と確かな期待が混じっていた。


「ええ、分かってるわ」

すずらんは立ち上がり、静かに季昭の元へ歩み寄る。

手を差し出し、季昭の手を取る。

その瞳は揺るぎなく、強く、そして温かく彼を見つめていた。


「これが、私の返事よ」

「私は、あなたと共に彩国で生きる」


その言葉を聞いた瞬間、季昭の表情がぱっと明るくなった。

そして、ためらうことなく、全身で抱きしめる。


彩国で、新たに始まる二人の未来を胸に、深い幸福が屋敷に満ちていった。


この三日間で、式の準備は急ピッチで進められた。

第一将軍という地位もあり、式は宮廷の外で執り行われることになっていた。


鏡の前に座るすずらん。

今日の衣装は、いつもの踊り手の煌びやかな着物とはまるで違う。

純白の着物は、まるで花が咲き誇るように清らかで、

鶴をモチーフにした金色の刺繍が、控えめながらも気品を放つ。


控えめな化粧でも、その美しさは際立っていた。

胸の奥で、鼓動が高鳴る。

――私は今日、季昭の正式な妻となるのだ。


「すずらん様、そろそろお時間です」

ウタの声が静かに響く。


「分かったわ」

すずらんは深く息を吸い込み、ウタの手に軽く手を添えて部屋を出る。


外に出ると、柔らかな朝の光が会場を包んでいた。

すでに季昭は、会場の前で待っている。


少し歩を進めると、壁に寄りかかる蘭明の姿が目に入った。

その瞳がすずらんに気づくと、ゆっくりと近づいてくる。


「ウタ、少しはずしてくれる?」

「はい」


ウタがそっとさがった。


「……これがお前の答えか」

「そうよ」


蘭明は左手を上げ、袖をまくる。

そこには――すずらんが、まだ守華だったころ、蘭明の誕生日に贈ったミサンガが、今もきちんと巻かれていた。


「これを覚えているか?」


すずらんは言葉も出せず、ただミサンガを見つめるだけ。


「……私の願いを覚えているか?」

「……」


蘭明の声は、静かで、それでいて確かな強さを帯びていた。


「死ぬまで守華と、来世でもずっとずっと一緒にいられるように――願ったんだ」


そのときのことを、すずらんは鮮明に思い出す。

蘭の簪をもらい、彼にはミサンガを贈った――あの瞬間の気持ちを、今でも大切にしてくれていたのだ。


胸の奥に熱いものが込み上げ、自然と涙がにじむ。

すずらんは黙ったままだ。


賑やかな声が遠くで響く一方で、

この二人の間には、言葉にならないほど冷たい静寂が張り詰めていた。


蘭明は静かに短剣に手を伸ばし、左手首のミサンガに刃を向ける。


「願いが叶わないなら……意味はない」


_____シャキーーーン


短剣が光を受けて走り、ミサンガは床にヒラヒラと落ちた。

その瞬間、二人の間にあった時間と想いが、まるで一緒に切り裂かれたかのように静止した。


「幸せにな……」


蘭明の低く、切ない声が、すれ違いざまに残った。

それは諦めと痛みと、紛れもない愛情が混ざり合った、胸を締め付ける言葉だった。


すずらんは振り返らず、ゆっくりと歩き出す。

涙が一粒、また一粒、頬を伝い落ちる。

それでも瞳はまっすぐ前を見据えていた。


「これで、あなたは死なずにすむ……」

胸の奥で、そっと守りたい想いを抱きしめながら、

「あなたも、どうかお幸せに……」


そして、互いの距離はすれ違ったまま。

でも、見えない糸で結ばれているかのように、心の奥では、二人の想いが静かに、確かに交差していた。


蘭明は何もない左手首を見つめながら、静かに呟く。

「……守華……」

その声には、後悔も、切なさも、そして何よりも、ずっと変わらぬ愛が込められていた。


すずらんの足音が遠ざかっていく......


