18.月に誓う涙
月明かりに照らされて、桜音亭の庭は昼のように白く輝いていた。
季節は春から夏へ。空気もどこか軽くなり、虫の声が混じり始めている。
守華は屋根の上にいた。
――ここが一番、月がきれいに見える場所。
少し前に見つけた、桜音亭の脇の盛り上がった地面。そこに梯子を隠しておいて、誰にも気づかれないように屋根に登るのだ。
泣きたくなる時や、どうしても1人になりたい時は、必ずここに来て月を見上げた。
もし見つかっても、自分の部屋の屋根の上だ。叱られる理由はない。
そこは、守華だけの小さな秘密の場所。
「光る石も見つけられず、首に刀を突きつけられ、毒茶で試されて、無実なのに鞭で打たれて……最後には刺客まで。ここに来て三ヶ月、ろくなことがないじゃない。」
屋根に腰を下ろし、空を仰いで大きく息を吐く。
やがて、そのまま仰向けに寝転んだ。
「……私、何やってるんだろう」
視界いっぱいに広がる月が、滲んでいく。目尻から、涙がこぼれ落ちた。
上半身を起こし、月に向かって手を伸ばす。
「ねぇ、お月様……どうして私をここに連れてきたの?私はどうしたらいいの?導いてくれないの……?」
声に滲む涙は止まらない。
ここに来てから、月を見ても泣いたことはなかったのに――今夜だけは、心がどうしても抑えられなかった。
「月はこんなに綺麗なのに、人の心はどうしてこんなに汚れてしまうんだろう」
蘭明のように毒を盛ることも、
皇后のように気に入らなければ罰を与えることも、
刺客のように人を斬ることも、
ここではすべて“当たり前”。
やらなければ、やられる。
それがこの世界。
でも、目の前で刀や矢で人が死んでいくのを見てしまったら――どうして「当たり前」だなんて思えるだろう。
「……人は人、なのに」
頬を伝う涙を拭き、深く息を吐く。
両手で自分の頬をパンッと叩いた。
「大丈夫!大丈夫よ、守華。光る石を探して日本に帰る。それがママに託されたこと。ここで死ぬわけにはいかない!」
声に出して、自分を奮い立たせる。
生き残るためには、この世界に慣れなくてはいけない。
そう自分に言い聞かせ、もう一度夜空を仰ぐ。
白い月が、守華の決意を静かに見下ろしていた。




