表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/68

3.月影に落ちる少女

夜十時。

月はどんどん欠けていき、部屋の中に影が広がっていく。

守華の部屋は静まり返り、聞こえるのは時計の針の音だけ――


――チク、チク、チク。


いつの間にか、守華は眠りに落ちていた。


***


3月1日、午前零時。

月は完全に影に覆われ、真っ暗になった。


また、夢だ。

空を飛んでいる夢。

何度も見たことのある夢。

“飛ぶ夢はいいことの前触れ”と夢占いで知っている。


今日はどこへ向かっているのだろう――

気持ちがいい。鳥になったみたいに、両手を広げて大空を舞う。


でも、最後はいつも通り落ちる。

守華は心の中でため息をつく。

落ちる瞬間は怖くて、夢でも汗びっしょりになる。

でも、もう慣れた。

今回はきっと目が覚めるだけ。


――そう思った瞬間、落下は止まらなかった。


守華の視界の下では、陽月国と彩国の戦が繰り広げられていた。

「蘭皇、押されています!」

「分かっている。しかしここで耐えねば、明日はない。」


背中合わせに立つのは、陽月国の第二皇子・蘭明とその侍衛、八軒。

日食――この国では初めての出来事に、兵たちは剣を止め空を見上げる。


――その空から、何かが降ってきた。


蘭明は一瞬言葉を失い、刀を地面に突き立て、両手を広げた。

その手が、守華を包み込む――お姫様抱っこされた瞬間、光が迸り、強風が吹き荒れる。

そして目を開けると、彩国の兵士たちは吹き飛ばされていた。


日食が終わり、明るさが戻る中で、蘭明が抱える少女――守華――と一瞬目が合った気がした。

守華は眠ったまま、動かない。



一方の守華は、落下し続ける感覚にまだ身を委ねていた。

夢だから痛くないし、死ぬこともない――でも、目の前に立つ鎧姿の美男子は現実にいるようで、思わず目を閉じて寝たふりをする。


「……夢、だよね?」

頭の中で何度も自問する。

どうしてお姫様抱っこされているのか、どうして戦場に落ちたのか。

でも、今はとにかく、寝たふりをしてやり過ごすしかない――。


周囲の歓声が大きくなる。


守華はまだ目を閉じたまま、胸の奥でドキドキしていた。

この状況――戦場でお姫様抱っこされ、周囲は歓声の嵐。

夢なら痛くない、死ぬこともない。でも、現実の匂い、風の冷たさ、鎧の重みまで伝わってくる。

夢とは違う――そう、確信した瞬間、守華は少し身を強張らせた。


「……お前、目を覚ませ」


低く響く声に、守華は思わず体を震わせる。

目を開けると、目の前には――まさしく完璧な美男子。

黒髪で整った顔立ち、凛とした二重の瞳、そして鎧に包まれた堂々とした姿。


「……え、えっと……」

守華は口をパクパクさせるが、声が出ない。

言葉が出てこない――日本語が通じると思ったら大間違いだった。


「……?」

蘭明は眉を少し寄せ、守華をじっと見つめる。

守華のアンクレットがかすかに光り、まぶたに反射する光が二人の間に奇妙な緊張感を生む。


「……?」

蘭明の声には、問いかけの響きがあった。

でも守華には意味がわからない。

言葉の音は日本語に似ているが、全く理解できない未知の言語だった。


守華の頭の中はパニック。

「え、え、ちょっと待って!私、大丈夫かな?痛くないよね?え、でも鎧だし抱っこだし……」

心の中でぐるぐると考えながら、守華はとりあえずまた目を閉じ、気絶したふりを決め込むことにした。


だが、蘭明はその小さな動きも見逃さなかった。

彼はそっと守華の腕を抱え直し、周囲を見渡した。

歓声がまだ上がる戦場で、彼の冷静な視線だけが守華に突き刺さる。


「……何者だ、まったく」

ボソリとつぶやく蘭明の声に、守華は胸が跳ねる。

怖い――でも、不思議と心を引きつけられる。

こんな美しい人、夢でしか見たことがない――いや、華流ドラマの中でもここまで美しい人はいない。


守華は心の中で誓った。

――ここは夢じゃない。目を開けてはいけない。

気絶したふりをして、まずは状況を把握するんだ、と。


そのとき周囲の兵士たちの声が守華の耳にも届く。

「女神さまだ!」

「陽月国に勝利をもたらした!」


守華は思わず肩をすくめる。

女神だなんて……私、ただ落ちてきただけなのに。


足首のアンクレットが小さく光る。

知らぬ土地、知らぬ言葉、知らぬ人々――


異世界〈陽月国〉での、新しい物語が静かに幕を開けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