32.秘密の誕生日大作戦〜その1〜
「実はな……星曜の誕生日がもうすぐなんだ」
蘭明がふいに切り出す。
「へえ、そうなんだ」
守華は素直にうなずく。
「今年は何かしてやりたいと思ってな」
「え?でも皇子なんだから、蘭明の時みたいに祝賀会があるんじゃないの?」
「……あれは二十歳の節目だけだ」
蘭明が苦笑混じりに答える。
「そっか。じゃあ、星曜の誕生日って……」
「これまで遠征と重なって、まともに祝ってやれなかった。だからこそ、今年は何かしてやりたいんだ」
守華は目を丸くする。
「へぇ〜!意外と弟思いなのね!」
「……意外は余計だ」
蘭明は少し顔を背ける。
「星曜は普段ふざけてばかりだが、戦場では本当に頼りになる。右腕と言ってもいいくらいだ。感謝しているが……面と向かっては、どうにも照れくさい」
「なるほどね〜」守華はにやりと笑う。
「じゃあさ、みんなでこっそり“サプライズパーティー”しちゃおうよ!」
「……パーティー?」蘭明が眉をひそめる。
「そう!星曜には絶対秘密。小さくてもいいから、ミニ祝賀会!」
蘭明は少し考えてから、観念したようにうなずいた。
「……お前という娘は、ほんと勝手にことを決める」
「でも、面白いでしょ?」
「……まぁ、悪くない」
蘭明の口元が、わずかにほころぶ。
こうして守華と蘭明は、この日から星曜には内緒で誕生日祝いの準備を始めるのだった。
色とりどりの紙を細く切って輪にし、ひとつずつ繋げていく。
紙吹雪を散らし、切り絵を並べる。
守華にとっては子どもの頃から慣れた遊びの延長のようなものだった。
けれど、初めて挑戦する蘭明は勝手が分からず、守華の手元を凝視しては真似てみる。
――失敗。
もう一度挑戦。
――また失敗。
それでも諦めず、何度も何度も繰り返す。
不器用なのにひたむきで、そんな蘭明の姿につい守華は微笑んでしまった。
普段は冷静沈着で隙のない皇子なのに、今は妙に可愛らしくて――守華は気づけばずっと見つめていた。
「……何をそんなに見ている。まさか私に惚れたか?」
得意げに顔を上げる蘭明。
「ちっ」
守華は舌打ちをすると、その唇を指先でつまんだ。
「むぐっ……」
アヒル口になった蘭明の顔は、まぬけでどうしようもなく可笑しい。
「……その減らず口、今すぐちょん切ってや・・・ぶははっ!」
堪えきれず吹き出す守華。
じとっと睨まれ、慌てて手を離す。
守華は肩を震わせながら笑い、再び紙細工に戻った。
一方の蘭明は、ほんのり赤くなった耳を隠すようにうつむき、黙々と輪を繋げ始めた。
蘭明の屋敷の使用人たちは、てんやわんやで走り回っていた。
その真ん中で、守華は両手を大きく振りながら的確に指示を飛ばしている。
「そっちの飾りは庭の奥に!あ、それは門の横に!急いで急いで!」
今日は星曜の誕生日。
守華と蘭明が夜なべして作った飾りが、桜音亭の庭を彩っていく。
守華自身もハシゴに登り、夢中で最後の布を結びつけていた。
「守華さま、危のうございます!降りてください、私が代わりますので!」
下から白鋭が心配そうに声を上げる。
しかし守華は聞く耳を持たない。
「いいの!これは私がやらなきゃダメなの!」
小心と琉璃がハシゴを支えながら、困った顔を見合わせる。
「…さっきから止めてるんですけど、この最後の飾りだけは絶対自分でって言い張ってて…」
琉璃が白鋭にぼやく。
「守華さま、ほんと気をつけてくださいね。もし怪我でもしたら、私、蘭皇に怒られちゃうんですから!」
「大げさねぇ、こんな低いとこで落ちても死にゃしないってば!」
守華がどうしても自分で飾りたかったのは、大きな布に書かれたひとこと。
【お誕生日おめでとう、星曜】
「これがなきゃ始まらないでしょ!」
最後の結びを終えて、得意げに身を乗り出す。
「曲がってない?小心、琉璃、あっちから見てみて!」
「はーい!」
ふたりがハシゴを離れ、庭の遠くから見上げる。
「大丈夫ですー!とっても綺麗にできてます!」
「さすが私!」
守華は片手をピースにして遠くの二人に笑いかける。
ちょうどその時、桜音亭に蘭明と海尭が姿を現した。
ふたりの目に映ったのは、ハシゴの一番上で得意げに笑う守華の姿――。
だがその直後。
ハシゴを降りようとした守華の足が、段に引っかかってしまった。
「きゃーーーーっ!」
目をつぶる守華。
次に目を開けたとき――彼女は空中に浮いていた。
守華は両側から抱えられ、無事に床に降ろされた。
けれどもその瞬間、場の空気がぴたりと固まる。
右には蘭明、左には海尭。
