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守る華・守られる花  作者: ミシル
第一章 蘭

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14.春の終わりに芽吹く恋心

桜音亭の前の桜の木も、いつの間にか花を落とし、葉桜へと変わっていた。風に舞うのは淡いピンクの花びらではなく、地面に溜まった桜蕊がゆらりと揺れ、儚さを帯びた春の余韻を残している。


ここに来て一月半──


守華はこの一月、ずっと大人しくしていた。だがそろそろ、動かないと。行動を起こさねばならない。真正面から出るのは難しいだろうし、やっぱりドラマみたいに塀を越えるしかないのか──。


頭の中で想像していた塀は、画面越しだと軽々と乗り越えられそうに見える。でも実際には、思った以上に高い。そりゃーそうだよね。簡単に入れたら、毎日のように泥棒が押し寄せちゃうよね。


「はしごだ。」


小心に頼み、はしごを持ってきてもらった。


「守華さま、はしごなんて、何に使うのですか?」


「小心、いい?ちょっと向こう側に行くから、もし蘭明が私のところに来たら、『具合が悪くて寝ている』って言って、部屋には入れないで」


「何を言うんですか!?そんなの無理ですよ。それにお一人では危険です。」


「大丈夫、大丈夫!こんな場面、ドラマで何回も見てるから、何とかなるのよ」


小心の心配そうな顔を振り払い、守華ははしごを塀に掛け、登り始めた。塀の上にたどり着くと、眼下に広がる城下町の景色が目に飛び込む。人々の行き交う様子、屋台の賑わい、子供たちの声――想像以上に生き生きとしていた。


「わー、すごーい。」


「守華さまー、そこからどうやって向こうに降りるのですか?」


「小心、はしごを上にあげてー!」


戸惑う小心の目の前に、はしごを掴む手があった。


蘭明だった。


小心はすぐに後ろに下がり、頭を下げる。


「小心、はしごはやくー」


守華が叫ぶも、はしごは既に蘭明と八軒、小心の三人に取り上げられていた。


「今度は何をしようとしてるんだ?」


「な、何をって、この城下町の眺めを見ているのよ。ずっと屋敷の中ばかりだったから、外の世界が気になって」


「そうか、ならそこでずっと見ていればいい」


「行くぞ」


「え、え、ちょっとー!はしごを置いていきなさいよー!しょうしーーーん!」


小心は後ろを振り向き、守華に何度もごめんねのポーズをしながら、去っていった。


「なんなのよ!あのくそ男!! 私を置き去りにするなんて! ここから飛び降りろっていうの!? あー、もう男として信じられない、胸くそ悪い!」


怒りをぶつけつつも、眼下の景色は心を癒すものだった。商人の声、子供の笑い声、赤ちゃんの泣き声。ここでは誰もが穏やかに生活している。その喧騒のない日常が、守華には心地よく映った。


「きっと、ここに光る石がある。早く見つけないと」


その時、下の方から声が聞こえた。


「守華さまー」


白鋭がはしごを持って現れたのだ。


「蘭皇が反省しただろうと、お許しが」


「ちっ、何が反省よ」


そう言いつつも、守華ははしごを伝って無事に降りた。


「白鋭、ありがとう」


「いえいえ」


守華は大人しく屋敷に戻り、小心がすぐに駆け寄る。


「守華さま、お怪我はしておりませんか?」


「しょーしーん、裏切ったわねー」


小心はすぐに膝を床につき、謝罪の姿勢を見せる。


「分かってるよ。怒ってないから。あそこから見る城下町は、予想以上に素敵だったわ」


「そうでしたか。ここはいい国です。海皇、蘭皇、星皇も仲が良く、権力争いなんて全くありません」


「凄い。権力争いがないなんて…」


「三人の皇子は誰が次期陛下になってもいいと思っているのです」


何となくだけど、守華はもっと陽月国を知りたくなっていた。




守華は桜の木の下に立ち、もう花がついていない桜の木を見つめていた。

「私は、いったい何をしているのだろう――。」

時計の針だけが容赦なく進み、私の手は何も掴めずにいる。時間は確かに過ぎているのに、心の中は空っぽで、何も成し遂げられていない自分に情けなさが押し寄せる。

ふと、守華の目が木の枝の先に向く。枝は屋敷の塀の方へと自然に伸びていて――あれ、塀までつながっている?


