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守る華・守られる花  作者: ミシル
第二章 すずらん

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76.絆の短剣

既に町中には、すずらんが踊り手トップに立った知らせが響き渡っていた。

帰り道、彼女が歩みを進めるたびに、人々は自然と道の端へと下がり、まるで祝福するかのように一筋の花道が生まれていく。


──これが、踊り手ナンバー1の歩む道。


半年前まで、自分はその端に立つ側だった。

いま、その中心にいる。

信じられない思いに、すずらんは思わず足を止めた。


不思議そうに背中を見つめるウタ。

すぐ前を歩いていた季昭も、足を止め、ゆっくりと振り返る。


そして、迷いを振り払うように手を差し伸べた。


「すずらん──これがお前自身で掴んだ道だ。胸を張って進め」


その言葉に、すずらんの瞳がわずかに潤む。

笑みを浮かべて、コクンと頷くと、差し伸べられた手をしっかりと取った。


花道を堂々と歩み出すすずらん。

その背を、季昭が支え、ウタが静かに追いかける。


そして、町の人々は待ってましたとばかりに拍手を送り、歓声が道いっぱいに広がった。

「すずらん様!」

「おめでとう!」


その声に、すずらんは胸いっぱいの喜びを感じながら、一歩ずつ確実に前へと進んでいった。


屋敷近くの土手まで歩いてきた三人。

ウタはすずらんたちから少し離れた場所で、無邪気に虫を追いかけて遊んでいる。


夕日が空を真っ赤に染めていた。

沈みゆく太陽を眺めながら、季昭が少し照れくさそうに手元を差し出す。


「お祝いだ」


すずらんが視線を向けると、そこにはすずらんの花が刻まれた短剣があった。


「普通なら簪とか腕輪とかだろうけど、すずらんは普通の女じゃないし」


すずらんは短剣を手に取り、手触りを確かめる。冷たく硬い金属の感触が、彼女の心を少し熱くした。


「何よそれ?」


「舞うすずらんも素敵だけど、武芸をしているすずらんも、俺は好きだから」


一瞬、すずらんの呼吸が止まる。


「えっ」


「いや、深い意味はねーよ。お前の心には蘭皇がいることも、俺はちゃんとわかってる」


すずらんは小さく微笑む。女らしい装飾品よりも、この短剣の方が、ずっと自分らしく感じられた。


「ありがとう、季昭。私も、女らしいものなんかより、この短剣のほうがずっと嬉しい」


季昭は少し真面目な顔をして続けた。


「それに、上っ面の妻として屋敷にいる以上、隠すのにも限界があるだろう。トップになった以上、陛下にもすずらんを妻とすると報告しておく。安心しろ、当分は式もあげないように言い訳しておくから。上部だけの妻のままだ。でも、上部だけだとわかっているのは俺ら二人だけだ。正妻になれば、俺を蹴落とそうとするやつらが狙ってくるかもしれない。だから、この短剣は護身用だ」


「うん、わかったわ。何も考えてないようで、季昭、あなたもその地位を守るのは大変なのね」


「ははは、大変じゃないさ。だって、俺の腕はすごいから」


「はいはい、さすが第一将軍」


すずらんは笑みを浮かべ、心の中で短剣を握りしめた。


「季昭、大丈夫よ。自分の身は自分でちゃんと守れるわ。必要なら、あなたのこともこの短剣で守ってあげる」


「女に守られるほど、俺は柔じゃねーわ」


夕日に染まる二人の影。その少し後ろから、小さな影がゆっくりと屋敷へ向かっていた


屋敷に向かう道、夕日が二人の影を長く伸ばす。

風が柔らかく吹き、すずらんの着物の裾をそっと揺らした。短剣は手の中で冷たく硬いまま、でもどこか温かみをもって彼女の指に馴染む。


「この短剣、私の手にぴったりだわ…」

すずらんは小さく呟きながら、季昭の横顔を見上げた。

その凛々しい横顔を見て、季昭が第一将軍を守り続けてきたことの凄さを改めて感じる。

――私も、これからは踊り手のトップを守り抜かなくちゃ。


すずらんは胸の奥で、半年前の自分を思い返す。

あの時はまだ夢中になる対象もなく、ただ蘭明のことだけを想っていた。

それでも今は、夢を追い、努力し、信じられる仲間と共に歩む自分がいる。


夕日が三人を包み込み、長い影が静かに重なった。

その光景は、ただの勝利の帰路ではなく、互いの信頼と絆を確かめ合う特別な時間だった。


屋敷の門が近づくと、すずらんはふと顔を上げ、季昭をちらりと見た。

「ありがとう、季昭」

言葉に迷いはなく、笑みと共に短剣を握りしめる手が少し強くなる。


その後ろでウタも嬉しそうにすずらんを見つめた。


季昭は何も言わず微笑む。

言葉はなくても、信頼と覚悟が静かに交わった気がした。



引き出しの中から、半年前に封印した小さな箱を取り出す。

踊り手ナンバー1になった今――封印を解くときがきたのだ。


そっと蓋を開けると、中には手鏡と蘭の簪が収まっている。

「蘭明、琉璃、私は彩国ですずらんとして、踊り手ナンバー1になったわ。約束通り、たった半年で頂点に立った。あなたたちがそばにいてくれたから、ここまで来られたのかもしれない」


手鏡を手に取り、自分の髪に蘭の簪を丁寧に差し込む。

「これからも舞うときは、あなたたちと一緒に――守ってもらいながら、私もあなたたちを守るわ」


それは、この半年間、無我夢中で走り続けてきた自分自身への小さなご褒美であり、同時に蘭明と琉璃への感謝と未来への決意の象徴でもあった。



数日後、季昭はすずらんとの結婚の話を陛下に持ち出した。


もちろん、了承はすぐに下りた。

季昭曰く、高貴な身分の娘と第一将軍が結婚して力を増すよりも、素性の分からない女性と結婚する方が陛下にとって都合が良いのだという。


踊り手ナンバー1となったすずらんは、彩国では皇后や公主に次ぐ女の地位を持つとはいえ、後ろ盾がない身。だからこそ、陛下に結婚を認めるのは理にかなっていたのかもしれない。


すずらんは、将軍となると結婚の許可も陛下から取らねばならず、それだけでも大変だと少し思った。

同時に、彩国の踊り手トップとしての地位と、季昭の妻としての立場――二つの責任を胸に抱えながら歩むことになる自分を、静かに覚悟した。


もちろん、式の話も出たが、季昭は遠征が続くため落ち着いてからにしようと提案し、陛下も納得した。

式を挙げてしまえば、形式上とはいえ彩国では二人は夫婦となってしまう。

そのことを理解している季昭は、式を先延ばしにする方向に巧みに導いてくれた。



踊り手ナンバー1となったすずらんには、次々と舞の依頼が舞い込んだ。

毎日、毎日、舞わない日はなかった。

そして町を歩けば、人々は自然と端に寄り、すずらんの通る道には花道ができた。


7月半ば。

午前中にパラパラと降っていた雨はすっかり上がり、紫陽花の葉に残った水滴が、真っ青な空をきらきらと映していた。


今日、すずらんは初めて彩国の陛下、高貴な人々や将軍たちの前で舞う。

その中に第一将軍である季昭も座っていた。

その重みを胸に、深呼吸をひとつ。

大切な手鏡を手に取り、目を閉じて自分に気合を入れる。

そして、蘭の簪を髪に刺す――舞う前には欠かせない、いつもの儀式だ。


深く息を吸い込み、心を整えると、すずらんは舞台の上で舞った。




そして、今に至る。

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