51.秘密の墓と光る石の伝説
「小心、おはよう」
「おはようございます、守華さま。お目覚めになられましたね」
「うん」
守華はベッドからゆっくりと身を起こし、伸びをひとつ。
いつものように侍衛の服に手を伸ばすと、
「守華さま、本日は、こちらにお着替えください」
小心の手元を見ると……そこにはいつもの侍衛服ではなく、蘭明が作ってくれた特別な服があった。守華用に仕立てられた黒色のペアルックの一着。
「え、なんで今日はこっちなの?」
「蘭皇が、山賊討伐に向かう前に、守華さまをどこかにお連れするとおっしゃっていました」
「蘭明が?」
「はい」
守華は服を受け取り、久しぶりに袖を通す。
かつてはあんなに気に入らなかった服が、今では蘭明の意外な優しさを思い出させてくれる特別な一着になっていた。
懐かしさと少しのときめきを胸に、守華は手早く着替える。
「うん!やっぱりこっちのほうが動きやすい!」
長い服にも慣れたけれど、やっぱり短めの服は身軽で涼しく、動きやすさが段違いだ。
門のところに近づくと、門にもたれかかる蘭明の姿が目に入った。
黒い服には蓮の花の刺繍が施されていて、守華の目にはますます凛々しく映る。
少し距離を置いてその姿を眺めると、蘭明がかっこよくて胸の奥がキュンと熱くなる。
「守華」
蘭明が守華に気づくと、もたれかかっていた体を軽く起こし、にこやかな笑顔で手を差し伸べた。
守華も自然に笑顔になり、駆け寄る。
差し出された右手に自分の左手を重ね、二人はその場でじっと目を見つめ合う。
「久々のペアルックだね」
守華が微笑むと、蘭明も同じように微笑み返す。
「行こうか」
「うん」
手を繋いだまま、二人は八軒が手綱を持つ自分たちの馬へ向かう。
八軒から手綱を受け取り、それぞれの馬に軽やかに飛び乗った。
「あれ?今日は八軒は行かないの?」
「あ〜」
「侍衛もいなくて大丈夫なの?」
蘭明は守華を指さして笑う。
???と首を傾げる守華にようやく気づく。
「そうか……私が蘭明の侍衛だったんだ」
思わず小さく鼻で笑うと、守華はフリーダムを軽く蹴り、風を切るように走らせた。
守華は、どこに連れて行かれるのか尋ねることもせず、ただ蘭明に任せることにした。
きっと素敵な場所に違いない——そんな期待が胸を満たしていた。
二人は木々がアーチを描くトンネルのような道を進む。
太陽の光が葉の隙間から差し込み、地面に揺れる光の模様は神秘的で、まるで別世界に迷い込んだかのようだった。
木のトンネルを抜けると、眼前には大きな洞窟が広がっていた。
蘭明が馬から静かに降りる。
守華に手を差し伸べ、守華もフリーダムから軽やかに降りた。
「蘭明……ここは?」
周囲を見渡す守華の瞳に、神秘的な空気が映る。
「ここは、私の母が眠っている場所だ」
「蘭明のお母さん……?」
守華は自然と息を飲む。
きっとこの神秘的な空気は、母が眠る場所だからこそ感じられるものなのだろう。
「私がここに連れてきたのは、八軒と白鋭だけだ」
「そして、女をここに連れてくるのは、守華が最初で最後だ」
蘭明の視線が真っ直ぐに守華を捉える。
その手を引かれ、守華は洞窟の中へと足を踏み入れた。
蘭明が手にした灯りの柔らかな光を頼りに、二人は洞窟の奥へと進む。
暗がりに包まれているはずなのに、守華の胸には不思議な安心感が広がった。
冷たさも怖さもない。むしろ、どこか懐かしい、懐かしすぎる感覚――初めて来たはずなのに、子どもの頃に戻ったような気持ちになる。
木漏れ日のように差し込む灯りが、洞窟の壁に反射して柔らかな光のカーテンを作る。
影と光が入り混じるその空間は、まるで時が止まったかのように静かで神秘的だった。
少し歩くと、洞窟は突然開け、天井の裂け目から太陽の光が一本の光の柱となって差し込む。
その光の先に、土で少し盛り上がった場所が神々しく浮かび上がっていた。
「着いたぞ。あそこに母が眠っている」
蘭明は守華の手を優しく引き、二人でその前に立つ。
守華の胸は高鳴り、呼吸が少し速くなる。
ここで一歩でも間違えば、蘭明に心を読まれてしまいそうだ——でも、今はそんなことはどうでもいい。
守華は静かに目を閉じ、手に握った小さな花をそっと置く。
花びらが光に透けて、柔らかく揺れる。
「母上……私にも、大切な人ができました。」
その声は震え、言葉に力を込めるたびに胸が熱くなる。
守華は少ししゃがみ込み、土に手を置きながら続けた。
「守華と申します。私の大切な人を産んでくださり、ありがとうございます。必ずお守りいたします」
そして自然に涙が頬を伝い落ちる。
自分でも驚くほど、感情があふれ出していた。
この場所に漂う静けさと光のせいなのか——心の奥底にあった何かが揺さぶられたのだ。
蘭明はそれに気づき、守華の両肩を包み込み、そっと立たせる。
そして、言葉はなくとも優しく抱き寄せる。
「蘭明のお母さんに初めて会ったのに、不思議と懐かしい……」
守華の小さな声に、蘭明は微笑む。
「そうか……あの泣かない守華が、母のことで涙を流してくれるのは、僕にとっても嬉しいことだ」
蘭明の手が守華の頭に触れ、トントンと優しく撫でられる。
