49.皇后の誕生祝賀会
「祝賀会では、守華さまが舞を披露するのがすっかり定番になりましたね」
髪を整えながら、小心が微笑む。
「ありがたいことに、陛下にも気に入られたみたいで」
「そりゃそうですよ!一度守華さまの舞を見たら、頭から離れませんもの」
目を輝かせ、小心は舞台での守華の姿を思い出す。
今日は皇后の誕生祝賀会。
去年は招かれなかったから今年も行かなくてもいいと思っていたが陛下が「こういうときでないと守華の舞が見れない」と言うので、呼ばれたのだ。
舞う曲は、陛下の誕生日に蘭明と踊ったものと同じ。今回は守華ひとりの舞になるだろう。
蘭明はおそらく、貴愛奈さまに付きっきりだろう。
「守華さま、できました」
「ありがとう」
白に近いクリーム色のヒラヒラとしたアラビアンドレス風のワンピース。胸元にはゴールドの刺繍が施され、面紗をつけて完成。
「よし、行こう!」
もう少しで宮廷に到着する。
その瞬間、守華はハッと思い出した。
――蘭明にもらった蘭の簪を忘れている……!
「小心、大変!蘭の簪が!」
思わず叫ぶ守華。
小心は「あっ」と驚きの表情を浮かべる。
「一度戻ります!」
「今戻ったら間に合いません。私が取りに戻りますので、守華さまは少し時間を稼いでください」
守華は頷いた。
小心は走って屋敷へと戻っていった。
どうか間に合いますように……。小心、頼んだよ。
祝賀会場はすでに盛り上がっていた。
守華が中をチラッと覗くと、貴愛奈と蘭明が隣同士で仲良く談笑している。
その様子を、陛下と皇后が嬉しそうに見守っていた。
悔しい気持ちもある。
でも、今から私の舞で二人の度肝を抜いてやる――!
二人を見ていると、逆に闘志がメラメラと燃えてくる守華だった。
「祝いの舞はまだか?」
「まだ準備中のようです。一度様子を見てきてください」
無観が侍女に指示を出すと、侍女は一礼して様子を見に向かった。
小心はまだ戻っていないけれど、出るしかない――守華は心を決める。
そのとき、予定より遅れている守華を気にした蘭明が席を立ち、守華の方へ向かってきた。
「いいわよ、扉を開けて」
すれ違うように蘭明が外へ出ると、守華は堂々と中へ入った。
宮廷の太陽の光が守華を照らし、その姿を一層煌びやかに映す。
堂々とした立ち振る舞いで、背筋を伸ばし、真っ直ぐ陛下を見つめながら前へ進む。
誰もが息を呑む美しさ――
貴愛奈でさえ、守華に目を奪われた。
あんな煌びやかな女性を、これまで見たことがないと、心の中でつぶやく。
守華はゆっくり、ゆっくりと前に歩く。
陛下の前で深く一礼する。
「陛下、皇后、お祝い申し上げます」
陛下は待っていましたと拍手を送り、喜びを隠せない様子だった。
しかし皇后の笑顔は作り物で、目は笑っていない。
きっと、貴愛奈が来ているのに蘭明のそばにずっといることが、気に食わないのだろう。
守華は一歩、二歩と下がり、舞のポーズを取る。
静かに音楽が流れ始め、守華の舞が始まった。
――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ
扉の前では小心が息を切らしながら駆け寄ってきた。
「守華さまは!?」
護衛に尋ねるも、守華はもう中にいると言われ、不安そうに行ったり来たりしている。
「小心、どうした?」
声の方に振り向くと、そこには蘭明の姿があった。
「蘭皇、実はこれを守華さまに届けたいのですが、もう中に入ってしまって……守華さま、これがないと――」
手にしていたのは、蘭明が守華に贈った蘭の花の簪だった。
「大丈夫だ。私が渡そう」
「はい」
小心はその言葉に頷き、蘭の簪を蘭明に渡した。
蘭明が中へ入ると、すでに守華が舞を始めていた。
――すれ違ってしまってたか。
どうにかして、この簪を守華に渡したい……。
そのとき、流れていた旋律に気づく。
「この曲は……」
それは陛下の誕生日に、かつて自分と守華が踊った曲だった。
舞いながら守華は、ちらりと客席に視線を送る。
だがそこに蘭明の姿はなく、隣に座るのは貴愛奈だけだった。
――せっかく綺麗にしてきたのに。蘭明はいったいどこへ……?
