1.卒業前夜、運命の月が昇る
太陽から月が生まれた、その日――
世界に、ひとつの宿命が刻まれた。
アザを持つ者、現れし時。
その存在は、運命を揺るがす鍵となる。
妖石と、アザある者の力が交わるとき――
いかなる願いも叶えられるだろう。
それは祝福か、それとも破滅か。
語り継がれたこの予言を、信じる者は少ない。
だが、時は満ちた。
今、運命の輪は静かに回り始める――。
そしてその渦に、ひとりの少女――
神崎守華の運命が巻き込まれてゆく。
明日、3月1日は高校生活最後の日。
そう――卒業式。
そして同時に、守華の十八歳の誕生日でもあった。
神崎守華。
どこにでもいる、平凡な女子高生。
母は中学一年のとき、病に倒れて逝ってしまった。
それ以来、家族は父と二人きり。
けれど、寂しさに押しつぶされたことは一度もなかった。
優しい父に恵まれ、気の置けない友人たちに囲まれ、大学にも合格して――まさに順風満帆。
ただひとつだけ、恋だけはどこか他人事のように遠かった。
付き合った人がいなかったわけではない。
けれど、心の底から「好き」と言える相手は一人もいなかった。
相手もまた同じ。守華を“本気で愛した”人はいなかったのかもしれない。
だから、恋はいつも長続きしない。
――けれど、妄想は自由だ。
ドラマの主人公に自分を重ね、胸を高鳴らせる時間。
それだけで十分に満たされていた。
「日本全国で観測可能な皆既月食が見られます。本日の22時ごろから始まり、完全に月が隠れるのは3月1日の0時ごろ――」
テレビから流れるアナウンサーの声に、守華は顔を上げた。
「皆既月食……? そういえば、もう何年も月なんて見上げてないな。」
せっかくだし、外に出てみよう。
今夜を逃したら、次はいつ見られるか分からない。
そんなことを思いながら、守華はスマホを手に取り、いつものように華流ドラマを再生した。
――コンコン。
「守華、入るぞ。」
父の声とともに扉が開く。
「どうしたの?」
振り返った守華に、父は少し照れたように笑った。
「いや……明日、卒業式だろ?」
「うん。パパも来てくれるんでしょ?」
「ああ、もちろんだ。」
父と娘は、とても仲が良かった。
町を並んで歩けば、カップルに間違えられることもあるほどだ。
「守華も、もうこんなに大きくなったんだな……。昔は“パパと結婚する!”なんて言ってたのにな。」
父の目がほんのり潤んでいるのを見て、守華は思わず吹き出した。
「ちょっと、パパ。結婚なんてありえないでしょ。」
「はははっ。そうだな。でも……こんなに元気に育ってくれて、本当に良かった。ママも、きっと喜んでる。」
「……うん。見てくれてるよ、きっと。」
少しだけ胸がきゅっと締めつけられる。
母の笑顔がふと脳裏をよぎった。
「べっぴんさんになった守華を見て、驚いてるだろうな。」
「だって、美人なママとイケメンなパパの子供だからね。」
軽口を返すと、父は穏やかな目で娘を見つめた。
「……本当に、ママに似てきたよ。」
「そう?」
「彼氏ができたら、ちゃんと紹介するんだぞ。」
「残念ながら彼氏募集中でーす。」
「じゃあ、パパが立候補してやろうかな?」
「はいはい。調子いいんだから。」
呆れたふりをしながらも、守華は少しだけ口元を緩めた。
「明日は最後の高校生活だ。寝坊するなよ、早く寝るんだぞ。」
父はそう言い残し、静かに部屋を後にした。
残された守華は、窓の外の夜空をちらりと見上げる。
漆黒の闇に浮かぶ月は、今夜、どんな姿を見せるのだろう。