第八話 巻き込まれた者
先のミッドウェーで勇猛果敢に戦い、機動部隊本隊の残存機を収容した飛龍は、いざ友軍の艦隊と合流しようとしている道中であったが、再び謎の霧に包まれてしまった。もちろんのこと彼等に渦巻く霧が晴れるかは、山口にも分からないでいた。
加来「・・・司令、これからどうします?」
山口「それ以上言わんくても良い、だが艦載機の出撃は、今のところはできそうにないな」
加来「ですな。しかし一体ここはどこなのでしょうな?」
山口「分からん、だがこれ以上の燃料の浪費は謹んでいる限り、艦載機は霧が晴れん限り飛ばせん」
加来「そうですね、私的にやはりアリューシャンまで撤退した方が良いかと思います、晴れたら艦載機の発進を・・・」
山口「ああ、そう考えているのだが、一体ここが何処なのかわからない以上は下手に艦載機を動かす訳にいかん。最悪、母艦に帰って来れるか分からんからな。まぁ仕方の無いことだ、再び晴れずに移動してしまえば、とても日本には帰れんぞ」
加来「ですが・・・」
観測員「艦長!十時方向!距離五百メートル前方に艦影!」
山口「総員!戦闘配置!」
そう言うと甲板にいた乗員たちは、小銃や二十五粍機銃を何かがやってくる方向へと向けた。しばらくすると目の前に停船している輸送船が現れた。
だが皆の目はその艦尾になびく星条旗が高らかに揺れている。全員が身構えるも、その輸送船からは一発の銃弾すら飛んでこない。
加来「司令、あの輸送船は・・・」
山口「どうやら敵のもののようだな」
加来「そうでは無くて、どうしてこんな所で止まっているのです?」
山口「分からん。だが少なくとも只事ではないな」
加来「分かっています、指示を」
山口「分かった。乗員をあの給油艦の乗員探索に向かわせてくれ」
加来「分かりました。総員!戦闘配置のまま待機せよ!左舷対空砲群は照準を輸送船に向け待機、同じく左舷機銃群も照準を輸送船に向け待機、操舵はできる限り横に艦をつけろ!ぶつけても構わん!停船できたら、橋をかけ右舷にいる乗員は小銃を持ちすぐさま突入準備にかかれ!もし兵が帰還していない場合はやむおえず、対空砲で撃沈処分する!」
それを聞いた乗員たちは、慌ただしく指示の通りの配置につく。山口と加来はじっとしてられず、艦橋を降りて甲板へ向かっていった。この間でも輸送船は何かあるわけでもなく、ただ海に佇むだけで、その光景を見た飛龍の乗員たちは少し薄気味悪さを感じていた。
そして飛龍が輸送船の目の前に迫まると、少し船体を擦りながらすぐさま近くに投錨した。甲高い音が響きながら完全に停止すると、乗員の数人がどこからか清掃用に使う命綱を持ってきて、あらかじめ対空砲に括りつけると、甲板からゆっくり降りていった。降りる事ができた乗員が合図をして縄梯子が下されると、一部の乗員は小銃や拳銃を持って輸送船に降りていく、その背中を山口と加来はただ眺めていた。
「では、いってまいります!」
と一人の乗員が手を振って伝えると、数人の乗員らと共に中へと入っていった。不思議な事にここまでされても、敵は一向に現れなかった。
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飛龍から輸送船に渡った乗員たちは、すぐさま艦内に突入していった。内部の電気は完全に停止していて、持ってきたカンテラの明かりを頼りに進んで行くしかない。甲板にいる乗員らは、警戒しつつも捜索を始めていた。幸いにも未だ敵からの攻撃は、全くなかった。
そんな中、ある兵士たちが給油艦の内部を探索してるさなかでそれは起こった。
乗員1「班長、どうですか?」
班長「さっぱりだ、人っこ一人もいねぇ、そっちはどうだ?」
乗員1「こっちもです、一部屋ずつ調べているのですが、いかんせんどこにもいなくて」
班長「確か入ったのは全員で九人だったな、そんな人数では効率が良くないかもしれんな」
乗員1「やはりそうですか。甲板を捜索している者が入ってくるまで少し待ちます?」
乗員2「お話中失礼します。後部艦橋の捜索を完了しました!」
班長「どうだった?」
乗員2「はい!後部艦橋に人がいた痕跡はありませんでした」
班長「そうか・・・」
乗員2「でもティーカップならありました。一応は人がいるようです」
班長「居るならいいが敵だぞ、とりあえず気をつけていかないとな」
乗員1「しかし、どうしてこんなに鉄くさいんでしょう?」
班長「確かにな、一体この匂いは・・・」
乗員3「は、班長!」
班長「どうした!何かあったか」
乗員3「人がいました!傷はありますが、まだ生きてます!」
隊長「なんだと!」
すると奥から飛び込んで来た兵士の仲間が大暴れしている人物を抑えながらやってきた。だがその見た目はアジア系の人物で、錯乱しているのか早口の英語で喋っていた。
班長「誰か、英語を喋れるやつは?」
乗員3「居るわけないじゃないですか!」
