5.消えた勝利の女神
「この女も連れて帰るぞ」
蘭明はそう言い放つと、守華をお姫様抱っこしたまま歩き出した。
八軒は蘭皇の刀を拾い、後ろに続く。
「この娘は本当に誰なんでしょう?まさか刺客か……」
八軒の声には心配が滲む。
「刺客かもしれんな」
蘭明はチラリと守華を見つめた。
「だが、兵士たちも全員見ていた。連れて帰るのが良い。真の勝利の女神なのか、あるいは刺客か、確認せねばならぬ」
八軒は少し顔をしかめる。
「大丈夫だ。この女、武器は何も持っておらん」
蘭明はそう告げると、自分の天幕のベッドに守華をそっと降ろした。
すぅー、すぅー。
気絶したふりのはずが、守華は本当に眠ってしまったらしい。
蘭明は微かに首をかしげながら、その寝顔を見つめる。
「お前は一体誰だ?この服はどこの国のものか……本当に勝利をもたらしたのか、それとも私を狙っているのか」
すぅー、すぅー。
その問いかけに答える者はいない。
「まぁ、いいだろう。思い存分眠っていろ」
蘭明は天幕を後にし、宴の準備へ向かった。
勝利を祝う宴。
上下関係など関係なく、皆で杯を交わす。
戦で亡くなった者たちのためにも、酒を用意して。
「勝利の女神さまはどこですかー!」
「ちゃんと拝ませてください」
「俺も顔を見たい!」
守華の話題で、兵士たちは盛り上がる。
そこへ、義母兄弟の第三皇子・星曜(通称、星皇)が近づいてきた。
「これは星皇」
八軒は礼を示す。
「八軒も飲んでる?」
「いえ、任務がありますので」
「堅苦しいこと言わずに飲めばいいのに、ねぇ蘭皇」
「八軒はお前と違って真面目だ」
「あはは、俺だって戦うときは戦うんだよ!」
星曜は少し酔ってるようだ。
「ところで、勝利の女神って連れて帰ってきたんでしょ?俺の位置から見えなかったから見てみたいんだけど」
星曜の言葉に、蘭明は少し黙る。
「私の天幕で寝ている。見に行け。ただし、静かにな」
「やったー!」
喜び勇んで天幕に入る星曜。
しかし、布団をめくると――誰もいなかった。
血痕だけが残されている。
「蘭皇、蘭皇!勝利の女神が……!」
星曜は慌てて外に駆け出す。
八軒も状況を確認する。
「まだ乾いてません。近くにいる可能性があります。少量の傷なので大事ではないでしょうが、誰かにさらわれたのか……」
「兵を集め、林を探させろ!」
「はっ!」
兵士たちは酔いを覚まし、必死に探し回る。
蘭明は天幕の中で、落ち着かない様子で歩き回る。
「刺客だったかもしれん。ならば、いなくなるのは当然。本当に勝利の女神なら、死にはしないだろう」
彼の言葉には、少しの不安と深い洞察が混ざっていた。