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守る華・守られる花  作者: ミシル
第一章 蘭

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56/113

56.勝利の女神、処刑台に立つ

ーーー3日後ーーー


炎が照りつける空の下、守華は円盤状の台の上にひざまずいていた。

両手と両足は後ろでしっかり縛られ、逃げられぬよう足には重りまでつけられている。


台の少し先にはひな壇が設えられ、陛下や皇后、守華を捕らえた韓将軍、そして他の高官たちが座し、鋭い視線で守華を見つめていた。


横には海尭、夏翠、貴愛奈。

海尭と夏翠は落ち着かず、そわそわと立ち続け、貴愛奈は守華を心配そうに見つめている。


「蘭明は…何をしているんだ?」


「星皇もまだ山賊狩りの最中で、戻ってきてないの。どうしよう…このままじゃ守華が…」


陛下の命に従うしかない海尭も、どうすることもできず立ち尽くしていた。


守華は力なく顔を上げ、周囲を見渡す。

しかし、蘭明の姿はどこにも見当たらない。


いるはずないよね......

私を裏切ったと思っている蘭明が、ここに来るはずはない。

何を期待していたのだろう。


深く息を吸い、守華は覚悟を決めた。


_____ゴーン、ゴーン


始まりの合図の鐘が重く鳴り響く。


「守華よ、そなたの舞はとても優雅で美しかった。朕も楽しませてもらっただけに…残念だ。だが、皇后の墓荒らしの罪は重い。守華を処する。最後に、何か言い残すことはあるか?」


