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守る華・守られる花  作者: ミシル
第二章 すずらん

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82/113

82.昔日の笑顔

「私の前に現れないで」

自分があの時、守華に言った言葉と同じだと蘭明は思った。


本心ではなかった。

なのに口にしてしまったあの瞬間の自分を、今になって強く後悔する。


あの言葉を言った後のずっと、立ち直れずに酒に溺れた。

でも、今は違う。

この偶然の再会はただの巡り合わせではない、運命だ――そう信じ、蘭明は動きはじめた。


まずは、すずらんを見張ることから。


ある日――

いつもは完璧に化粧をし、華やかな着物を纏い、女の子を伴って街へ出るすずらんが、今日は違っていた。

動きやすい服装に、化粧もせず、すっぴんの顔。

しかも、連れはフリーダムだけ。


「よし」

蘭明はすぐさま八軒に馬の準備をさせ、後を追った。 

どんどん山のほうへ進むすずらん。

蘭明は八軒と共に、気付かれないよう距離を保ちながらついていく。

「一体、どこに向かっているのか……」

心の中で問いかけながらも、すずらんの背中を見失わないようにする。


やがて小さな村が見えてきた。

(東泉村?陽月国から彩国へ向かう道中、必ず通る村だ。こんなところになんの用事だ?)

蘭明はそう考えながら、すずらんをじっと見つめていた。


すずらんが村の入口に差し掛かると、村人たちが次々に駆け寄ってくる。


「すずらんねーちゃんだ!」

「今日も踊り教えてー」

「すずらん、こないだ植えた野菜、いい感じだから持ってかえりな」


村人たちの笑顔と声がすずらんを囲む。

その中で、すずらんも自然と微笑み、次々と声をかけてくる人たちに応えていく。

山の奥の静かな村で、すずらんはまるで自分の居場所に帰ってきたかのように、安心した表情を見せた。


蘭明は少し離れた場所から、その光景をじっと見つめる。

「……やっぱり、すずらんはこういう場所でも輝くんだな」

八軒も横で頷きながら、無言で見守っていた。


蘭明と八軒の横を、ゆっくりと歩く老人がいた。

「……あの娘は何をしてるんだ? みんなが話しかけているが」


老人が答える。

「あー、すずらんのことか?」


老人は遠くを見つめるようにして語り始めた。

「女神さまのような娘じゃ。いつでもきらきらしていて、みんなに元気を与えてくれる子じゃ。確か1年前じゃったかのう、この村で病が流行ったときのことじゃ。都に助けを求めてもなかなか来てもらえんかったのに、すずらんと季昭将軍が駆けつけてくれたんじゃ。二人とも、病が移るかもしれないのに、村のため、みんなのために動いてくれた。医者まで呼んできてな。それから病は収まり、さらに月に2回ほどは様子を見に来てくれてるんじゃ。今ではもう、この村の家族のようなもんじゃ」


