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守る華・守られる花  作者: ミシル
第一章 蘭

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43/113

43.敵か味方か

蘭明の天幕の中では、静かに作戦会議が進んでいた。


その重い空気の中に、何も考えずに入ってきたのは守華だった。


初めての野営に胸を躍らせているようで、戦場ではなくまるで遠足にでも来たかのような無邪気さが見える。


しかし、周囲の空気の重さに気づき、守華は一瞬足を止めた。


「守華、うろちょろしてるんじゃない」

「ごめんなさい……」


声は小さく、少し震えている。


守華はそっと蘭明の隣に歩み寄り、机の上に広げられた地図を覗き込む。


正確には地図の読み方はよく分からない。

「ここは山? ここは平地……?」

頭の中で思い浮かべながらも、守華の目は光っていた。


戦術書や古代戦争を描いた漫画、アニメを何度も見ていた経験が、ふと閃きをもたらす。

この地形、どこかで見たことがある……。


守華の中で、小さなアイデアが静かに膨らみ始めた。


陽月国も彩国も、まだ動きはなかった。

ここにきて、すでに二日が過ぎている。


守華は琉璃に尋ねた。

「琉璃、普段の服、持ってきてる?」

「念のため、持ってきてますよ」


守華は安心して、普段着に着替えた。

そして、蘭明に気づかれないよう、琉璃と共にそっと野営地を抜け出す。


「守華さま、大丈夫でしょうか……?」

「何が?」

「蘭皇にバレやしないかと……」

「大丈夫!暗くなる前に戻れば!」


しかし琉璃は慎重に言う。

「以前もフリーダムで私たちだと気づかれたことがあります。今回、フリーダムがいなければ、すぐにバレてしまうかもしれません」

「その時はその時よ!地図だけ見ても分からないし、どうしても現地で確認したい場所があるの」


守華は笑みを浮かべ、フリーダムにまたがった。

「フリーダム、行くわよ!」


その背中を、琉璃がぴたりと追った。


少し走ると、村らしき集落が見えてきた。

村人たちは慌ただしく荷物をまとめている。


その中に、荷造りを手伝ったり、避難の道を指示している一人の男性が目に入った。


守華たちの前を通りかかる村人に、琉璃が声をかける。

話を聞くと、この辺りはもうすぐ戦場になるため、危険を避けて安全な場所へ避難するよう指示を受け、みんな準備をしているということだった。


「私たちの戦のせいね」

「そういうことですね。」

「……」

「どうしましょう」

「確かに、関係のない民を巻き込むわけにはいかない。手伝おう」

「はい!」


守華と琉璃は馬を降り、村人たちを安全な場所へ導き始めた。


その様子を、ひとりの男がじっと見つめていた。


大体の村人の避難が終わり、静けさが戻った村の中で、守華と一人の男の視線が交わった。

守華は自然に一礼をする。


男はゆっくりと近づきながら、落ち着いた声で告げる。

「姫さまも、安全な場所へ避難したほうがいい。ここはもうすぐ戦場になる。」


守華は冷静に見据える。

「あなたは?」


男は微かに笑みを浮かべ、自己紹介をした。

「彩国の季昭きしょうだ。どうぞ、お見知りおきを。」


「彩国…!?」

琉璃が思わず声をあげた。


「ここは陽月国よ。なぜ彩国のあなたが・・・」

琉璃が慌てて質問する。


「っというと、あんたらは陽月国の人だな。まぁ、ここが陽月国だからあたりまえか」


季昭は琉璃に軽く視線を向け、次に守華をじっと見つめる。

「民に戦は関係ない。ここが陽月国でも彩国でも、民を巻き込んではいけない。だから、避難させたのだ。」


その目の奥には、ただの兵士ではない冷静さと決意が宿っていた。


守華はふと、季昭の腕に血がにじんでいるのに気づく。

「季昭といったかしら?その傷は?」


季昭は軽く腕を見つめて言った。

「ああ、誘導中に少し引っかかっただけだ。大したことはない。」


守華は眉をひそめ、袖をまくる。

「大したことではない?結構、血が出てますよ。琉璃、悪いけど消毒液を探してきてくれる?」


「はい、承知いたしました!」

琉璃は素早く家の中へ走っていった。


季昭は守華の冷静な手つきに微かに目を細め、しばし黙って見つめる。


「名を聞いてもいいか?」


守華は持っていた水で、傷口のまわりの血をそっと洗い流す。


