74.命を燃やす舞
今日からまた踊りの稽古に行かなくてはならない。
気づけば七日も休んでしまった。胸の奥に小さな焦りが募る。
「ウタ、私、出かけないといけないんだけど……一人でいられる?」
「すずらん様は、どちらへ行かれるのですか?」
「踊りの稽古よ」
「踊り……? 私も、見てみたいです」
「ほんとに? 見てても退屈かもしれないけど……それでもいい?」
「行きます!」
はじけるような笑顔に、すずらんは思わず苦笑しつつも頷いた。
こうして二人で稽古場へと向かうことになった。
稽古が始まると、ウタは片隅に座り込み、一度も姿勢を崩さず静かに見守っていた。
小さな体を正座に預け、じっと舞の一挙一動を目で追う。
その瞳は宝石のように澄み、憧れと熱を宿していた。
未熟さの残るすずらんの舞も、ウタの目にはこの世で一番美しく映った。
ひと振り、ひと回しに、心ごと奪われていたのだ。
稽古を終え、夕風に吹かれながら稽古場を後にする二人。
「すずらん様……すごく素敵でした」
「そう? でも、まだまだよ」
「まだまだ……?」
「そうよ。私はこの国で一番の踊り手になるために稽古してるの。上には上がいるの。今の私は、まだ到底及ばないわ」
「そうなんですか……でも、私にはすずらん様がとても眩しく見えました。私も……踊ってみたいと、思ってしまいました」
「えっ?」
「……い、いえ、なんでもありません」
小さな声で慌てて否定するウタ。
「ウタも、踊りの稽古してみる?」
「いえいえ、とんでもないです!」
「えっ? どうして?」
「季昭様に拾っていただいただけでも感謝すべきことですのに、住まわせていただいて……それなのに踊りまで望むなんて。私はすずらん様や季昭様にお仕えできれば、それで十分です」
「なに言ってるの! まだ子どもなのに、そんな風に遠慮することないわ。……だって、私だって季昭に拾われたようなものなんだから」
「――えっ?」
驚きに目を見開いたウタは、すずらんをじっと見つめた。
その瞳に、憧れだけでなく、親近感と戸惑いが同時に揺れていた。
「びっくりした? 意外でしょ? 私はお偉い家のお嬢様でもなんでもないの。ある国で、季昭に助けてもらったのよ。だからウタと同じ。拾われた身なの」
驚くウタをまっすぐに見つめ、すずらんは柔らかく笑った。
「それにね、やりたいと思うことは大切なことよ。きっと季昭がウタを拾って、私のもとに連れてきて、私の舞を見せることになったのは――偶然じゃなく、運命なのよ。だからウタも踊ってみなさい。ただし、やるからには私と同じように、この国でトップに立つこと。それが、季昭や私への恩返しになるのよ」
「……ありがとうございます。私、すずらん様や季昭様のためなら頑張れます!」
「違うわ、ウタ。自分自身のために頑張りなさい。舞で頂点に立てば、どんな出自であっても地位を得られる。そうして空から見ているお母さんやお父さんを、喜ばせてあげるの」
「……はい!」
「それにウタは別嬪さんだから、みんなからきっと支持されるわ。私だって負けていられないわね」
そう言ってすずらんは声を立てて笑った。
二人の笑顔は、まるで鏡のように重なり合っていた。
境遇は違えど、同じ孤独を抱え、絶望の淵で“舞”という光を見つけた。
同じ目標を持つことで、もう一人ではない――そう思えた。
その瞬間、ウタにとってすずらんは救いとなり、
同じくすずらんにとってもウタは心を支える存在となっていった。
5月、6月――。
舞は守華のすべてだった。
稽古がさらに過酷さを増す。
指が裂け、足裏が血で滲もうとも、扇を手放すことはない。
汗で濡れた着物が重くのしかかり、呼吸は喉を焼くように苦しくても、私は舞い続ける。
これはただの稽古ではなく、人生を賭けた戦いだった。
――なぜなら、6月末には年に一度の大舞台が控えている。
国中の踊り手が集い、ただ一人「頂点」に立つ者が決まる大会。
私はその頂点に立つため、半年間ひたすら身を削り、舞い続けてきたのだ。
半年で頂点を狙うなんて無謀かもしれない。
それでも、守華にとってはただ目の前の舞に全てを賭けるだけのことだけだった。
蘭明を思い出さないために、何かに没頭する必要があったのかもしれない。
悲しみも寂しさも、胸に湧き上がる想いも、すべて舞に変える。
痛みや疲労をも凌駕して、私はただ夢に打ち込む。
――何でそこまでやるのか、自分でも分からない。
指先の豆、足裏の痛み、重く張りつく着物の不快感――すべてを超えて、扇を握り、舞う。
そんなすずらんの姿を見てウタもまた、小さな体を震わせながら扇を握りしめる。
憧れと決意が、幼い瞳に炎を宿していた。
舞台までの時間は限られている。
一つのミスが命取りになる緊張感、焦燥、苛立ち――それすら力に変え、すずらんは踊り続ける。
――すずらんがそこまで夢中になる理由は、他の誰も分からないだろう。
ただ、舞うことでしか心を保てない。
そして心の奥で、すずらんは確信していた。
この舞が、私のすべてを変えるのだ、と。
すずらんは、失敗と痛みを抱えながら、ひたすら、ひたすら、頂点の光を掴むために舞い続けた。