蘭明は小さく息をつき、目を細めた。

「さすがだな……守華は」


老人は首をかしげる。

「守華?」


蘭明はすぐに顔をそむける。

「いや、なんでもないさ……教えてくれてありがとう」


老人はにっこり笑いながら村の中へ入っていった。


八軒が蘭明の横で小さくつぶやく。

「守華さまは、どこに行ってもみんなから愛されているんですね」


蘭明は遠くで笑顔を見せるすずらんの姿を見つめ、声を震わせながら言った。

「そりゃ、そうだ……私が惚れた女だからな。」


蘭明と八軒も村の中に入り、馬を止めて様子をうかがっていた。


畑仕事をしていたすずらんを見つけると、蘭明は駆け寄る。

泥に足を取られ、転びそうになったすずらんを、蘭明がそっと抱き寄せた。


「蘭明? なんでここに?」


すずらんの問いに、蘭明は目を逸らす。

「付けてきたのか?」

「……」

「私の前に現れないでって言ったばっかりじゃない」


そこへ、にこやかな声が響いた。

「あら、すずらんちゃん。また、いい男連れてきて。季昭将軍には内緒にしてあげるわー」

「違うってばー」


蘭明は、思わず嬉しそうな顔をしている。


「よし、これをやればいいんだな!」

「あなたにできるの? 皇子のくせに」

「私に出来ないものはない! 八軒、お前も突っ立ってないで手伝え!」

「あっ、はい」


そう言うと、蘭明と八軒は鎌を手に取り、土を耕しはじめた。


すずらんは、わざと手を泥だらけにしていた。


「蘭明!」


畑仕事に没頭している蘭明を振り向かせ、泥まみれの手でその顔を挟む。


「付けてきた罰よ。一国の皇子もこれじゃ台無しねー」


「やったなー」


蘭明も負けじと手に泥をつけ、すずらんの顔にぺたっと塗り返す。


「一国の踊り手ナンバー1も、この顔じゃ下の下だな」


すずらんはムッとした顔をして、すぐに蘭明を追いかける。


その様子を見ていた、6歳ほどの女の子が満面の笑みで言った。


「2人は仲良しね!」


走り回っていた2人は立ち止まり、お互い目を合わせて、同時に声を出す。


「「まっさかー!」」


_____ボン!


蘭明の肩に何かがぶつかる大きな音が響いた。


振り向くと、そこには7歳ほどの男の子、蒼介そうすけが立っていた。


蒼介は蘭明に向かって泥団子を投げる。


「すずらんは、僕が大きくなったら僕のお嫁さんにするんだ!気安く触るな!」


「こんなチビなお前がか!?」


蘭明は思わずケラケラと馬鹿にして笑った。


「なんで笑う!?僕は本気だ!ねぇ、すずらん?」


「そうね」


すずらんはにっこり微笑み、蒼介に応える。


すると蒼介は満足そうに手を握り、すずらんにしゃがんでとお願いし、顔を寄せ、ほっぺに軽くキスした。


その様子を見た蘭明は、7歳の蒼介にさえにも嫉妬心を覚え、慌てて叫ぶ。


「おい、触るな!」


「なんだ、やるのかー!」


蒼介も負けじと、戦闘態勢に入る。


蒼介が蘭明に向かって突進してくると、蘭明は片手で蒼介のおでこを押さえた。


蒼介は近寄れず、腕を回して蘭明を殴ろうとする。


それを見たすずらんは、呆れた顔で蘭明を見つめた。


「蘭明」


すずらんの声に、蘭明は手をどけた。勢い余った蒼介はそのまま倒れ込む。


泣きじゃくりながらすずらんのもとへ駆け寄り、抱きついた蒼介。


「よしよし、いい大人が子供相手に本気になって、みっともないわね。さあ、あっちで手当てしましょう」


すずらんは蒼介を抱き上げ、歩き出す。


抱っこされた蒼介は蘭明を見て、あっかんべーをする。


「このー!」


蘭明が蒼介を追いかけようと前に出ると、八軒が素早く肩を掴んで制した。


「蘭皇、抑えてください。子供相手に手を出すと、余計に村人の笑いものになりますよ」


「くっ……だが、あの小僧め!」


蘭明は悔しそうに唇を噛む。


その横で、抱っこされた蒼介は満足そうにニヤリ。


「ふっふっふー、捕まえられないでしょー!」


すずらんもくすっと笑いながら、蒼介の頭を優しく撫でる。


蘭明はしばらく悔しそうに蒼介を睨みつけるも、子供の純粋さに思わず顔をゆるめる。


「……くっ、次は負けん!」


そう呟きながらも、心のどこかで微笑んでしまう自分に気付く蘭明だった。


すずらんと蒼介はそのまま、村の家々の間を歩いていく。


蘭明と八軒は後ろから、少し離れて静かに見守るのだった。



その後、すずらんは、女の子たちに踊りを教えていた。


その間、蘭明はひとりで座る蒼介の隣に腰を下ろす。


「痛いか?」

「こんなの全然痛くない!この程度で弱音吐いてたら、すずらんを守れない!」


「ハハハハ、そうだな!」

蘭明は蒼介の頭をクシャクシャと撫でた。


「よし、じゃあ剣の扱い方を教えてやろうか」

「本当に!?」

「ああ、教えてやる」


こうして蘭明と八軒は蒼介に剣の使い方を教え始めると、村の男の子たちも次々に集まってきた。気付けば二人は子供たちに囲まれている。


その様子を、すずらんは微笑みながら見つめていた。


「季昭将軍も素敵な方だけど……あの人もまた、素敵な人ね。見ていると分かるわ。すずらんが素の自分でいられるのは、あの方の前なのね」


その言葉に、すずらんは驚きを隠せなかった。


自分では、季昭の前でも素でいたつもりだった。

