24.毒より危険なキス
大きな木の下の草むらに横たわる守華は、ひとりでボーッと青空を見つめていた。
鮮やかな青と、ゆっくり流れる白い雲。
まだ暑い日が続いていたが、大きな木の影とそよぐ風が心地よく、眠気に抗うのも難しかった。
今日は稽古の相手がいなかったので、こっそりひとりで気分転換に出てきたのだ。
目を閉じて風を感じているうちに、うとうとと意識が遠のく。
ふと目を開けると――目の前に、鼻と鼻がくっつきそうな距離で蘭明が立っていた。
驚きで声も出ず、目が大きく見開かれる。
2秒ほどの沈黙の後、守華は両手で勢いよく蘭明を押しのけた。
蘭明は後ろに倒れ、大の字になって空を見上げる。
勝手に屋敷を出たの、怒られる!!
守華は頭の中で焦っていた。
「気持ちよさそうに寝てたな」
「いつからいたのよ!」
「結構前から」
もしかして、よだれを垂らしていなかっただろうか。いや、いびきをかいていたかもしれない――。
「守華は寝てるときも何か食べてるのか?」
「へぇ?」
思わず間抜けな声を出してしまう守華。
「寝ながら口をむにゃむにゃ動かしてたぞ」
一気に顔が真っ赤になる。
「私の寝顔見たんなら…」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、横になっていた蘭明が勢いよく起き上がり、守華に向かって手を伸ばしてきた。
いきなり近づいてくる距離感に、守華の心臓はドキドキと速くなる。
蘭明の手は、守華の顔の横をすり抜け、そのまま後ろへ伸びた。
次の瞬間、蘭明の表情がわずかに歪む。
「え?」
守華が振り向くと、そこには蘭明の手に噛みついた毒蛇の姿があった。
牙が深々と食い込み、赤黒い血がにじむ。
「きゃーーっ!!」
蛇が大の苦手な守華は、思わず目を閉じて叫んだ。
しかし蘭明は冷静に蛇を振り払い、腰の短剣で一閃。
毒蛇はその場に崩れ落ちた。
「蘭明!? 大丈夫!?」
「……ああ、このくらい、大したことない」
軽く言う蘭明に、守華の顔が青ざめる。
「なにが大したことないのよ!? 毒よ、毒!!!」
焦りで頭が真っ白になる。
――毒のときはすぐに吸い出せば助かる。ドラマでそうだった!
「やるしかない……!」
守華は蘭明の噛まれた手を掴み取り、ためらうことなく唇を傷口に押し当てた。
ちゅっと血を吸い上げ、ぺっと吐き出す。
そして、また吸っては吐く。何度も何度も。
「……守華」
蘭明は言葉を失っていた。
毒が移るかもしれないのに、一心不乱に自分を助けようとしている。
その必死さが、まっすぐすぎて、胸を強く打つ。
見つめることしかできなかった。
――守華がこんなにも自分のために動いてくれるなんて。
何度も何度も血を吸って吐いてを繰り返した守華。
唇は赤く染まり、汗に濡れた額の髪が頬にはりついている。
「よし!これだけ出せば大丈夫でしょ!」
安堵の笑顔を向ける守華。
「守華……お前、毒を吸い取ったら……守華の体にも毒が入るかもしれないんだぞ?」
「……あっ!」
そのことに思い至って、愕然と固まる。
必死で蘭明を助けようとすることしか頭になかったのだ。
次の瞬間――視界が暗転する。
気づいた時には、蘭明の顔がすぐ目の前にあった。
守華の唇を、彼が奪っていたのだ。
「……っ!」
驚きに目を見開いたまま固まる守華。
蘭明は、唇をなぞるようにゆっくりと舐め、そしてふっと離れて彼女の瞳を見つめた。
「何をそんなに驚いている?」
「……だって、今……」
人差し指で蘭明の唇をさし、自分の唇に触れる守華。
「毒の血を吸ったんだ。守華の唇にも毒がついていたから……私が取っただけだ」
「あ……あ〜」
ドキドキを必死に隠し、平然を装いながらも声は震える。
次の瞬間、守華は回れ右をして――小走りで走り去った。
残された蘭明は、まだ温もりを残す唇に指を触れ、ひとり小さく笑う。
「……あれが“必死で助けようとした唇”か……」
心の奥で湧き上がる熱を抑えきれなかった。