胸の奥がドキリと高鳴る。これなら、あの高い塀もこれられるかもしれない。守華は無意識に小さく笑みを浮かべ、慎重に桜の木に足をかけた。


短いスカートにしておいてよかった、と内心で思う。木に登れば塀へと繋がっている。今なら、誰もいないし──。


守華は勇気を振り絞り、桜の木を伝って塀までたどり着いた。


「ここまできたのはいいけど・・・どうやって降りよう」


少し考えていると見覚えがある人が通った。


「海尭!」

海尭はキョロキョロとしていた。


「ここ!上だよ上!」

手をふる守華。


「守華か。そんなところで何をしているのだ?」


「海尭、飛び降りるから受け止めてー!」


守華は躊躇なく海尭の元へ飛び降りる。海尭は瞬時に駆け寄り、守華を受け止めた。二人の目が合う。空気が一瞬止まったかのように、心臓の高鳴りが互いに伝わる。


「さすが海尭ね! 受け止めてくれた」


「あんなところから飛んだら危ないじゃないか」


「大丈夫だって! 海尭がいるから!」


守華は無邪気に笑う。


「守華、その、、、」


「え?なに?」


「そんな肌が見えてたら・・・」

海尭は少し赤くなった頬を隠すように自分の羽織を脱ぎ、守華にかけた。


「ありがとう」


「正面から出ればいいのに」


「出れるなら私も出るわよ。出れないから、蘭明がいないタイミングを見計らったの」


「蘭明が心配するだろう?」


「心配? するわけないない!」


「どこに行こうとしてたんだ?」


「少し、気分転換したくて。ずっとこの中だったし」


嫌な顔をしながら、屋敷を指さす。


海尭の屋敷に行くことになり二人は笑いながら屋敷へ歩いていった。距離にしてほんの5分ほど。

こんなに近いならいつでも来れると嬉しくなった。


屋敷に着くと、陽月国や海尭のこと、生活の様子などを語り合った。


海尭は陛下と側室の子。


側室の子だから皇でも身分はそんなに偉くないけど、弟2人は慕ってくれているという。


武芸もそれなりにできるが、弟2人には負ける。


その分、頭を使うことは得意だから、戦は二人に任せて陛下の手伝いや時には戦の戦略を考えるのが海尭だと言うこと。


「負けを認めて、自分が得意なことを生かすってすごいことね。私なんて負けてても認めたくないもん」


と笑いながら答える。


時間はあっという間に過ぎていく。海尭と一緒にいると、不思議と落ち着いた自分を感じた。


「このまま、海尭の屋敷で暮らせたらいいのに…」


心の中でそうつぶやく守華。海尭も、輝く笑顔で守華を見つめ、目が離せなくなっていた。


しかし、現実は甘くない。


「そろそろ、戻ったほうがいいのでは?」


「そうね。また来てもいい?」


「もちろん。守華ならいつでも歓迎する」


海尭に屋敷まで送ってもらい、守華は屋敷に戻った。


そして――本当に運が悪いというか、良いというか。

最悪のタイミングで、蘭明たちと鉢合わせてしまったのだ。


「……海皇」

低い声で名を呼ぶ蘭明。

その隣で八軒が静かに頭を垂れる。


「なぜ、ここに?」

鋭い視線が海尭へと突き刺さる。


守華は条件反射のように海尭の背中へ身を隠した。

その様子に、蘭明の瞳がかすかに細まる。

海尭もちらりと後ろを振り返り、守華の怯えた姿を確認する。


「私が暇で蘭明の屋敷に立ち寄ったのだが、留守でな。偶然守華がいて……我が屋敷に招き、話し相手になってもらっていた。」

落ち着いた声で答える海尭。


「そうそう! 海尭の屋敷がこんなに近いなんて知らなかったわ。蘭明も教えてくれたらよかったのに!」

守華は必死に取り繕うように笑みを浮かべ、声を弾ませる。


蘭明は静かに守華と海尭を見つめていた。

守華が慌てて彼の背に隠れる仕草に、胸の奥で小さな棘がチクリと刺さる。

なぜ、あの女は自分ではなく、海皇を頼るのか。


蘭明は一瞬だけ沈黙し、それから短く言った。

「……海皇、わざわざ送っていただき感謝する。」

表情は変えず、声も冷ややか。

だが言葉の端に潜む硬さを、八軒も白鋭も敏感に感じ取っていた。


「ありがとう。」

守華が軽く手を振る。

その小さな仕草を、海尭は目に焼き付けるように見つめた。


やがて、屋敷の門をくぐり、蘭明の背に続いて中へ入った瞬間――。

守華は一目散に走り出した。


守華が走るように屋敷へ駆け込む姿を見届けると、蘭明はしばしその場に立ち尽くした。

胸の内に渦巻く感情を振り払うように、低く吐き捨てる。


「……くだらん。」


だが、頭にこびりつくのは海尭と笑っていた守華の顔。

苛立ちと共に、どうしようもなくその表情が焼き付いて離れないのだった。


守華は駆け込むように部屋へ戻ると、背を扉に預け、胸に手を当てた。

まだ鼓動が速い。

頭に浮かぶのは、先ほど自分を庇った海尭の広い背中と、優しく差し出された手。


「……あんなふうに、守ってくれるなんて。」


この心臓の高鳴りは、なんなんだろう――。


春という時間が、静かに幕を下ろした余韻の中で、守華の胸の奥に芽吹いた淡い想いが、ひそやかに、しかし確かに、鮮やかに浮かび上がった。


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