表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守る華・守られる花  作者: ミシル
第二章 すずらん

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/113

70.私の名は、すずらん

半年前のこと。

陽月国に滞在していた季昭に、守華は言った。


「私を奪うなら、今奪って」


その言葉と共に、彩国へ連れてきてもらったのだ。


季昭は、蘭明のことや守華が抱える事情を一切問いただすことはなかった。

ただ、守華は蘭明という存在が心の中にあることだけは、伝えてあった。


季昭は決して愚かではない。きっと、守華の心にある何かを察してくれているのだろう。


彩国に来て間もない頃、元気を失っていた守華を気にかけてくれた季昭は、町へと連れ出してくれた。

陽月国とは異なる街並み。

陽月国は祭りの出店のように賑やかに屋台が並んでいたが、彩国の街は一軒一軒がしっかりとした店構えで、まるで洗練された商店街のようだった。


その道を歩いていると、前方から煌びやかな着物を着崩した女性が歩いてきた。

一目で、私の視線はその女性に釘付けになった。


「ねぇ、季昭。あの女性は?」


思わず指をさすと、季昭も守華の視線の先に目を向けた。


「あぁ、あれは踊り手の神無月かんなづきだ」


「踊り手?」


「そう。神無月は彩国の踊り手ナンバー1だ。ナンバー1ともなれば、道を歩けばみんな自然と道を譲り、まるで花道ができるようなものさ」


「そんなに?」


「そうだ。踊り手ナンバー1の地位は、女性にとって誰もが憧れる存在だ。皇后、公主に次ぐ、事実上の三番目と言ってもいい」


「へぇ…そんなにすごいんだ.....」


その女性の立ち振る舞い、歩くたびに揺れる着物の裾、指先のしなやかな動き──

すべてが優雅で、力強く、美しかった。


守華は無意識に息を呑み、心の奥が熱くなるのを感じた。


季昭が横で微笑む。

「興味を持ったか?」

「……えぇ。すごく惹かれるわ」


その時だった。


「あら、これは季昭将軍ではありませんか」


前方から歩いてきた神無月が、季昭の姿に気づき、優雅に近寄ってくる。

近づいてきてもその煌びやかさ、立ち振る舞いのすべてに、思わず守華の目は釘付けになった。


さすが、彩国第一将軍――その名を知らぬ者はいないだろうと、季昭の背中を見つめながら私は思った。


「よぉ、神無月。これからお仕事か?」


「はい、陛下にお呼びがかかっております」


一つ一つの仕草、一言一言に、なぜか心が惹かれてしまう。

その気品は、公主や姫君たちとは比べものにならない。

守華でさえ、その品格と美しさに自然と心を奪われていた。


(あ、夏翠、ごめん……)

守華は無意識に心の中で、夏翠と比べてしまったことに気づく。


気がつけば、守華は季昭との会話そっちのけで、神無月から目が離せなくなっていた。


「季昭将軍、そちらのかたは?」


突然の問いかけに、守華に目を向ける神無月。

その視線の鋭さ、しかし柔らかい微笑に、守華の胸は高鳴り、思わずドキドキしてしまう。


「あぁ、彼女は俺の妻になる者だ。よろしくな」


守華は深く一礼した。

神無月は微笑みを返し、軽やかに頭を下げる。その笑顔には、威圧も嫉妬もなく、ただ優雅さと品格だけが宿っていた。


守華は、その瞬間、彩国の踊り手ナンバー1である神無月の存在の大きさを、身をもって知るのだった。


神無月の去っていく背中を、守華はしばらく見つめ続けた。その憧れと刺激が、守華の中の何かを目覚めさせる。

その余韻に浸りながら、思わず口を開く。


「ねぇ、季昭」


「ん?」

季昭が振り返り、守華を見た。


「私も、踊り手になりたい」


「え?」


守華は真剣な眼差しで季昭を見つめる。

「私には、無理かしら…」


歩き出す季昭の後ろを、守華は必死で追いかけた。


「やりたいなら、やってみればいい。総指揮官まで務めたんだ。おまえには、まだ見ぬ可能性がある。彩国で、それを思う存分試してみろ。」


「季昭……」


守華の唇が、ほんの少し笑みを描く。

陽月国を出てから、こんなに自然に笑ったことはなかった。


その微かな笑顔も、季昭は見逃さない。

「まぁ、ナンバー1になった頃には、シワシワのお婆ちゃんになってるかもしれないな」


そう言って、少し嫌らしく笑いながら先に走り出す季昭。


「なによ、それー!!」


守華も笑いながら、必死にその背中を追いかけた。

踊り手として、そして彩国での女性として――新しい守華が芽吹き始めたのだ。


少し走ったあと、季昭はようやく立ち止まった。


「まぁ、真剣な話さ。この彩国では、守華とは名乗らないほうが無難だな」


「なんで?」


季昭は少し息を整えながら言った。

「一応、守華は陽月国の総指揮官も務めてたんだぜ?陽月国の女総指揮官、守華の名はこの彩国でもすでに知れ渡っている。しかも、彩国を破った張本人だ。ここには偉特も頭のキレる岳葉もな。和平共和を結んだとはいえ、敵国の総指揮官が彩国に、しかもこの俺の屋敷にいるなんて……何を突っ込まれるか分からない」


「……あっ、そうよね。全然考えてなかった。ごめんなさい」


そうだ。ここには私のことを知る将軍たちがいる。

偉特と岳葉は私の顔を知っている。

蘭明のことに心を奪われていて、そんなことはすっかり忘れていた。


季昭は軽く笑みを浮かべながら続ける。

「守華が落ち着いた頃に話そうと思っていたが、踊り手を目指すっていうし、ちょうどいいタイミングだと思ったんだ。踊り手には芸名を持つ者も多い。だから、守華も新しい名を……」


新しい名か……

19年間、守華として生きてきた。

でも、ここで生まれ変わるのも悪くない。

名前を変えれば、蘭明の耳にも届かないはずだ。


守華は周囲を見渡す。

目に留まったのは、一枚の絵だった。


「すずらん……」


小さく、自然に口をついて出た。


「え?」

季昭が聞き返す。


すずらん――花言葉は、【再び幸せが訪れるように】。


その意味を胸に、守華は季昭の目をまっすぐ見据え、堂々と告げた。


「私の名は、すずらん」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