陛下の声が、炎天下の空気を震わせる。

守華は、体中が限界に達していた。

ここ数日、まともに口にしたものはなく、右腕の傷はまだ血で滲み、牢での拷問の痕が痛み、さらに日差しが肌を焼く。

心も体も、もう限界だった。


唇は乾き、ひび割れ、顔には泥と血が混ざる。髪は乱れ、汗に濡れた肌に張り付いている。

もう…何も言う気力すら残っていなかった。


それでも守華は、最後の力を振り絞り、顔を上げた。

周りを見渡す。


この中に、私を狙うやつがいる。

この状況を見て、心の奥で笑っているやつもいる。

悔しい…

私が負けたんだね…


「ごめんね、ママ。守れなかった…」


海尭は険しい顔で立ち、夏翠は肩を震わせ泣き、貴愛奈は守華を心配そうに見守る。

でも、最後にどうしても見たかった蘭明の姿は、どこにもなかった。


守華は諦めたように、悲しげに微笑む。

そして、周囲の者たちに向ける視線を最後に、陛下の瞳をまっすぐ見据えた。


言葉は何も出なかった。

守華は大きく首を横に振る。


覚悟を決めたその瞬間、守華の瞳がゆっくり閉じられた。


時が止まったかのように静まり返る広場。


炎天下の空気も、守華の心臓の鼓動も、すべてが凍りついたようだった。


大きな刀を手に構えた男が、ゆっくりと刀を上げる――そして振り下ろすその瞬間、



______カッシャーン


弓矢が一直線に飛び、振り下ろされた刀を直撃させ、地面に叩き落とされた。


「待てーーーー!」


その声とともに、凍りついた時間が一気に動き出す。


守華は、閉じていた瞳を震わせて開いた。

そこには馬に跨り、鋭い視線で全体を睨む蘭明の姿があった。


蘭明の背後には、八軒、星曜、琉璃が続き、そのさらに後ろには、縄で縛られた者を連れ、息を切らしながら走る兵士たち。


蘭明は馬から降りると、ゆっくりと守華のもとへ歩み寄る。

炎天下の光を浴びながらも、その目には揺るぎない決意が宿っていた。


「父上、罪もない我が国の勝利の女神を傷つければ、この陽月国に禍が舞い込むことになりましょう。」


その声は冷たく鋭く、しかし守華に向ける視線は温かく、守華の心に深く届く。

蘭明は陛下を見据えながら、ゆっくりと歩みを進めた。


皇后が立ち上がり、陛下も机の前に重々しく歩み出る。


「蘭皇よ!命じた裁きを止めるとは、どういう了見だ!」


炎天下、守華が膝をつく円盤上の台の上。両手足は後ろで縛られ、足には重り。周囲の視線が一瞬、全て彼女に注がれる。


そんな中、蘭明は静かに、しかし確固たる足取りで守華の隣まで歩み寄り、傍らに立った。


「はい、もし私に罪があるのであれば罰を受けます。しかし、先ほど申した通り、『罪なき勝利の女神』を処するのは避けるべきと考え、参上しました」


「罪なき?守華が何もしていないと言うのか?」


「はい、その通りです」


「守華が犯人ではないと、証明できるのか?」


「もちろんです。守華が持っていた宝石は、すべて私が授けたものです。山賊狩りに赴く前、守華を母上の墓に連れて行った際に渡しました。母のものは私にと母から言われておりました。従って、守華が持っていても、誰も咎める筋合いはありません」


下から見上げる守華の目に、蘭明の冷静な声がしっかり届く。


「しかし、荒らされた墓を確認した際、守華に渡していない宝石も複数失われていました。少量ではなく、大量です。そして、この証拠を母上の墓で見つけました」


蘭明は帯の中から何かを取り出し、天を突くように掲げた。


熊爪――。


「母上の墓には、この熊爪はありません。誰かが落としていったのでしょう。そして、この熊爪は、私が討った周大山の山賊が、仲間の証として一人一つ持っているものです」


蘭明の目は真っ直ぐに陛下を射抜く。声には揺るぎない力が宿っていた。


「帰路で捕らえた山賊の数が少ないと感じ、確認していたところ、残りの山賊が大きな袋を担いで歩くのを目撃し、捕らえた次第です」


星曜が蘭明の説明を補足し、捕らえられた山賊たちを陛下の前に引き出す。


その瞬間、守華の小さな体が微かに震える。炎天下の疲労、拘束された体、心配でいっぱいの瞳――すべてを蘭明は見逃さない。


「これで、守華は無実だとおわかりでしょう、父上」


蘭明の言葉が、真夏の炎の中、凛と響き渡った。


陛下は言葉を失い、周囲は静まり返る。守華は小さく息をつき、涙が頬を伝った――が、誰もそれを咎める者はいなかった。


「ずっと大人しくしていた山賊がいきなり動き出したのは、私を都から遠ざけるためです。山賊をなかなか制圧できなかったのは、彼らが時間稼ぎのために山の中を徘徊していたからに過ぎません」


陛下は捕らえられた山賊の一人を睨みつけるように問いただす。


「誰の指示だった?」


山賊のリーダーが顔を伏せ、低く答えた。


「黒いマントを羽織り、顔も隠していたので誰かは分かりません。ただ、ここで騒ぎを起こして蘭皇を足止めしろ、と。その代わり、宝石のある場所を教えると言われ、指示通り動いただけです」


「なぜ守華を陥れたのか、その真意はまだ不明ですが、山賊狩り以降、誰かに利用されたことは間違いありません」


皇后が口を挟む。


「では、守華が捕らわれた直後、なぜ釈明しなかったのです?」


蘭明は皇后を見据え、静かに口を開く。


「守華が捕らわれた時、私はまだ周大山にて山賊狩りの最中でした。確かなことを言える状況ではありませんでした。それに、証拠もなしに釈明しても口だけで終わり、門前払いされるのは目に見えていました。ですから、証拠を掴むまでに少し時間がかかっていたのです」


蘭明の目は下からずっと守華を見つめる視線と交わる。


再び皇后の方に向き直り、声を強める。


「それに、私が母の宝石をなぜ守華に渡したのか、堂々とは言えません。私には“攻略結婚”のため、遠く楽士国から来た貴愛奈がおります。守華を娶るなど、堂々と言えるはずもないのです」


