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守る華・守られる花  作者: ミシル
第一章 蘭

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20/113

20.麗しき姫のドタバタ抗争

今日は、夏翠公主主催のお茶会──と名付けられた社交の集まりに、守華も招かれていた。


正直、守華は行きたくなかった。しかし、屋敷から外に出られる機会でもあるし、付き合いも大事だと小心に諭され、仕方なく足を運ぶことにした。


服装は恥ずかしくないよう、皆が着る長いスカートの礼装だ。


「夏翠公主、本日はお呼びいただき、ありがとうございます」


一応、礼儀としての社交辞令を口にする守華。


しかしすぐに、冷たく嫌味を込めた声が耳に届いた。


「本当は来たくなかったんでしょ?」


守華は一瞬眉をひそめる。言い方に嫌味が含まれているのを見逃さなかった。


「いえ、そんなことございません。蘭皇の屋敷にずっと滞在している私にとって、このようなお招きは誠に嬉しい限りでございます」


心の中で深呼吸をして、冷静さを装う。


しかし、ささやき声は止まらない。


「夫人でもないのに、なんで蘭皇の屋敷に居座るの?」

「いい体もしていないのに、夜伽のためでもなさそうだし…」


守華は予想していた通りの影口に、心の中で少しだけ苦笑する。


――言わせておけばいい。


彼女は気にせず、席についた。

その表情には、表面上の落ち着きと、内に秘めた覚悟が入り混じっていた。


一杯目のお茶をゆっくり味わい、次のお茶が注がれる。


守華はふと視線を感じた。

夏翠公主が、ニヤリと笑いながらこちらをじっと見つめている。


――何か企んでる…?


守華は身をすこし引き、警戒しつつも注がれたお茶を口に運ぶ。


「ゴホン、ゴホン!」


むせた音が、静かな部屋に響く。

夏翠は眉をひそめるどころか、むしろ薄く笑みを浮かべて守華を見つめ続ける。


「あら、どうかしたのかしら?」


守華は一瞬、夏翠を鋭く睨む。

だが、すぐに穏やかな笑顔を作って答えた。

「いえ、少し熱かったもので、ついむせてしまいました」


夏翠の笑みはどこか狡猾で、守華の背筋に小さな緊張が走る。

「そう?私のは熱くないわよ。気のせいじゃないかしら?

