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守る華・守られる花  作者: ミシル
第一章 蘭

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44/113

44.岩山の罠

「そろそろ、彩国も動きだす頃だろう」

「そうですね」


「じゃあ、我々もついに動くのか?」

戦が好きな星曜だけは、出番を今か今かとワクワクしている様子だ。


「でも、ここまで来てまだ何もしてこないのは、少し引っかかりますね」

「まぁ、彩国にも何か思惑があるんだろう。ところで、あっちの指揮官は誰だ?」

「はっ、龍井という者だと聞いております」


「龍井か……」

「蘭皇、お分かりになりますか?」

「ああ、彩国の将軍だ。ただ、1年前の戦の指揮官は確か、季昭だったはずだ」


「季昭!?」

思わず声が出てしまった守華。

その瞬間、全員の視線が一斉に守華に向けられる。


胸がドキドキと速く打つ。

「え、えっと……いや、その……」

守華は慌てて笑顔を作ろうとするが、唇がわずかに震える。


「季昭がどうかしたのか?」

蘭明の問いかけに、守華は頭の中で言い訳を必死に組み立てる。

「いや、どこかで……聞いたことがあるような、ないような……ははは……」


蘭明は少し渋い顔をして、冷静に言った。

「季昭は確かに彩国の第一将軍だ」


「第一将軍!??」

思わずまた声が出てしまった守華に、全員の目がさらに集中する。


「えっ、あ、あの、将軍とか……いるんだなって……ははは、はい……続けてください!」

守華の心臓は跳ねるように速く打つ。

内心では「ばれたらどうしよう……!」と焦る気持ちを必死に押さえ、表情だけは明るく振る舞った。


「今回も季昭が指揮を執ると思っていたが、どうやら違うらしいな。季昭が相手なら厳しい戦場になっていただろうが……龍井なら、そこまでではないはずだ」


「ですが、季昭も現地に来ているかと……」

「だろうな。我々の動きを見極めてから動こうとしているのかもしれん」


「ねぇ、私も話に混ざっていい?」

守華が遠慮がちに声をかけると、蘭明が笑って手招きする。

「ああ、もちろんだ」


「その龍井という将軍は、どんな人なの?」

「力だけは凄まじいと聞く。その力で数々の戦を勝ち抜いてきたそうだ」


「なるほど、つまり馬鹿力があるだけね。頭で戦を動かせる人じゃないわ」

守華は少し肩をすくめる。


「では、その季昭という人は?」

「季昭は頭脳派だ。力任せの戦い方ではないから、相手にすると厄介だ。……正直、1年前は守華が現れていなければ、我々は季昭に敗れていたかもしれん」


「そう……季昭は本当に手強いのね」

守華の表情が一瞬だけ固くなる。

「でも今回は龍井が指揮官……季昭が出てこないことに賭けるしかないか」


独り言のように呟いた守華に、周囲の兵たちは不思議そうな目を向けていた。


「よし、退けーーーっ!」

八軒の声が戦場を突き抜けた。


兵士たちは一斉に武器を引き、陽月国の陣地へと後退していく。


――龍井なら必ず追撃してくる。

守華の読みは確かだった。


彩国軍は勢いそのままに追いかけてくる。

「思った通り……」

守華は胸の内でつぶやく。


だが、追撃はある地点までで止まった。

それ以上は深追いせず、軍勢は引き返していったのだ。


「……どうして?」

龍井なら弱った兵を逃すはずがない。叩けるときに叩く男だ。


考えを巡らせる守華。

そこでひとつの名が閃いた。


――季昭!?


