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守る華・守られる花  作者: ミシル
第二章 すずらん

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83/113

83.陰謀を砕く

踊りが終わり、舞台から下がる守華。


次の場所へ移動するため、ウタを連れて外へ出ようとしたそのとき、岳葉とすれ違った。


すずらんは岳葉に気づき、自然に端へ寄り、頭を下げて一礼する。


岳葉はすずらんの前で立ち止まり、低く不気味な声で問いかけた。

「すずらんじゃないだろ? 本当は陽月国の守華なんだろ?」


下を向いていたすずらんがゆっくり顔を上げ、凛とした声で答える。

「岳葉様、私はすずらんでございます」


「ふん、まぁ、いいさ」


冷たい笑みを浮かべ、岳葉はそのまま通り過ぎた。


背中にいやな視線を感じ、胸の奥がざわつく。

岳葉は何かを企んでいる──一体、何を考えているのだろうか。


すずらんの心は急に重くなった。

心臓がぎゅっと締め付けられるような感覚。

周囲の風景や人の声が遠くなり、まるで時間がほんの一瞬止まったかのようだった。


小さな足音、遠くで笑う声、でもすずらんの視界には岳葉の影だけがくっきりと焼きつく。

まるでこの先に、何か避けられない波が待っているような予感。



今日も同じく、すずらんの前には花道ができていた。

しかし、どこかいつもと違う空気を感じる。


「すずらん様、あの2人……」


ウタが指を差す先を見ると、そこには睨み合う蘭明と季昭の姿があった。


「全く、何やってるのかしら……」


すずらんは呆れ、思わずため息をつく。

とりあえず、2人の間に歩みを進める。


「通れませんので、お二方。睨み合うなら端っこでやっていただけますか?」


2人はすずらんをちらりと見たが、すぐにまた譲らず睨み合いを続ける。

仕方なく、すずらんは無理やりその間に入った。


一瞬、足を止めて──鋭い目で交互に2人を睨みつける。

「いい加減にしなさいよ。ここが町中でなければ、2人とも私がやっつけるわよ」


その威圧に、後ろからウタの声が響く。

「すずらん様、危ない!」


その声と共に刀を振り上げる者の姿が見えた


すぐに反応する蘭明と季昭。


刺客だ。


周りの町の人たちは悲鳴を上げ、一斉に逃げ出す。店の扉を閉めたり、屋台の下に隠れたり、子どもたちは泣き叫びながら駆け回る。


「ウタ、隠れてなさい!」

「で、でも、すずらん様が……」

「いいから早く!」


ウタは慌てて身を隠す。


刺客が襲いかかる。

さっきまで睨み合っていた蘭明と季昭だったが、息はぴったりで、的確に刺客を倒していく。


その手際の良さに、すずらんは思わず感心してしまう。

この2人がいれば、もう何も怖いものなどない──そう心から思えた。


すずらんも太ももに常に付けてある短剣に手を伸ばそうとしたその瞬間、影の奥から岳葉の視線が自分を射抜くのを感じた。


そういうことか……。


私が守華なら、刺客に襲われても武芸で反撃してくるはずと思ってるんだ。

すずらんは短剣に手を伸ばすのをやめ、冷静に考える。


