28.心が恋を知るとき
今日も守華は、汗を光らせながら稽古場で身を躍らせていた。
刀の閃き、身のこなし、足さばき――すべてに力強さとしなやかさが混ざり合い、まるで舞うように動く守華の姿は、見る者の目を奪った。
琉璃も真剣な表情で受け止め、二人の動きは互角。どちらも一歩も譲らない。
星曜がその様子を見ながら、少し感嘆混じりに呟く。
「この短期間でここまで上達する守華は……本当に、勝利の女神かもしれないな」
その横で、蘭明は黙って守華を見つめていた。
視線の先の守華の一挙手一投足に心を奪われているのは明白で、周囲の誰もが気づくほどだった。
星曜が八軒に囁く。
「ねぇ、八軒。最近さ、蘭皇ってずっと守華を見てるよね。見てる最中は他のことが上の空というか……」
八軒は苦笑しながら答える。
「蘭皇ご本人はまだ気づいていないのです。守華さまを慕っているということに」
「なるほど……やっぱり蘭皇は守華を気に入っているんだな」
星曜は納得したように頷く。
「近くにいる私や白鋭も気づいているのに、蘭皇自身は自覚していないご様子です」
八軒の言葉に、星曜は少し笑う。
「武芸や頭脳に優れ、女にもモテる蘭皇でも自分から誰かを慕う経験がないから、感情の動きに気づかないんだろうね」
「それに比べて、海皇は守華さまに常に優しく、なおかつ……海皇も守華さまを慕っているご様子で」
八軒の声に、小さく息を呑む星曜。
「えっ、海皇も!?」
八軒は頷く。
「はい。先日ですが、口にはしておりませんが、蘭皇と海皇が守華さまの取り合いのような形で手合わせをしていました」
「えっ、あの海皇が蘭皇と手合わせを!?」
星曜の目が大きく見開かれる。
「激しいものでしたよ。海皇ご自身は武芸が得意ではないとおっしゃっていましたが、蘭皇と互角に戦っていました」
「それは……見てみたかったな」
星曜は少し悔しそうに唇を噛む。
「で、八軒はどちらを応援してるの?」
八軒は少し微笑み、真っ直ぐに答える。
「もちろん、ずっと側に仕えております蘭皇に決まっております」
守華を見つめる蘭明に、八軒は穏やかな眼差しを向けた。
「だろうね。じゃあ――まずは、蘭皇自身に気づかせないとね?」
星曜がいたずらっぽく笑う。
「これは直球に伝えるべきだな」
そう言って、星曜はわざと蘭明の隣に身を寄せる。
「蘭皇、さっきからずーーーーっと守華を見てない?」
横目で星曜をにらむ。
「どのくらい上達しているのか見ているだけだ」
「へぇー?」
その瞬間、星曜がわざと声を上げた。
「あっ、海皇だ!」
反射的に蘭明の顔がそちらを向く。だが、誰もいない。
次の瞬間、星曜の顔が満面の笑みに変わった。
「あ、気のせいだった」
蘭明の眉がピクリと動き、表情が険しくなる。
「蘭皇、そんな怖い顔してどうしたの?」
「怖い顔などしていない」
「聞いたよ。先日、海皇と手合わせをしたって」
星曜の声は弾んでいる。
「そこまで本気になるなんて……何を賭けてたの?」
「何も賭けていない」
「もしかして……守華?」
「違う!」
思わず声を荒げる蘭明。
「そんなに怒らなくても。名前を出しただけだよ」
星曜はさらににやける。
「守華じゃないなら――私がもらってもいい?」
「それはダメだ」
「えー、なんで?守華と私って相性いいんだよね。なんでも話せるし、気も合うし」
「それでもダメだ」
低く、即答する蘭明。
星曜は八軒の方へ振り返り、いたずらっ子のようにピースをして見せた。
「蘭皇……もしかして、守華を慕ってる?」
「……そんなんじゃない」
声は否定しているのに、蘭明の瞳は嘘をつけない。
「じゃあ、止める権利はないよね!」
星曜の挑発に、蘭明は反射的に剣を抜き、その切っ先を星曜に向けた。
「え、えええ……嘘!冗談、冗談!」
慌てて両手を振る星曜に、蘭明はふっと鼻を鳴らし、剣を納めた。
だが次の星曜の言葉は真剣だった。
「蘭皇。ここではっきり言うけど。――他の男に取られまいと守華さまを囲おうとするのは、蘭皇が守華さまを慕っているからです」
「私が……守華を……?」
蘭明は思わず自分を指差し、それから守華を指差す。
星曜と八軒は、同時に うんうん と力強く頷いた。
「今までのことを思い出してください、蘭皇」
八軒が静かに追い詰めるように口を開く。
「皇后に罰を与えられたと聞き、雨の中を駆けつけました。海皇に先を越されたとはいえ、その必死な表情を私は忘れません。
守華さまのために特注の衣を仕立て、喜ばせようとしました。刺客が現れた夜には、一晩中傍を離れずに寄り添われました。
それだけではありません。守華さまが海皇に菓子を作られたとき、甘い物が苦手なはずの蘭皇は一つ残らず口にされました。
海皇が町へ連れ出したと聞き、翌日には誰にも見せたことのない場所へご案内なさいました。
琉璃を庇った折、海皇が守華さまにマントを掛けた瞬間、それを取り返して突き返したのも蘭皇でした。
そして極めつけは――倒れた守華さまを抱き寄せた海皇を見て、奪われまいと海皇に手合わせを挑まれたこと。
……これらすべて、慕っていない相手にできますか?」
八軒の言葉が刃のように胸に突き刺さる。
蘭明の瞳が揺れ、口がわずかに開く。
「あっ……」
これまでの行動の一つひとつが線となり、思わぬ形で結ばれてしまった。
「これが……人を慕うということなのか……?」
呟きは自分自身への問いかけ。
星曜と八軒は同時に うんうん と頷いた。
その姿を目にした蘭明は、ゆっくりと守華の方へ視線を向ける。
その眼差しには、これまで隠してきた想いと、初めて気づいた心のざわめきが宿っていた。