二人の腕がまだ守華を支えたままで、互いの視線が真っ向からぶつかる。
「……俺が先に受け止めた」
低い声で蘭明が切り出す。
「いや、同時だっただろう」
海尭が穏やかな口調ながらも譲らない。
「守華が落ちるのを見て、最初に動いたのは私だ」
「結果的に支えられたのは、兄弟ふたりのおかげだろう」
じり、と火花が散るような緊張感に、守華は居心地悪そうに手を振りほどいた。
「も、もう!助けてもらえたんだから、どっちが早いとかどうでもいいでしょ!」
赤面したまま布をひったくり、守華はそそくさとその場を離れる。
取り残された蘭明と海尭は、わずかに沈黙。
次の瞬間、互いに視線を逸らしながら同時に小さく鼻を鳴らした。
「……ふん」
「……まったく」
ぎこちない兄弟の間に漂う、奇妙な張り詰めた空気。
そんな中、白鋭が「いやぁ、華やかな飾り付けになりましたねぇ!」と場を和ませようとして、さらに場違いな明るさを振りまき、周囲は思わず笑ってしまうのだった。
守華と白鋭が屋敷の門へと歩いていく。
「白鋭、さっきの二人なに?」
守華が眉をひそめて問いかける。
「え?」と白鋭が小首をかしげる。
「二人で見つめ合っちゃって、気まずいのなんのって」
「……あ〜」
そこで白鋭はニヤリと悪戯っぽく笑った。
「守華さまを助けたんじゃないですか?」
「いや、それは分かってるんだけど、なんていうか……」
守華が言葉を濁すと、白鋭がクスクス笑いながら口を挟む。
「意外と守華さまも鈍いんですね」
「鈍い?はぁ?何が?」
「いえいえ、なんでもありません」
白鋭はわざとらしく両手を振る。
「……でも、お怪我がなくて本当によかったです。もし怪我でもされていたら、私なんて今頃、無事ではいられませんでしたよ」
「どうして白鋭が無事じゃなくなるのよ」
「そりゃあ……蘭皇にも海皇にも、私、真っ二つにされますから!」
ケラケラと大げさに笑う白鋭に、守華は呆れつつも吹き出してしまった。
そんなやり取りをしているうちに、軽やかな声が響いた。
「やっと着いたわ!」
色とりどりの衣をひらめかせ、夏翠が華やかに登場する。
白鋭が夏翠を案内して、守華は夏翠の隣に腰を下ろした。
「今日は星曜が主役なんだから、悪戯は禁止だからね」
「はいはい、わかってるってば。私だって一応、公主として忙しいのよ?」
夏翠はつんと澄ました顔をするが、守華は全く気にせず笑って返す。
あの悪戯合戦以来、守華は夏翠を“公主さま”扱いしなくなっていた。敬語も使わず、まるで妹みたいな距離感で接してくる守華に、最初は反抗していた夏翠も内心では居心地のよさを感じている。
「この飾り、守華が作ったの?」
「蘭明も手伝ってくれたのよ」
「えっ、あの蘭皇が?武芸しか取り柄がないあの人が!?」
信じられないと目を丸くする夏翠に、守華は得意げに頷いた。
「そうよ。このお祝いだって、もともとは蘭明が言い出したんだから」
「へぇ~……」
夏翠が半信半疑で飾り付けを見回していると、ちょうど蘭明、海尭、八軒、白鋭、聡騎がやってきた。
空いている守華の隣に気づいた海尭が、自然な流れで腰を下ろす。
「守華」
「海尭」
「すごいな、これを見たら星曜はきっと喜ぶよ」
「驚いてくれるといいけど」
仲睦まじく会話を交わす二人。
それを見ていた蘭明の眉間がぴくりと動いた。
次の瞬間、海尭と守華の間にぐいっと割り込んでくる蘭明。
守華は思わず眉をひそめ、迷惑そうな視線を向けた。
一方の海尭は少し驚いたように唇を開いたまま蘭明を見つめる。
だが、当の蘭明は──なぜか満面の笑みを浮かべていた。
(……あれ、なんで笑ってるの?)
守華も海尭も、思わず同じ疑問を抱かずにはいられなかった。
「なんで狭いところに入ってくるのよ」
守華が眉をひそめてにらむ。
「狭い? いやいや、私には一人分ちょうど空いてるように見えたけどな」
涼しい顔でとぼける蘭明。
「……」
呆れ顔の守華は椅子を押して、立ち上がる。
「え、なんで立ち上がるんだよ」
慌てる蘭明に、守華はふんっと顔をそむけた。
「星曜を迎えにいってくるのよ」
そう言い残して門へと歩いていく。
その背中を、蘭明は悲しそうな瞳で見つめていた。
そんな様子に気づいた海尭が、口の端をゆるめて笑う。
さらに、夏翠が忍び寄って蘭明の耳元で小声をささやく。
「蘭皇、未だに勝算なしね。今のままだと守華はどんどん遠ざかっちゃうわよ〜?」
――ガンッ!
蘭明は耐えきれず、机に額を思いきり打ちつけた。
「……蘭皇、机がかわいそう」
夏翠がくすくす笑いながらそう言うと、周囲に笑いが広がるのだった。