「こうなったら、弱い女を演じるしかないわね……」


大げさに悲鳴を上げ、地面に倒れ込むすずらん。


「きゃー、こわーい!」


その瞬間、蘭明と季昭は目を丸くして呆気に取られる。

すずらんは目線で二人に岳葉の存在を訴える。


「わぁー、助けて、殺されるー!」


その声に反応して、刺客たちが襲いかかってくる。

だが、蘭明と季昭は無言で連携を取り合う。


一人が右から斬り込む瞬間、もう一人は左から防御。

一歩もズレず、二人の動きが完璧に噛み合う。

攻撃と防御がリズムのように続き、刺客たちは次々と後退し始めた。


「さすが……!」

すずらんは、二人の息の合った戦いに心の底から感心する。

この二人がいれば、何も怖いものはない――そう思えた。


「もう、いいぞ」


季昭が短く合図を送ると、場の緊張は少し和らいだ。


「岳葉よ」


「あー、分かってる。バレたか?」


「たぶんね」


すずらんは小さく頷き、蘭明にも岳葉の情報を簡潔に伝える。


「岳葉は、偉徳の息子で頭脳明晰。計画的に仕掛けてくる男よ」


蘭明の目が鋭くなる。


「油断はできない。次は、何を仕掛けてくるか……」


三人の間に緊張が走る。

刺客が去った後も、空気には重い気配が残った。



それから一週間後、すずらんは陛下に呼ばれ、宮廷へ向かった。


重厚な扉を開けると、両脇にずらりと並ぶ役人たちの列。

そして正面には、偉徳と岳葉が座していた。


舞のためではないことは、一目で分かった。


一番前まで進み、深く正座して頭を床に伏せる。

「陛下にご挨拶申し上げます。すずらん、ここに」


「顔をあげよ」

陛下の声は低く、静かな威圧感があった。


すずらんはゆっくりと立ち上がり、目を真っ直ぐ陛下に向ける。

「有り難きお言葉」


「すずらんよ、今日、なぜそなたが呼ばれたか分かるか?」


「存じません」

答えを濁すすずらん。


「そうか……実はな、すずらん、そなたに密偵疑惑が上がっておる。そなたは、陽月国の守華なのか?」


その言葉に、すずらんの視線は一瞬だけ岳葉に向く。

──私に悔しい思いをさせられたあの返しか?

それとも、季昭を蹴落とすために、私を利用するつもりなのか……。


胸の奥がひりつくように痛み、しかし表情には動揺を一切見せない。

すずらんは、ただ静かに陛下と岳葉を見据えた。


「陛下、私はすずらんの名しか持っておりませぬ。守華との名前は存じ上げません」


「偽りではないな?もし、偽りならそなたの命はないぞ」


「はい、偽りなど申しません」

すずらんは堂々と答え、目線を一切逸らさない。


その視線の端で、岳葉が不敵な笑みを浮かべているのに気づく。


「陛下、騙されてはなりません。私、岳葉はかつて陽月国の守華と一戦交わしたことがございます。その顔をしかと焼き付けております」


すずらんの言葉に、岳葉の笑みがわずかに引き締まる。


「では、岳葉様にお尋ねいたします。顔が焼き付いていると言いましたが、ではなぜ今になって言い出すのでしょうか。私が公の場に出始めたころには気づいていたはずでは?まさか、季昭将軍との結婚を利用して私を操り、季昭将軍を蹴落とそうとしているのでは?」