「八軒、季昭はあちらにいた?」

「遠目で断言はできませんが……季昭の旗を見ました。おそらく」


「やっぱり……」

守華の胸に確信が広がっていく。

あの撤退は、龍井の性格ではなく――季昭の采配。


今日もまた、決着のつかない戦が始まっていた。


季昭が前に出ているせいか、こちらが仕掛けても一切応じず、戦は予想以上に長引いている。

このままでは兵が次々と倒れてしまう……。

少しでも早く、あの場所へと誘い込まねばならない。


守華にできるのは、ただ戦況を見守ること。

だが、心の奥で固く誓っていた。


――今日で必ず終わらせる。


蘭明は私の言葉に耳を傾け、その考えを受け入れてくれた。まだ戦場のことなど何も知らない私を、それでも信じて任せてくれた。


その作戦で蘭明を最前列へと送り出した。

けれど、さすがの蘭明も、いつまで待ち続けてくれるか分からない。


「琉璃、頼んだわよ」

「お任せください」


琉璃は守華の衣を身にまとい、面紗を顔にかける。

馬の背に跨がり、視線を鋭く前へと向けた。


そして――その先へと駆け出していく。


「……あそこに人影が? まさか、あの装いは――あのときの女」

舌打ち混じりに、季昭が低くつぶやいた。

「ったく、危ないから出歩くなと忠告したばかりだろうに……」


戦況は膠着し、しかも今回の総指揮官は自分ではない。

一時離れても大勢に影響はないと判断した季昭は、迷わず馬首を返し、守華の姿を追った。


その動きを察した守華は、すぐさま馬を走らせる。

――追ってくる。間違いなく。


だが、季昭が必死に追いかけているのは守華ではなかった。

面紗をまとい、守華の衣を装った琉璃だ。


「季昭なら、きっと民を見捨てない。私のことも放っておけるはずがない」

守華の読みは当たった。


案の定、季昭は目の前の騎影を守華だと信じ込み、深く馬を駆って追いすがってきたのだった。


琉璃は風を切って駆け抜ける。

背後から迫る蹄音――重く鋭いそれは、季昭の馬だ。

距離が縮まるたびに、背中に突き刺さる視線の重さを感じる。


(……さすがだわ。やっぱり速い)