曲が一瞬止まり、次の瞬間テンポが速まる。
守華はバシッと決めのポーズを取った。
その時だった――。
守華の腰に、力強く温かな手が回る。
掲げていた左手には、別の大きな手が絡みついた。
驚いて上を向いた守華の瞳に、蘭明の顔が映る。
「……蘭明?」
貴愛奈も気づき、思わず立ち上がってその名を呼んだ。
二人は息を合わせ、自然に舞いを続けていく。
以前と同じように、守華は蘭明のマントの中へとくるくると収まり――
その瞬間、蘭明が彼女の髪に何かを差し込んだ。
「大事なもの、忘れちゃダメだろ」
守華が見上げると、それが蘭明から贈られた蘭の花の簪だとすぐに気づく。
マントの中から再びくるくると舞い出る守華。
蘭明は微笑みながら低く囁いた。
「今日の格好も素敵だ」
そう言って、彼はそっと守華の顔を覆っていた面紗を外す。
「こんなに美しいのに、隠しておくなんてもったいない」
観客からどよめきが広がり、拍手が自然と沸き起こった。
陛下は満足げに頷き、皇后は凍りついたように笑顔を張りつけたまま。
それでも、守華と蘭明は互いだけを見つめ、眩い光に包まれながら舞い続ける――。
面紗を取られた守華の姿に、ついに貴愛奈が気づいた。
「あれは……蘭明の侍衛の子? そうですわ、間違いありませんわ!」
悔しさを隠しきれず、憎しみを帯びた瞳で守華を睨みつける。
舞が終わると同時に、会場中から大きな拍手が巻き起こった。
その場にいた海尭、星曜、夏翠も立ち上がり、惜しみない拍手を送ってくる。
守華は深く一礼し、陛下と皇后に挨拶を捧げると、静かに会場を後にした。
外に出ると、小心が心配そうに駆け寄ってきた。
守華の髪にしっかり簪が挿さっているのを確認し、ようやく安堵の息をつく。
「蘭皇、ありがとうございました」
小心が丁寧に蘭明へ礼を述べる。
「蘭明……ありがとう」
守華も素直に感謝を口にした。
そのとき、明るい声が響く。
「しゅーかー!」
走ってきたのは夏翠だった。
彼女は公主という立場ゆえに多忙で、宮廷の外へ出ることも少ない。
守華も侍衛として蘭明に付き従う日々が続き、こうして落ち着いて話すのは久しぶりだった。
「今日も本当に素晴らしかったわ! ねえ、今度は私に舞を教えてくれない? そうすれば、もっと守華に会えるでしょう?」
「私は構わないわ。ただ……今は蘭明の侍衛だから、許可が出れば、ね」
二人して蘭明の顔をのぞき込む。
「……好きにしろ」
短くそう答える蘭明。
「やった!」と夏翠は満面の笑みを浮かべ、守華と手を取り合ってはしゃいだ。
やがて蘭明が口を開く。
「私は一度戻る。守華は先に帰っていろ」
「うん、分かったわ」
蘭明が立ち去ったあとも、守華と夏翠は打ち解けたように笑い合っていた。
その朗らかな笑い声を遮るように、鋭い声が響く。
「――どいていただけます?」
振り向くと、そこには貴愛奈が立っていた。
守華はすぐに気づき、道をあけて丁寧に一礼する。
だが夏翠は腕を組んだまま、その場から動かずに貴愛奈を真っすぐ見据えた。
貴愛奈は守華の隣まで進み、わざとらしく立ち止まる。
「あなたが、あんな舞を踊れたなんて……驚きましたわ」
「恐れ入ります」
「それに――蘭明ともずいぶん息がピッタリのようで」
声に棘が混じり、少し大きくなる。
夏翠は思わず一歩前に出て、反射的に口を開いた。
「息ピッタリに決まってるでしょうが!蘭皇と――」
言いかけた瞬間、守華が夏翠の手をそっと引き、制した。
「……息ピッタリに見えたのは、蘭皇が相手に合わせられるからです。
今日はたまたま、それが私だっただけで」
守華の冷静な答えに、貴愛奈は薄く笑みを浮かべる。
「あらそう? それなら――今度は私と踊ってもらうように、蘭明にお願いしてみようかしら」
わざと聞こえるように言い残し、侍女を従えて去っていった。
残された夏翠は、憤りを隠せず守華を見つめる。
「なんで反撃しないのよ! 守華らしくない!」
守華は少し困ったように笑いながら、首を振る。
「反撃したい気持ちはあるけど……私は侍衛という立場。
それに貴愛奈さまは蘭明の婚約者。私が出しゃばって陛下や皇后の耳に入ったら、蘭明に迷惑をかけるわ」
「何よそれ。私には遠慮なく言い返してきたのに」
夏翠は面白くなさそうに唇を尖らせ、不機嫌な顔をする。
守華はそんな彼女の両頬を両手で包み込み、軽く引き寄せた。
「ほら、せっかく可愛い顔なんだから。怒ると台無しになるわよ」
「……もう」
夏翠は呆れたように笑い、守華もつられて笑顔になった。