「なんだと!そんなことは考えておらぬ!」

岳葉は慌てた様子を見せるが、どこか焦りを隠せない。


「まー、言い争いは待て」

すずらんは少し頭を下げ、一歩下がる。


「すずらん、そなたがすずらんなのか守華なのか、はっきりするまでは牢に入れておく。分かったな?」


岳葉はすずらんを見つめ、ざまーみろと言わんばかりの笑みを浮かべていた。


「お待ちください!」


重厚な扉が勢いよく開く。

そこに現れたのは蘭明、その背後には八軒、さらに――侍衛の装束に身を包んだ小心。

高く結んだポニーテールが凛と揺れ、まるで本物の守華が姿を現したかのようだった。


三人はすずらんの前まで進み出ると、同時に深々と頭を垂れる。


「陛下、すずらん殿に疑いがかかっていると耳にいたしました。我ら陽月国としても、密偵などと濡れ衣を着せられては黙ってはおれません」

蘭明の声は堂々として宮廷に響き渡る。


「蘭皇よ、たしかにその言はもっともだ。だが、証を示さねば疑いは晴れぬぞ」

陛下の眼差しが鋭く光る。


蘭明は一歩進み出て、力強く言い放つ。

「承知しております。ゆえに――守華本人を陽月国から呼び寄せました」


ざわめきが広がる中、小心が静かに前へ出た。

床に膝をつき、恭しく頭を垂れる。


「陛下、お初にお目にかかります。私こそが、陽月国の守華にございます」


「なっ……なんだと!?」

岳葉の顔色が変わり、慌てて前に出ようとする。だが、その腕を偉徳がぐっと掴み、低く制した。


「岳葉……たしかに……あの女も戦場にいた気がする」

偉徳の眉間に深い皺が寄る。


「ち、違う!だが……守華ではないはずだ……!」

岳葉の声は次第に揺らぎ、動揺が隠しきれなくなっていた。


堂々と前に進み出る小心に、すずらんは思わず息を呑んだ。

(え……あの小心が.....あんなに堂々として……。)


「陛下、守華というものは武芸を嗜んでおりました。ゆえに、この場で私とお手合わせをいただきたく存じます」

岳葉は一歩も退かず、まっすぐに言い放つ。


「ほう……それは面白い。蘭皇よ、どうか?」

陛下が愉快そうに頷く。


「はい、異存はございません。ただし――岳葉様に勝利したときには、この者が守華であると信じていただけますか?」

蘭明の声は落ち着いていた。


「うむ、勝利したら信じよう」


すずらんの胸がぎゅっと縮む。

(どうしよう……! 小心は武芸なんてできない。芝居は得意でも、剣はごまかせない。岳葉だって偉徳の息子……多少の腕は仕込まれてるはず。これじゃ……!)


視線を落とし、不安そうに歩くすずらん。その横に蘭明がすっと並んだ。

蘭明は気配を隠すように近寄り、耳元に低く囁く。


「心配するな、大丈夫だ」


温かく響く声に、すずらんの鼓動がほんの少し落ち着きを取り戻した。


「はじめ!」


合図と同時に、小心と岳葉の剣がぶつかり合った。

すずらんは両手を胸にあて、祈るようにその一太刀一太刀を見守る。


しかし、その心配をよそに――小心は予想外の動きを見せていた。

鋭い足運びで間合いを詰め、岳葉の斬撃を的確に受け流していく。

その姿に、すずらんの目が大きく見開かれた。


(まさか……小心がこんなに……!?)


「小心はな、いつ守華が戻ってもいいように――琉璃の代わりに自分が守華の侍衛を務めたいと願い出ていた。だから八軒に稽古をつけてもらっていたのだ」

隣に立つ蘭明が、声を潜めて告げる。


「小心……」

すずらんの胸に熱いものがこみあげた。


かつて泣き虫で守られるばかりだった小心。

その小さな背中が、今は毅然と立ち、岳葉を押し返している。


「ぐっ……!」

岳葉の額に汗がにじむ。

最後の一撃で彼の剣が弾き飛ばされ、地に転がった。


小心は剣先を岳葉に向けたまま、一歩も引かない。


「勝負あり!」


審判の声と同時に、観衆がどよめいた。

小心の勝利だった。


「陛下、この勝負、守華の勝ちで間違いないでしょうか?」

蘭明が静かに問う。


「うむ、間違いない。守華の勝ちだ。見事であった」

陛下は力強く頷いた。


しかし、岳葉が一歩前に出る。

その目には未練が残っていた。


「……待ってください。負けは認めます。ですが、最後に一つだけ、すずらんに問いただしたい!」


ざわめく空気。

陛下が目を細めた。

「よかろう。申してみよ」


岳葉の視線が鋭く突き刺さる。

「すずらん――お前の出身はどこだ?」


場に緊張が走る。

役人たちも息を呑み、すべての視線がすずらんに集まった。


「わ、私の出身は……」

唇が震える。声が詰まり、言葉が続かない。


「どうした?言えぬのか?」

岳葉の口元に勝ち誇った笑みが浮かぶ。


「私の出身は――」


その瞬間。


「すずらん!」

張りのある女性の声が、その場に響いた。


すずらんが振り向くと、そこには東泉村のおばちゃんとおじちゃん、そして季昭の姿があった。

すずらんは瞬時に季昭の意図を察した


「お母さん……!」

駆け寄り、すずらんはおばちゃんに飛び込み、強く抱き合った。


涙ぐみながら、すずらんは陛下に向き直る。

「私の出身は東泉村でございます。この方々が、私の母と父にございます」


岳葉の顔色がさっと変わる。

「な、ならば……なぜ、すぐに答えられなかった!?」


すずらんは俯き、震える声で答える。

「……私は今、彩国第一将軍の妻として、踊り子としての地位をいただいております。ですが……ただの東泉村出身だと知られれば、地位のない私が季昭将軍に恥をかかせてしまうのではと……恐れがあったのです」