その言葉に守華は目を見開き、驚きのあまり息を呑む。陛下や皇后も、予期せぬ発言に顔を強張らせていた。


蘭明は深く息をつき、ゆっくりと、しかし断固たる決意を込めて告げた。


「今ここに全員揃っている。ですから、この場で断言いたします。私、李蘭明は、ここにいる守華を我が妃として娶ります」


その瞬間、周囲の空気が一変する。


星曜と八軒は満面の笑みで頷き、心の中で「よく言った」と称賛している。

夏翠は小さく拍手をしながら笑顔を浮かべ、

琉璃は口元に両手を当て、感動で目を潤ませていた。


守華は言葉を失い、ただ蘭明を見つめるしかなかった。


その他の者たちは、まだ蘭明の予想外の宣言に言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。


「八軒!」

「はっ!」


円盤上の下にいた八軒を呼び、八軒はすぐに刀を手渡し、守華に巻かれた縄と重りを切り落とした。


刀を八軒に返すと、蘭明は守華の前にしゃがみ込む。

守華はただ、蘭明を見つめることしかできなかった。


「遅くなって、ごめんな」

その短い言葉に、守華の目から涙がぽろぽろと溢れ落ちる。

「遅いわよ…」

泣きながらも守華は微笑み、蘭明を見つめ返す。


蘭明は守華をそっと抱き上げた。

痩せ細り、かすかに震えるその小さな体は、以前よりもさらに軽く、胸をぎゅっと締め付けるほど痛々しかった。

抱きかかえたまま、蘭明はゆっくりと視線を上げ、覚悟を決めたように陛下の方へ向けた。

「というわけで、無罪の勝利の女神は、私が連れて行きます」


円盤上の台から降りようとしたその時、

「蘭皇よ、待て!」


陛下の鋭い声に、蘭明は立ち止まり振り返る。怒りに満ちたその瞳は、王座の威厳を振りかざしていた。

側近の無観が耳元で何か囁くと、陛下の目はさらに鋭く光った。


「守華が無罪なのは理解した。しかし、この騒動は民にまで知れ渡っておる。この事態を元に戻すには、多大な手間がかかる。…だが、蘭皇よ、一つの機会を与えよう。一気に挽回せねばならん」


蘭明と守華は互いに視線を交わす。守華の体はまだ震えていたが、安心と希望で少しずつ落ち着きを取り戻していた。


陛下の声がさらに重く響いた。

「近頃、また彩国の動きが怪しくなっておる。どうして良浪の土地に入り込みたがるのか、蘭皇、心得ておるのだろうな」


「承知しました。二度と良浪の土地に入り込まぬよう、私が鎮めてまいります」

蘭明は迷いなく答え、守華を胸に抱きしめたまま陛下の怒りを真正面から受け止める覚悟を示した。


その答えに陛下は横に首を振った。

「守華よ、そなたが総指揮官となり、二度と良浪に近づけないように彩国を鎮圧してみせよ。無事、勝利の女神として証明できたさいは、何の身分もない守華と蘭明とのことを考えてやろう」


「父上、守華は指揮官などやったことがないのに、彩国を相手に無理です」

焦る蘭明の声も、陛下には届かない。陛下は蘭明ではなく、守華をまっすぐに見据えて問う。


「守華よ、どうする?」


「蘭明、下ろして」

「でも……」

「いいから、早く」


蘭明はそっと守華を下ろす。体はかろうじて立っているような状態だが、守華の瞳には光が宿っていた。

守華は片膝をつき、限界を超えた体を必死に支えながら顔を少し下げる。

両手を前で合わせ、顔を少し下げたまま、しかし声は揺るがず、力強く響く。


「有り難きお言葉。この守華、勝利の女神として総指揮官を務め、彩国を鎮圧して参ります」


弱りきっているはずの守華の言葉に、場にいた誰もが息をのむ。

太陽が真上に登り、その光が守華を一段と照らし出す。

弱さを抱えた彼女が、蘭明という力を胸に、堂々と立ち上がった瞬間だった。

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