それに、冷めたお茶は美味しくないもの。ほら、早く飲んでみて」


その目は、ただの社交辞令の微笑みではなく――

挑発するような、狙いを秘めた目だと守華にはわかる。


周囲の高貴な女性たちの視線も、冷ややかに守華を追う。


苦笑いを浮かべつつ、守華はお茶をぐっと飲み干す。

「夏翠公主、とても美味しかったです。

蘭皇に早めに帰るように言われておりますので、私はこれで失礼いたします」


一礼してその場を立ち去る守華。

後ろで揺れる夏翠の微笑は、どこか得意げで、守華の心に小さな緊張の残像を刻む。


――今日も、何とか切り抜けた。


だが、守華はわかっていた。

この場の空気や夏翠の微笑は、決してただのお茶会ではない。

周囲に見せる華やかさの裏で、女性たちは互いの立場を探り合い、弱点を見つけようとしている。


守華は小さく息をつき、心を落ち着けた。

――ここでの立ち回りも、少しずつ慣れていかなくちゃ。

未来に戻るためには、ここで生き抜く力が必要だ。


そう心に誓いながら、守華は廊下を静かに歩いていった。


「守華さま、蘭皇にそんなこと言われておりませんよ?」

小心が後ろから声をかける。


守華はその声に立ち止まり、背筋を伸ばして夏翠のほうを振り返る。

「やられたらやり返すのみよ!」


再び歩き出す足取りには、迷いもなく、決意が込められていた。


「どうかしましたか?」

小心が尋ねる。


守華は少し息を整えながら答えた。

「1杯目は普通のお茶で安心させておいて、2杯目は吐きそうなぐらい苦いお茶になってたのよ」


小心は思わず口に手をあて、目を丸くする。

「……あらまー」


守華は眉をひそめ、目を細める。

「私より年下のくせに、この守華をなめんじゃないわよ」


口元だけに笑みを残し、心の中で次の策を練る。

このお茶会、ただのお茶会じゃない。夏翠公主の狙いは確かに――楽しげな表面の裏に潜む、権力と駆け引き。


守華は軽く肩を回し、頭を上げた。

――負けない。絶対に負けない。


そして、彼女の視線は夏翠公主を射抜くかのように鋭くなる。

今日の私は、ただのお客じゃない。



お茶会から数日後――

「久々に蘭皇の屋敷に遊びに来たわね」

夏翠公主が星曜に向かってくすっと笑う。


「私はいつも来てるけどね」

星曜は軽く肩をすくめ、涼しげに返す。


「私は星皇みたいに暇じゃないのよ」

夏翠は皮肉っぽく答えた。


数日前、星曜が蘭明の屋敷に来た際、守華はふと疑問に思った。

――なんで星曜はいつも来られるのに、夏翠はほとんど来ないのか、と。


どうやら、公主として学ぶべきことが多く、日々忙しくしているらしい。

息抜きに連れてきなさいよ、と星曜に頼んで、今回こうして夏翠も屋敷に来られることになったのだった。


廊下ですれ違いざま、守華が一礼し顔を上げる。

夏翠が来ることを予測して、服装は無難な長いスカートを選んでいた。

――短い服を着ていたら、何を言われるかわからない。


「夏翠公主、先日はお招きありがとうございました。また、ぜひ呼んでくださいね」

守華はにこりと笑う。


「へぇー、なになに、守華がお茶会に行ったの?」

夏翠の目が興味深そうに輝く。


「はい」

守華は控えめに答える。


「守華があの中にいるところを見てみたかったな」

「では、次は星曜も一緒に」

守華が軽く返すと、夏翠は首を振る。


「だめよ。お茶会は女だけなの」

きっぱり言い切る夏翠。


「ざんねーん」

星曜は残念そうに肩をすくめる――本当に残念なのか、それとも演技なのかは誰にもわからない。


二人は笑いながら蘭明の部屋へ向かい、守華はその姿を見送りながら静かに廊下を進んでいった。


「小心、準備はできた?」

「はい!もちろんです。台所に全部揃えてあります。」


2人は顔を見合わせ、悪巧みの笑みを浮かべる。息をひそめるように、台所へと駆け出した。



「蘭明、入ってもいい?」

「守華か?」

「はい、今日は暑いので飲み物を持ってきました」

「入れ」


守華のお盆の上には、三つのコップが並んでいる。順番に蘭明、星曜、夏翠へと置く。


「気がきくね」

星曜は一気に飲み干す。

蘭明もぐいっと飲み、夏翠も同じように口をつける……


しかしコップを置いた瞬間――


「ぶーっ!」


夏翠が口に入れた水を思わず吐き出す。

周囲が一斉に「大丈夫か?」と彼女を見やる中、守華はすかさずコップを入れ替え、夏翠が飲んだものを小心に渡して隠す。


「夏翠公主、どうかされましたか?」

「な、なにこの飲み物…」


星曜が少し味見をして眉をひそめる。

「夏翠、これ普通の水だよ。吐くなんて大げさだな」


えっ?と目を丸くして再度口をつける夏翠。


「あれ、水だ……」

「大丈夫か?」


夏翠が守華を見ると、そこには「ざまーみろ」とでも言いたげな笑み。

やられたと気づいた夏翠は悔しそうに顔をしかめた。


「夏翠公主、顔が真っ赤ですよ?」

小心が囁くと、守華もくすくすと笑いをこらえる。


夏翠は悔しそうに、そして少し恥ずかしそうに、

「な、なんで私だけ……」


「ふふっ、それは秘密よ」

守華は得意げに言って、守華はお盆を手で軽くトントンと叩きながら、にやりと笑った。


「でも、水なのにここまで驚くなんて、夏翠公主も意外と可愛いところあるのね」

守華はからかうように夏翠の肩を軽くつついた。


星曜と夏翠が屋敷を出ると聞き、守華は門のそばで待ち構えていた。

「じゃーねー、また来てね!」

ぱたぱたと手を振る守華。


すると、星曜が去ったあと、夏翠だけが足を止め、守華の前に立った。

「さっきは……よくもやってくれたわね」

悔しさを隠しきれない声。


守華は涼しい顔でニヤリと笑う。

「だって、とても“美味しい”お茶をいただいたから。そのお返しよ」


夏翠の眉がきゅっと寄り、口元が悔しそうに歪む。

「……見てなさい」


「ええ、いつでも受けて立つわ。ただし――やられたら必ずやり返すから、そのつもりでね」

守華は後ろ向きになり、屋敷の中へ歩きながら軽やかに手を振った。


睨みつけていた夏翠の瞳が、ふと揺らぎ……最後には小さく笑みをこぼしていた。

そして、踵を返すと、足取り軽く屋敷を後にした。


それから一週間後。

再び、守華は夏翠公主のお茶会に呼ばれた。


何か仕掛けてくるのは分かっていた。

けれど、ここで行かなければ「負け」になる。

守華は完全戦闘態勢で会場に向かった。


──しかし、お茶会は拍子抜けするほど何事もなく終了。

守華は一言も話さず、ただにこやかに聞き役に徹していた。


帰り際、夏翠が笑顔で近寄ってきた。

「前のことは反省してるのよ。許してね」


(反省してるなら……まあ、許してあげてもいいけど)

そう思った矢先だった。


視線の先、足元に細い縄。

(ふん、こんな小細工――!)