でも、周りから見たら、こんなふうに感じられていたのだと気付かされたのだった。


村の小道に、子供たちの笑い声が響く。

すずらんは手を取りながら、踊りのステップをひとつひとつ丁寧に教えていく。


「こうやって、足を軽く上げて――そう、上手よ!」

子供たちは嬉しそうに真似をする。


その横で、蘭明は蒼介に剣の基本を教えていた。

「力を入れすぎるな、腕で振るんじゃない。体の中心で動かすんだ」

蒼介は真剣な表情で頷く。


すずらんはふと視線を上げ、蘭明たちを見た。

剣の扱い方を教える蘭明の姿は、普段の皇子としての威厳とは全く違う、穏やかで優しい表情をしている。

「蘭明……やっぱり、素の私でいられる人なのね」

心の中でそう呟くすずらんに、村の風が優しく吹き抜けた。



3人が帰ろうとしたとき、蒼介が蘭明のところへ駆け寄り、耳元でコソコソと話しかけた。


「蒼介、何をコソコソしてるの?」

「男同士の秘密だから、すずらんには内緒だ!」


すずらんはそのやり取りを見て、思わず笑みを浮かべる。

「あんなに険悪ムードだったのに、いつの間に仲良くなったのかしら?」


3人は馬に乗り、村に手を振ってゆっくりと帰路についた。


道中、

「守華さま」


守華は振り向き、照れくさそうに笑った。

「八軒に“守華さま”なんて呼ばれるの、久しぶりでちょっと照れるわね」


八軒は真剣な顔で続けた。

「ずっと言いたかったことがありまして......守華さまが陽月国を去ったあとも、琉璃の家にお金を送ってくださって……本当にありがとうございます。ずっとお礼を言いたかったんです」


守華は少し考え込み、穏やかに答える。

「分からないように送っていたんだけどな……それに、自分のためにやっていることだから......」


陽月国を去るとき、琉璃の家族に何もしてあげられなかったことが、守華の心に引っかかっていた。

だから、少しでも稼げるようになった今、琉璃の家族にお金を送っていたのだ。

自己満足かもしれないけれど、琉璃の代わりにあの家族を守りたかったのだ。


八軒はさらに続ける。

「蘭皇も琉璃の家の面倒を見てくれていて……お二人が守ってくださっているおかげで、琉璃も安心していると思います」


守華は少し驚きながらも、柔らかく答えた。

「蘭明も?」

「はい」

「琉璃が安心してくれているなら、それでいいわ」


その話が終わると、八軒は少し後ろに下がった。


「守華、こっちでの生活はどうなんだ?」

声の端に、心配と安堵が入り混じっているのを感じた。


「良くしてもらってるわ。この彩国は、私が住んでいた日本と似ているところがあって――落ち着く場所よ」

守華の声は穏やかで、ほんの少し微笑みが混ざっていた。


「そうか……季昭も優しいか?」

蘭明の目が少し柔らかくなる。


「ええ、とっても。季昭がいたから、私はすずらんとして、ここで生きてこれたの」

口元にほんのり笑みを浮かべ、守華は遠くを見つめる。目の奥には、彩国での穏やかな日々の記憶が映っている。


「なら、安心したよ。もしそうじゃなきゃ、今すぐにでも陽月国に連れて帰ろうかと思った」

蘭明の声に、守華は小さく笑った。


「ハハハハー。私にはこの彩国が合ってるみたい。あ、そういえば小心は元気にしてる?」

声に柔らかさが溢れる。今日は、二人とも自然体で、落ち着いて話せている。


「あー、元気にしている。たまには文でも書いてやれ」

蘭明の声には、微かに懐かしさが混ざる。


「そうね……もう居場所もバレたことだし、小心に会いたいな」

守華は少し俯き、遠くを見るような目をした。


「会いにこればいいさ」

蘭明の言葉は力強く、でも優しかった。


「そうね、機会があれば……蘭明は、いつまで彩国にいるの?」

心の奥で、少し寂しさがよぎる。


「んー、あとひと月ぐらいかな」

「えっ!?そんなに?」

思わず声が上ずる。


「なんだ?悪いのか?私もたまには陽月国以外で羽を伸ばしたいんだよ」

蘭明の笑みは、いつも通りの軽やかさ。


「あー、そうですかー」

守華は小さく息を吐き、笑顔を作る。


この平凡な会話。

でも、胸の奥にはとても温かいものが広がっていた。

もう二度と、蘭明とこんなにゆっくり話せる時間が来るとは思っていなかったから。


このまま時間が止まればいいのに――

何度、心の中でそう願ったことだろう。


空はゆっくりと朱色に染まり、夕焼けが山々を優しく包んでいた。

遠くの田畑には夕陽が反射し、金色の光が揺れるように揺れている。


守華は馬の背から、その景色をぼんやりと眺めた。

赤く染まる空、静かに揺れる木々――

目の前のすべてが、今日という日の穏やかさを語っているようだった。


蘭明の横顔、少し距離を置いて笑っている八軒――

二人の存在に安心を感じながらも、胸の奥で暖かい幸福が広がっていく。

すずらんの心は、言葉にできないほど満たされていた。


夕風が頬に触れ、香る草の匂いが懐かしくも新鮮だった。

すずらんは深く息を吸い込み、目を細める。

一瞬、一日のすべてが静止したかのような幸福感に包まれる――


空が次第に紫へと変わり、星の光がひとつ、またひとつと瞬き始めた。


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