「守華よ。」


「守華か…いい名前だな。服も立派だ。陽月国の貴族の娘か?」


「まぁ、そんなところね。」


「なんでそんな高貴な方が、こんな山奥に?」


「気晴らしよ。ずっと籠の中だと息が詰まるじゃない?」


守華は季昭の真っ直ぐな瞳を見つめる。

その視線に、季昭は思わず胸がざわつくのを感じた。


「守華さま、ありましたー!」


「ありがとう。消毒液を出して」


「はい!」


守華は消毒液を傷口に垂らす。


季昭は一瞬顔をしかめるが、すぐに平静を装う。

「しみる?」


「こんな傷、大したことない」


「強がらないで。どんな小さな傷でも痛いのは当たり前。それに、小さな傷ほど侮ると後で痛い目を見るのよ」


季昭は何も言い返せず、ただ守華の手際の良さを見つめる。


包帯を巻き終え、手当は完了した。


「ありがとな」


馬にまたがった季昭が、自分の手当された腕を見ながら守華に言った。


「おまえらも、早くここを離れろ」


「分かったわ」


「じゃあな」


季昭はそのまま立ち去っていった。


「普段の洋服でよかったですね、守華さま」


「ええ、本当にね」


「でも……手当してよかったのですか?彩国の者で、ここにいるということは、戦に関係している人物ですよ?」


「そうね。でも、彩国の人間なのに陽月国の民を逃がしていた。きっと、悪い人ではないわ」


守華は季昭の後ろ姿を見送りながら少し考え込む。

横で琉璃が、少し不安そうにその表情を覗き込む。


「さあ、私たちも行きましょう。ここでだいぶ時間を使ってしまったわ。」



----


「思ったとおりだわ」


小高い岩の上から下を見下ろす守華。


「ここの土地に、何かあるんでしょうか?」


守華はコクリと頷いた。


「戦だから血が流れるのは覚悟している。私だって覚悟を決めてきたわ。でも、やっぱり亡くなる人は最小限にしたい。陽月国の兵士も、彩国の兵士も、大切な家族や人がいるんだから」


沈む夕日を見つめながら、静かに決意をかみしめた。


野営地に戻るころにはすでに日が暮れていた。

守華はそそくさと洋服を脱ぎ、着替え、髪をお団子にまとめる。

何も知らない顔で兵士たちの中に混ざり込む。


「ふぅ――――」


守華と琉璃は、ほっと息をついた。

だが、次の瞬間、守華が思わず声を上げてしまった。


「ひゃー!」


琉璃は守華を見上げ、一瞬止まったが、小さく手を振っていた。


その直後、蘭明が守華を肩に持ち上げ、天幕の中へ連れて行く。


「ちょっと、降ろしてよ!」


ベッドに置かれた守華の上に、蘭明が覆いかぶさる。


「じゃじゃ馬め、どこに行ってた?」


「え?ずっとここにいたわよ」


「私に嘘が通用すると思うか?」


「本当よ」


「私に嘘を突き通すなんて、いい度胸だな」


守華は苦笑いするしかなかった。


「お仕置きが必要だな」


「えっ?」


っという前に、蘭明が守華の首元にキスをする。


そして、守華の足元から手が入り、どんどんと太ももへと滑らせていく。


「本当のことを言うわ!」


「言わなくてもいいんだぞ」


「言うわよ!絶対言う!」


蘭明はボソッとため息をつきながら、守華の上から少し身を退けた。


守華は、近くに村があることに気づき、村人たちを安全な場所へ避難させていたと説明した。

季昭に会ったことや、周囲の偵察に出たことは黙っている。


「なんで私に黙って行った?」

蘭明の声には怒りが混じっているが、どこか心配も滲んでいた。


「だって……私が行くって言ったら、蘭明もついてくるでしょ?

でも蘭明はここで指揮をしなきゃいけないのに、いなくなったら誰が兵をまとめるの?

それに、いつ彩国が動き出すかも分からないんだから」


守華の言葉に、蘭明は少し黙り込み、目だけで守華を見つめる。

怒りよりも、守華を心配する気持ちが強く滲んでいた。


「ごめんね。今度からは黙って出かけたりしないから」


彼は守華の腰に手を回し、自然と抱き寄せた。

そして、守華の首元に顔を近づける。


守華は一瞬息を詰め、心臓が早鐘のように打つのを感じた。

数秒後、蘭明の顔が離れる。


「どこにいても、守華を見つけられるように」


守華の首元には、赤いマーク。

それは、蘭明がそっとつけた印――命を預ける証でもあった。

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