守華は軽やかに飛び越えた。


だが着地した先は、見事に泥水の上。

「きゃっ!」

次の瞬間、つるりと滑って泥まみれに。


「守華さまー!」

小心が慌てて駆け寄るが、守華の顔を見た瞬間、ぷっと吹き出してしまった。


「しょーしーん……!」

にらみつけられ、慌てて口を押さえる小心。


一方、夏翠は口元を抑えて笑っていた。

「守華、大丈夫?顔が泥だらけよ。足元には気をつけないと」


「かーすーいー!!」

怒り心頭の守華。


夏翠が優雅に背を向けて歩き出すのを見て、守華はそっと背後に回り込む。

そして――膝カックン。


「きゃっ!」

夏翠が見事に前のめりに転ぶ。


守華はくるりと身を翻し、逃走開始。


「守華ーーーー!」

振り返った夏翠の絶叫が響き渡る。


守華も振り返り、舌を出してあっかんべー。

「言ったでしょ?やられたらやり返すって!」


笑い声を残しながら、守華は全力で駆けていった。


また、ある時のこと――。


「守華さまー、夏翠公主から仲直りの贈り物が届いております」

「えー、夏翠が?どうせ、また何か仕掛けてくるんでしょ」

「でも、今日は蘭皇や海皇、星皇もご一緒ですから、そんな場で意地悪はできないのでは?」

「……たしかに、それもそうね」


そう言って蘭明の部屋へ向かうと、三兄弟は楽しげに語り合っていた。

とりわけ海尭の姿を見つけた守華の表情は、ぱっと花開くように明るくなる。


「守華、これは私からの贈り物よ」

海尭との会話を遮るように、夏翠がすっと割り込んできた。

口元には妙に含みのある笑み。


「開けてみて」


嫌な予感はした。けれど、この場で断るのも不自然。

皆の視線が集まるなか、守華は恐る恐る箱の蓋を開けた――。


「うわああああああっ!!!」


奇声と共に、守華は椅子からひっくり返った。

箱の中には、毛虫の大群。もちろん精巧な作り物だった。


一瞬、場が静まり返る。

そして――三人の皇子たちは同時に吹き出し、大爆笑。


「はははっ!」

「なんだ、偽物か」

「守華の顔、真っ赤だぞ」


夏翠も楽しそうに肩を震わせて笑っていた。


守華は顔を真っ赤にしながら、きゅっと唇を噛む。

(やられた……!でも、負けてられないわ!)


そのまま何も言わず、部屋を後にした。

心の中では、次なる仕返しをもう企んでいた。


守華は小心に紙を持ってこさせた。

本当は風船が欲しいけど、この時代にはそんなものはない。


(なら、工夫するしかないわね)


紙を折って袋状にし、ふうっと息を吹き込む。

膨らんだ袋を指で叩くと、「ぱんっ」と乾いた音。

よし、これなら。


桜音亭の前に机と座布団を並べる。

夏翠が座る場所は、もう頭の中に出来上がっている。

そっと座布団の下に仕掛けを忍ばせた。


準備万端。

お茶と菓子を用意して、何食わぬ顔で待つ。


「さっきの驚きぶりは面白かったよ」

星曜が守華の前を通りざまにひやかしてくる。


「何を企んでるだ」

蘭明は耳元で囁くが、守華はわざと視線を逸らした。


みんなが順番に腰を下ろし、最後に夏翠がどっかりと座った瞬間——


「ぶぅぅぅ〜」


間の抜けた音が座敷に響いた。

三人の皇子たちは同時に夏翠を見る。

夏翠は顔を真っ赤にしてキョロキョロ。


守華と小心は口を押さえて、肩を震わせる。


「夏翠、みんなの前でおならかー!?」

兄の星曜は容赦ない。


「ち、違うわよ! 本当に私じゃない!」

夏翠の視線が守華を射抜く。


守華は舌を突き出して——あっかんべー。


「守華ーーーっ!」


夏翠は立ち上がり、守華を追いかける。

「やられたらやり返すって言ったでしょー!」


「だからって、あんな下品なこと!」


「いい音でてたじゃない!」


「何がよ! よくも恥かかせたわね!」


「恥かいたのはお互いさまよー!」


二人は庭をぐるぐる走り回る。


「あの二人は……何をしているんだ?」

星曜が首をかしげる。


「仲がいいのか悪いのか」

蘭明も苦笑。


「まぁ、好きにやらせておけばいい」

と最後に桐嶺(仮に三人目)が肩をすくめる。


三人の皇子は、追いかけっこする二人を見ながら笑い合った。

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