班長「ううむ。司令ならコイツの言ってる事が分かるかもしれんが・・・」
乗員2「でもコイツ軍服姿ですけど、何者なんでしょう?」
班長「知るか。まぁとりあえずは運ぶぞ」
乗員3「別にいいですよ!私が引きずっても運びます!」
班長「一人だと重いだろう?俺も手伝う」
そう言って二人がそのアジア人を運ぼうとしたその時、目の前から突然雄叫びのような音が響いた。その場にいた全員が手元の小銃を突きつけた時、不意にそのアジア人が日本語で話し始める。
アジア人「おい、そこのアンタ!早く逃げた方がいい!」
乗員3「班長!コイツ、日本語を喋りましたよ!」
班長「おいアンタ!俺たちがどうして日本人だと分かった?!」
アジア人「今はそんなことを言ってる暇はない!早くここから逃げろ!俺はこの手負いだ、足手纏いになる!」
班長「馬鹿野郎!負傷者ほっぽいて逃げれるか!」
乗員1「班長!前からなんか来ます!人間ではありません、何かの動物みたいだ!」
班長「積荷に動物がいたのか?!どうだ!」
アジア人「動物は乗ってない!突然現れたんだ!」
班長「んなこと言って信じれるか!」
乗員2「班長!こっちに向かってきた!発砲の許可を!」
班長「アイツに銃は効くか?!」
アジア人「効いてはいた!だが当てられるのか?」
班長「数打ちゃ当たる!いいぞ、撃ちまくれ!」
そう言うと、乗員達は手元の小銃を目の前に迫ってくる何かに向けて発砲した。放たれた弾丸は次々と命中すると、何かは甲高い音をあげて倒れた。
だが安心するも束の間、奥から次から次へと似たようなモノが迫る。班長は謎のアジア人を背中に背負うと、部下と共に出口へと向かって走った。
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輸送船から聞こえた銃声は、すぐに山口と加来にも聞こえた。既に輸送船の甲板にいた乗員達は、遮蔽物に身を隠すと、静かに艦内に入る扉に狙いをつけていた。
加来「どうだ?まだ誰も出てきてないか?」
乗員3「未だ確認できず!」
山口「撤収の用意を済ませておけ!医療班の準備もだ!」
乗員4「了解です!」
乗員3「出てきました!突入部隊全員と、それから米兵一名!」
加来「捕虜か。だが油断するな!もしかしたら敵兵がまだ中にいるかもしれん」
乗員3「撤収命令を出しますか?」
加来「やむおえん。良いだろう」
乗員3「分かりました。総員撤収!繰り返す、総員撤収!敵兵が残っている可能性が・・・」
その瞬間、けたたましい音を立てて扉から何かの動物が飛び出してきた。出てきたそれは目の前にいる三人の乗員に撃ち殺されるも、奥から更にもう一体が飛び出してきたものの、咄嗟に一人の乗員が二射目を至近距離で撃ち込まれ、甲高い声を上げてその場に伏した。そしてその隙に、他の乗員達と捕虜となったアジア人は、すぐさま飛龍に移ることができた。そして残った三人がすんでの所で梯子にに飛び付くと、飛龍は全速力を持ってその場を離脱していった。山口はアジア人を一目見ると、話し始めた。
山口「失礼ですが、貴方はどこ出身です?失礼ですがその服では怪しいもので」
アジア人「すみませんが。所属組織の都合で、お答えすることはできません。と言いたい所ですが、その服装を見ると貴方方は日本海軍の人間です?」
山口「いかにも、私は第二航空機動戦隊司令の山口多聞だ。言葉がわかると言う事は日本人か、しかし今なら話しても良いだろう?」
アジア人「ええ。私は東機関の所属です。お名前は残念ですが教えられません」
山口「東機関と言いますと、確か米国に対する諜報機関でしたな。それならなぜ米国の輸送船の中にいらしたのです?もっとこう、米国本土で活躍すると聞いているのですが」
アジア人「本当は司令で客船でワシントンまで行くつもりでしたが、その前に情報収集のために乗り込んだらそのまま」
加来「そんな事があったのですか」
山口「で?一応聞きたいですが、情報については何か目星でも?」
アジア人「私自身、詳しくはよく分からなかったですが。なんでも米国では、日本との戦争を終わらせる為の兵器の開発をロスアラモス近くの陸軍の実験場でやっているとか」
加来「それで戦争が終わるとは、にわかには信じがたいな」
アジア人「それは当然です。何しろ当の私でさえも信じ難いのですから」
加来「しかしそれほどの極秘情報を、どうしてあんな小さな輸送船なんかに・・・」
アジア人「それをこれからお話ししようと思っていた所です。貴方方なら信用できる」
山口「それはご光栄です」
そう言うと、そのアジア人はポツリポツリと話し始めた。
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話は少し遡る。戻るに戻れなくなったそのアジア人は、偶然近くに来た陸軍の歩兵を気絶させて服を奪うと、艦内にいる多数の歩兵に紛れて情報を集めていた。そうしてしばらく探索していた時、偶然にも米兵の話を耳にした。