会場の賑やかさに包まれながら、二人の心だけは、永遠に交差したまま静かに揺れていた。


宮廷の外には、多くの人々で空間が埋め尽くされていた。

ざわめきと祝福の声の中、すずらんはさっき流した涙をそっと拭い、季昭のもとへ向かう。


一歩、また一歩――

ゆっくり、でも確かに、彼との距離を縮めながら歩く。


「季昭……」

声が小さく震える。


「すずらん……すごく綺麗だ」

季昭の目が、温かく、そして力強く輝く。


「ありがとう……」

胸が高鳴る。


「心の準備はできてるか?」

「うん、大丈夫よ」


季昭が差し伸べた手を、すずらんは迷わずしっかりと握り返す。

その手の温もりに、自然と勇気が湧いてくる。


二人は静かに、でも力強く、前へ一歩ずつ踏み出した。


すずらんと季昭が式場に姿を現すと、歓声は鳴り止むことを知らなかった。

紙吹雪が空から舞い落ち、二人を祝福するようにきらめく。


前方の中央には、陛下や皇后、皇子たち――そして咲公主の姿もあった。

だが、蘭明の姿だけは見当たらない。


――そうよね、来るはずないわよね。


周囲の歓声と拍手に包まれながら、式は何事もなく進行する。

二人は礼を交わし、祝福の声に応えて一礼をする。


その一礼を終え、顔を上げた瞬間、遠くの人垣の中に、確かに蘭明の姿を見つけた。

悲しみを湛えた瞳が、すずらんを静かに追っている。


その瞳に映るのは、ただの羨望や後悔だけではない――

蘭明はきっと、これまで見守り、愛してきた者としての、切なくも深い想いを胸に抱えていたのだろう。


すずらんは心の奥で、そっと蘭明に語りかけるように呟く。

「生きて……必ず幸せになって」


その言葉は、歓声にかき消されることなく、二人の間だけの静かな祈りのように、確かに届いているような気がした。


遠くの人垣の中で、蘭明は静かにすずらんを見つめていた。

紙吹雪に包まれ、光に煌めく白い着物――舞台の主役のように輝くすずらん。


心の奥がざわついた。

喜びでも、怒りでも、羨望でもない――ただ、深く、痛いほどの切なさだった。


あの日、守華の手を握り、笑顔を守ろうと誓ったときのことが、蘭明の瞳にフラッシュバックする。

短い間だったけれど、守華として生きた日々――そして今、すずらんとして彩国で舞う姿。


――どうして私は、ここに立って見ているだけなんだ。

もし手を伸ばせば、あの時のように守華を抱きしめられるのに。

けれど、今はもう、私の隣にはいない。


胸を締めつけるような痛みに耐えながら、蘭明は静かに唇を噛む。

「必ず幸せになれ」


その一言は声にならず、風に溶けて届くことはない。

それでも、目の前で輝くすずらんに、心からの祈りを送るしかなかった。


すずらんの瞳にちらりと自分の姿が映る。

悲しみと決意が混ざったその瞳に、蘭明は胸の奥が締めつけられる。

愛しているのに――抱きしめられない、でも幸せを願うしかなかった。




屋敷に戻ると、祝いの祝賀が賑やかに始まった。

人々の笑い声、杯を交わす音、踊る足音――楽しげな空気が部屋を満たす。


でも、すずらんは一人、自分の部屋の片隅に座っていた。

心の中には、どうしても消せない影があった。


あのミサンガを切ったときの蘭明の表情。

式の間、遠くからじっと見つめていた蘭明の瞳。

そのすべてが、胸に刺さって離れない。


季昭の妻になったはずなのに、喜びよりも胸の奥がざわつく。

どうして、幸せなはずの自分が、こんなにも揺れてしまうのだろう。


結婚初夜――季昭の腕の中に抱かれること。

受け入れられるのか。

覚悟を決めたはずなのに、まだ自分の心を許せない。


涙が頬を伝う。

でも、誰にも見せないように、そっと手で拭った。


「……どうして、こんなにも蘭明のことが、心から消えないの……」


窓の外に夜風が吹き、冷たくも心地よい。

その風に吹かれながら、すずらんはただ静かに、未来に向かう覚悟を胸に押し込めた。


胸の奥の葛藤――それでも、前に進まなければならない。


少し顔を赤くした季昭が、すずらんの部屋にそっと入ってきた。


その瞬間、すずらんの胸に小さな緊張が走る。


「すずらん……」


季昭の声は、普段の冗談めいたものとは違い、静かで優しかった。

季昭はそっと手を伸ばし、すずらんの頬に触れる。

その指先の温もりに、すずらんの心がほんの少し揺れる。


そして、季昭は優しく唇を重ねた。

柔らかく、短く、でも確かな愛情を感じる口づけ――。

すずらんはそのまま倒されるのかと思ったが、季昭はすぐにそっと離れた。


「無理はしなくていい。まだ心の準備はできていないだろう?」


「季昭……」


「俺は、すずらんをいつでも受け入れる。だから、すずらんが求めたいときに、俺に飛び込んでこい」


言葉にせずとも、すずらんの気持ちをすべて理解している季昭。

その優しさに、胸が熱くなる。


「ありがとう、季昭……」

すずらんは小さく、でもしっかりと呟いた。

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