その温もりに、守華はさらに心が静かに揺れる。
なぜだろう——
会ったことのない人なのに、胸の奥が締め付けられ、悲しくもあり、喜びでもある。
時折差し込む光が、守華の涙をキラリと反射させ、まるで母の微笑みのように見えた。
守華は自分でも理解できないこの感情に包まれながら、蘭明の胸の中で小さく息を整えた。
ここにいる自分と蘭明、この静かな洞窟の中の時間は、二人だけの特別な瞬間――確かに、永遠に忘れられないものになるだろうと、守華は心の奥で感じていた。
帰り道、馬の手綱をそれぞれ握りながら、二人は静かに歩く。
「蘭明、連れてきてくれてありがとう」
守華の言葉に、蘭明は少し照れくさそうに「あー」とだけ答える。
「ここには、たまに来ていたの?」
「たまにな」
守華は少し首を傾げる。
「さっき、八軒と白鋭だけに教えたって言ってたけど、どうして?皇后だったんでしょ?お母さんは?」
蘭明は目線を少し遠くにやり、懐かしむように話し始める。
「あー。皇后だった。でも、俺も小さかったからあまり覚えていない。ただ、母には特別な力があったらしい」
「特別な力?」
「うん。でも、小さかった俺には何の力だったのかはわからなかった。本当は墓も別の場所にあったんだ。だが、母が亡くなってしばらくしてから荒らされていた。盗賊が金や宝石を狙ったんだろう」
守華は黙って頷きながら話を聞く。
「だから、今の場所に移した。ここを知っているのは、父上、母上、無観、海皇、星曜、夏翠、それに俺と八軒、白鋭だけだ」
「そうだったのね」
蘭明は少し遠くを見つめながら続ける。
「母の力については父上も分かっているかもしれない。でも何も話さなかった。俺も聞こうとは思わない。それは母の力であって、もうこの世にはいないのだから……」
守華はそっと馬の手綱を離し、立ち止まる。そして、静かに蘭明の前に歩み寄った。
「蘭明……寂しいときは、寂しいって言っていいのよ」
守華は自然に蘭明を抱きしめる。
「みんなの前では、第二皇子として、完璧な蘭皇でいればいい。でも、私は完璧な蘭明なんて望んでない。だから、私の前では肩の力を抜いて。私が、蘭明のお母さんの代わりに、あなたを包んであげるから」
守華の顔が上がり、優しく微笑む。
「守華……」
「ほら、私も泣きたいとき、弱音を吐くときは蘭明のところでしょ?お互いさまよ」
木々の間から差し込む光が、二人の周りを柔らかく照らす。
その光の中で、蘭明は守華のおでこにそっと唇を寄せた。
町に戻ると、いつも通りの賑やかさが広がっていた。
その中で、ひときわ人だかりができている一角があった。
守華と蘭明は、何だろう?と顔を見合わせて、その群衆のほうへ近づく。
そこには、語り部の男が立っていた。
「その昔、太陽から月が生まれた日、アザを持つ者が現れた。その者が持つ妖石とアザで、満月の夜にはどんな願いも叶えられる――そんな伝説があるそうだ」
「どんな願いもって、本当かよー」
「妖石って、どんなのだよー」
客たちが口々に騒ぎ出す。でたらめを言うな、と叫ぶ者もいた。
語り部は胸を張り、自慢げに話を続ける。
「まぁ、この陽月国に伝わる伝説らしいんだが、その妖石も見たことなければ、アザを持つ者も現れていないらしい。だから真相は分からない――」
「そんな話、初めて聞いたぞ!」
「そりゃそうだ。宮廷の者しか知らない話だからな。民に広まると、存在しない妖石を探して争いが起きるかもしれん。それで禁じられたらしい。俺は、たまたま通りかかった村で聞いたことを話しているだけだ。信じるか信じないかは、あんたら次第よ」
語り部は満足そうに胸を張り、話を締めくくった。
守華と蘭明は、互いに目を合わせ、静かにその場を後にした。
「蘭明、さっきの話……本当かな?君は聞いたことある?」
「ううん、初めてだ……」
「そっか、まあ、あくまで伝説の話だもんね」
二人は言葉を交わすでもなく、自然と沈黙に包まれた。
神妙な顔つきになり、それぞれ頭の中で思考が巡る。
⸻
守華の心の声:
――太陽から月が生まれる日……きっと日食のことだよね?
――私がこの陽月国に来たのも、あの日食の日だった……
――そして“アザある者現る”って……もしかして、私のこと……?
守華は腰のアザに手をあてる。
――伝説なんかじゃない……でも、妖石なんて持ってないし……
――あっ……ママが言っていた“光る石”って、これのこと?
――だからアザのこと、誰にも話すなって……妖石を探せってこと?
――でも、なんでママはそれを知っていたんだろう……
⸻
一方の蘭明も、眉間に薄く皺を寄せ考え込む。
――宮廷の者しか知らない話……でも俺は何も聞いていない。
――“アザある者”? “妖石”? いったい何のことだ……
――ただの伝説なのか……
――!! まさか、母の力と関係しているのか……
――だから、この話を民に知られるのを禁じたのか……
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二人は無言のまま、思索に沈みながら屋敷へと戻った。