ざわめきが広がった。

そこへ季昭が一歩前に出る。


「陛下、すずらんはひと月に二度ほど東泉村に戻っております。その姿は町の者も皆が知っていること。証人ならいくらでもおります」


陛下は静かに頷き、重々しい声で告げた。

「すずらんよ、疑って悪かった。そして守華よ、遠き陽月国よりわざわざ来てもらったこと、礼を申す。岳葉――」


鋭い視線が岳葉に突き刺さる。


「そなたは一月、謹慎して己の軽率さを反省せよ」


「……!」

岳葉の顔が悔しさに歪む。


すずらんは深く頭を下げた。

胸の奥で、ようやく張り詰めていた糸が解けていくのを感じながら――。


蘭明と季昭――ふたりに救われた。


蘭明は、東泉村の帰りにすずらんが「小心に会いたい」とこぼしていたことを覚えていた。

だからこっそり、彼女に内緒で小心を呼び寄せていたのだ。

こんな形の再会を望んだわけではない。けれど、運命が用意した結末は――奇跡と呼ぶにふさわしかった。


一方で季昭は、岳葉が必ず「出身地」を問い詰めるだろうと予見していた。

だから先に東泉村へ向かい、すずらんを娘のように想ってくれていた人々に頼み込み、母と父を演じてもらえるように話をつけていたのだ。

すべては、すずらんを守るために。


すずらんは、胸が熱くなるのを抑えきれず、ふたりに深く頭を下げた。

震える声で伝えた感謝の言葉は、涙に滲んでいた。


問題が収まった後、ついにすずらんと小心は向かい合った。

言葉はいらなかった。視線が合った瞬間、長い時間がほどけるように、抱き合い、再会の喜びを分かち合った。


そして小心は、守華が去ってからの蘭明のことを語って聞かせた。


――毎晩、酒に溺れ、荒れ果てていたこと。

――酒を飲まなければ眠ることすらできなかったこと。

――陽月国から楽士国の果てまで、狂おしいほど探し回っていたこと。

――夜ごと桜音亭に通い、まるでそこに守華が座っているかのように語り続けていたこと。

――琉璃の母を医者に診せ、薬を与え、快復へと導いたこと。

――そして瑠璃の弟に武芸を教えはじめたこと。


すずらんは胸を押さえた。知らなかった。

あの誇り高い蘭明が、そこまで自分を想い続けていたなんて――。

一年半の孤独と痛みが、彼の背に刻まれていたことを。


今度はすずらんが語る番だった。

なぜ「すずらん」として生きる道を選んだのか。

なぜ季昭の妻となったのか。

なぜ踊り手を志したのか。

そして、愛しいウタの存在を。


ふたりは夜を徹して、積もりに積もった想いを吐き出した。

涙を流し、笑い合い、互いの痛みと希望を重ね合いながら――。


けれど小心は、翌朝には陽月国へ帰らねばならなかった。

せっかく巡り会えたのに、残酷にも再び別れの時が訪れる。


抱きしめる腕が離れた瞬間、小心の瞳から涙がこぼれた。

胸が張り裂けそうだった。


それでも、すずらんは笑った。

「また必ず会える。約束」


翔も涙に濡れた顔で、必死に笑顔をつくり返す。

「うん…絶対にですよ」


そしてふたりは、涙と笑顔で「未来」を約束し、再び背を向けた。

その別れが、次の再会を強く照らすと信じながら。

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