36.言えない想い
その夜、今年最後の大きな祭りがあると聞き、蘭明が守華を連れ出した。
今ごろ日本では、きっとクリスマスの頃だろう。
いつもは闇に沈む街道も、提灯の灯りがずらりと並び、昼のように鮮やかに照らしている。
漂う甘い匂いや香ばしい匂い、太鼓や笛の音が空気を震わせ、年の終わりを惜しむかのように人々の声が重なっていた。
祭りが大好きな守華は胸を弾ませて歩く。
すると、さりげなく蘭明が守華の手を取った。
「絶対、この手を離すなよ」
「……うん」
その不器用な優しさに、守華の頬はふわりと熱を帯びた。
屋台をまわり、蘭明は次々と守華に色んなものを買ってくれる。
気づけばほとんど食べ物ばかりで、守華は笑ってしまう。
人混みを抜け、二人は人気の少ない河川敷へ。
視界に広がったのは、夜空一面に舞う天燈。
「わぁ……綺麗」
「……」
守華が感嘆の声をあげ、蘭明も並んで空を仰ぐ。
灯りの群れが星のように広がり、静かな川面にゆらゆらと映し出されていた。
「私、初めて見た。こんなに綺麗なんだね」
「……守華」
「なに?」
「誕生日に、星曜で歌っていたあの歌を……私に歌ってくれ」
「え、バースデーソングのこと?」
蘭明は小さく頷く。
「じゃあ、蘭明も私に歌ってよ」
「……私が? それは無理だ」
「なんでよ?」
「無理なものは無理だ」
「じゃあ、一緒に祝って。私も蘭明と同じ、三月一日が誕生日なんだから」
「……そうだったのか。なら、次の誕生日は一緒に祝おう」
「うん」
守華はにっこりと笑みを浮かべ、また夜空を見上げた。
無数の灯りが流れるその景色に目を奪われる彼女を、蘭明は静かに後ろから抱き寄せる。
「……私は、守華のことが好きだ」
耳元に落ちた低い声。
守華は一瞬、息を呑み、体が固まる。
「ずっと、そばにいてほしい」
胸の奥に響く言葉。けれどどう答えるべきか、言葉が見つからない。
「なに言ってるの? 私はずっと桜音亭にいるじゃない」
振り向いた守華は、にこりと微笑んで話を逸らした。
「ねぇ、私も天燈を飛ばしてみたい」
「……分かった」
蘭明の瞳に、言葉にできない想いが揺れていた。
天燈を手にした蘭明がそっと微笑む。
「ここに願いごとを書いて、空に飛ばすんだ」
「へぇ、なんでもいいの?」
「……ああ」
二人は筆を手に取り、天燈に願いを書き始める。
「よしっと」
蘭明がちらりと覗くと、守華の書いた文字は一見するとただの記号に見えた。
守華は、相合傘の下に自分と蘭明の名前を小さく並べていた。
「それは何て書いてあるんだ?」
「これはね……幸せになれるおまじないよ」
「なるほど……私と守華の名前が書いてあるから、二人で幸せになれるんだな」
「……そうね」
守華はそっと、蘭明の願いごとに目を走らせた。
―――守華がずっとそばにいますように―――
胸がぎゅっと痛む。
言葉にすればすぐに蘭明に伝わってしまいそうで、あえて守華は何も言わなかった。
二人は静かに、天燈を空へと手放す。
ふわり、ふわりと光のかたまりが夜空に溶けていく。
日中は、思わず自分からキスをしてしまったけれど、今はこの瞬間を胸にしまい込むしかない。
蘭明への想いが、これ以上大きくならないように自分を抑えながら。
私は、輝く石を見つけて現代に帰らなければならない――
ずっと蘭明のそばにいることは、叶わない願い。
守華は、ゆっくりと舞い上がる天燈を見上げながら、蘭明の書いた文字を胸に刻む。
「あの女は生きていたな……首が飛ばずに済んで、少しは安堵したか」
「はっ……次こそは、必ず」
「期待を裏切るなよ」
「一日でも早く、捕らえてこい!」
「はっ!」
暗闇の中、ろうそくの炎がかすかに揺れ、壁に影を落としている。
顔を隠した者の視線は怒りと苛立ちで鋭く光り、守華を逃したもどかしさを隠せない。
その場に立つ黒衣は、何も言わずに静かに姿を消す。
「あの者に任せて大丈夫でしょうか……私が出た方が……」
「いや……お前が出れば、もし正体がバレたらまずいことになる。まだ奴は動ける。今は様子を見守るしかない」
「はっ……」
ろうそくの炎が小さく揺れるたび、緊張と苛立ちが部屋の空気に張り詰める。
守華の気配はまだ遠く、捕らえられなかった悔しさが静かに、しかし確実に彼らの心を焦がしていた。