琉璃は心中で苦笑しながらも、顔を覆う面紗を揺らし、決して振り返らない。


遠くからその様子を見つめていた守華は、固く拳を握りしめた。

「……食いついた」

予想通り、季昭は琉璃を自分だと思い込み、戦場を離れて追撃してきている。


守華はわずかに息をのみ、しかし力強く頷いた。

「今しかない。季昭を引き離せれば、戦局は必ず動かせる」


琉璃と季昭の馬蹄が、土煙を巻き上げて遠ざかっていく。


その光景をじっと見届けていた守華は、旗をもっていた兵士たちに下ろすように指示した。

その一瞬の合図を見逃さず、蘭明が鋭く声を張り上げる。


「――引けえええええええ!」


轟く声に呼応して、兵たちが一斉に後退を始める。

戦場にざわめきと土煙が広がった。


目の前で敵が退きはじめたのを見た龍井の血が沸き立つ。

「逃がすかよ!」

蘭明がいる以上、ここで討ち取れると考えた龍井は、部隊を率いて激しく追撃に移った。


その様子を見た守華は、唇の端をわずかに上げる。

「……かかったわね」


守華は愛馬フリーダムの背に軽やかに飛び乗り、たてがみをそっと撫でた。

「フリーダム、行くわよ」


守華がたどり着いたのは、以前琉璃と下見した岩山に囲まれた場所だった。

奥は行き止まり、入り口は一つ。


岩山の上には隠れている兵士たちが待機し、守華の向かい側の岩山には八軒と兵士が潜んでいる。


互いの目が合う。

手を上げ、準備完了の合図を交わす――これは計画された作戦だった。


季昭に会った日、この場所の地形を確認した。

日本で見た戦闘漫画の戦術を思い出す。

奥は行き止まり――龍井は蘭明を追い詰めると信じるだろう。

だが、実際に弱ったフリをして先頭を行かせたのは、龍井を誘い込むため。


季昭の存在が作戦を遅らせたため、琉璃を使って注意をそらした。

もちろん、この「守華作戦」は詳しくは蘭明にも八軒にも星曜にも秘密だ。


龍井は予想通り蘭明を追い、守華の合図で入り口を封鎖すれば、もはや逃げ場はない。

前も後ろも陽月国。

上にも陽月国。

追い込んだつもりが、実は自分が追い込まれているのだ。


残るは、琉璃の手腕――

季昭をどこまでうまく誘導できたか。

ここまで来て、もし季昭に気づかれたら――全てが崩れる。


琉璃の無事を気にかけている間に、蘭明は兵士たちを率いて行き止まりの地形へと突き進んでいく。


その背後には、鋭い目で追撃する龍井の姿があった。


「ははははは――その先は行き止まりだ、蘭皇よ、降参しろ!」

龍井の声が戦場にこだまする。


だが蘭明はまったく動じず、兵士たちを引き連れ奥へ奥へと進む。


「守華さま――!」

「琉璃!」


琉璃は季昭をうまく誘導し、守華のもとへ戻ってきた。


「季昭は?」

「だいぶ巻けたかと思います」


守華は深く息をつき、琉璃を称える。

「さすがだわ、琉璃」

「いえ、守華さまの予想が的中したからです。ただ、さすが第一将軍だけあって.....すぐここも見つかるかと」


「それでもよくやったわ」といい、

二人は岩山の下の戦場を見下ろす。

「まだよ、まだ……蘭明もう少しだけ耐えて......」


行き止まりの罠の中で、戦局はまさに緊迫の極みにあった。

守華の心臓は高鳴り、時間との戦いが始まる――。



______ヒヒーーーン


季昭が追跡してきた。


木陰から覗き込むと、信じられない数の兵士たちが待ち構えている。


「まさか、この下は……!」


気づいた時には、もう遅すぎた。


龍井が後を追っているのが見えた。


この人数の兵を前に一人で立ち向かうことは到底不可能だった。


「龍井め……何も考えず突っ込んで。目の前の獲物を逃すわけがない……。これで終わりにしましょう!」

守華は冷ややかに笑う。


「今だ!!」


守華が巨岩の上に立ち上がり、矢を上空に放つ。

瞬間、待機していた兵たちが一斉に飛び出し、上空から矢の雨を降らせた。


反対側の岩山に潜んでいた八軒たちも、下に向けて矢を射かけて制圧する。


入り口を固める星曜と兵たち。

龍井は、進むも退くもできず、完全に包囲されてしまった。


緊迫の戦場――ついに、守華の計略が炸裂する。



-----


季昭の目の前で、一人が巨岩の上に立ち上がり、矢を放ったのを見逃さなかった。


「あれは……あの女か!」


守華の隣には、さっき追った女がいる。


「ふん……」


季昭の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

「なるほど……そういうことか。」


瞬時に状況を理解する頭脳派の季昭。

守華がただの貴族の姫ではなく、この戦の勝敗を左右する存在であることも悟った。


「あの女に、まんまとやられたな……龍井、そして俺も。守華といったか、覚えておこう」


岩山の陰に隠れた兵たちも、計算された射線で彩国兵を追い込む。


まわりすべてを陽月国の兵で取り囲まれた龍井たちは、初めて逃げ場を失ったことを理解した。







こうして戦いは終わり、陽月国が勝利を収めた。


都へ凱旋すると、すでに街は守華の噂であふれていた。


「守華さまーーー!」

「蘭皇ーーー!」

「守華さまーーー!」


歓声が四方から響きわたり、二人の名が空に舞う。


守華は笑顔で手を振り、人々の声に応えた。

その姿を、皇后は面白くなさそうに眺めている。


一方で、海尭は人知れず寂しげな瞳を向け、

陛下は満足げな表情を浮かべ、隣の無観も静かに見守っていた。


――それぞれの想いが交差するなか、二人の凱旋は都に深い余韻を残していた。

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