兵士1「気になったんだが、これは一体何処に向かっているんだ?」
兵士2「ああ、どうやらロサンゼルスらしい。なんでもこの船に乗った陸軍連中と科学者どもが艦長に直々にお願いしたとか」
兵士1「かなり図々しい奴らだな。まぁ俺たちもそうだから人のこと言えんが」
兵士2「で、ここからが本番だ。こっからは秘密事項だから、誰にも言うなよな」
兵士1「分かってるよ。んでその秘密事項とやらは一体なんだ?」
兵士2「それがな、なんでも世界のバランスを破壊しかねないとても恐ろしいモノなんだと」
兵士1「世界のバランスを破壊しかねないモノ?冗談は程々にしとけ」
兵士2「いいや本当さ。これは厨房にいるシェフの一人からこっそり聞いたんだけどな。接待のための紅茶をだして厨房に帰ろうとしたら、たまたま耳にしたらしい」
兵士1「で、それは一体?」
兵士2「爆弾だ」
兵士1「は?」
兵士2「そう思うのも無理はないさ、俺だって信じられないんだからな」
兵士1「ま、いいか、とにかく続き」
兵士2「ああ、なんでも今の戦争の姿を大きく変える程の、とてつもない秘密兵器とか」
兵士1「そんなにか?」
兵士2「らしいぞ。陸軍に最近採用された爆撃機があるだろ?」
兵士1「確かYB-29か。アレに載せんのか?」
兵士2「ああ。そいつにさっきの爆弾を都市とかに落とせば、一瞬で消し飛ばすことができるわ、ソ連の連中に対しての大きな抑止力として期待されてるとか。まぁ要するにとんでもない代物らしい」
兵士1「少し大げさじゃないか?」
兵士2「詳しくはわからんけどな。なんでもこの船に載せてある材料をこれから向かう所に降ろすらしいな」
兵士1「向かうところと言えばロサンゼルスか。何も起こらなければいいな」
兵士2「なんだ?そんな不吉なこと言って」
兵士1「ああ、もしもこの船にスパイがいて、その情報がソ連や日本に渡ったらと思うと、本当に恐ろしい気がしてな・・・」
兵士2「馬鹿を言うなよ。俺たちより何倍も遅れてる奴らにそんなの作れやしないよ」
兵士1「ならいいけどな」
だがその後、話していた米兵たちに血相変えてやってきた別の米兵が二人に耳打ちすると、話していた二人は何やら慌ただしくどこかへと走っていってしまった。そして次の瞬間、いきなり館内の明かりが消えたかと思うと、奥からけたたましい動物らしき鳴き声と、米兵のトンプソン機関銃の発砲音が狭い通路の中に響いた。銃声が収まって様子を見てみると、すでに米兵達がいた壁には血が飛び、遺体を動物らしきナニカが喰い荒らしていた。
アジア人は恐怖のあまり、逃げようとするがすぐに一匹が貨物室に入り込んで足を噛まれる。奪っていたコルト・ガバメントで至近距離から頭を吹き飛ばしたものの、歩くこともままならなくなったアジア人は、すぐ近くにあった士官用の部屋に入ると、すぐさま入り口を塞いだ。不思議な事に、それから飛龍の乗員がやって来て見つかるまで誰も部屋に近づく様子すらなかったものの、緊張感から全く休まらなかった。
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「そんな事があったのですか・・・」
加来は面食らった様にそう呟く。そのアジア人が話し合える頃には日も暮れ、あたりは既に暗闇に包まれていた。少しの沈黙の後、山口が口を開く。
山口「加来君、燃料の補給はどうなってる」
加来「はい、艦載機がだいぶ行動可能な燃料の補給を完了しています」
山口「そうか、今すぐ偵察機を出せるか?今の現在地を知りたい」
加来「いいですけど、こんな夜間にどうやって偵察をやるんですか?」
山口「確か陸軍の信号拳銃があったろう?それを使用するよう頼んでくれ」
加来「しかし、それだと敵にばれる可能性もあります。そもそも自衛用の火器のない空母が堂々と動いていては、敵に見つかった時にどうすれば・・・」
観測員「艦長!十一時方向に灯りが!」
加来「何?!灯りはどれだけある?!」
見張り「少し薄暗くてよくはわかりませんが、町一つ分ぐらいの灯りです!それから灯台らしき光も確認できます!」
加来「まさか?!」
山口「どうやら偵察する程でもないらしいな。それに、艦が動かなければ航空隊の搭乗員たちもわかりやすいだろう」
加来「司令、つまり・・・」
山口「ああ。加来君、総員戦闘配置!および艦載機発艦準備!これより航空隊は、あの灯りを目印に夜襲を敢行させよ!」
加来「・・・本当にいいのですか?」
山口「ああ、賭けをしても構わん」
加来「了解しました。総員艦載機発進準備!敵に発見される前に、こちらから攻撃を仕掛ける!」
観測員「しかし、あの灯りが味方のものだったらどうします。このまま攻撃するのは危険では?」
山口「こんな時間に街に灯りを灯すなど、「見つけてください」と言ってるようなものだからな。それにミッドウェーの近くで街がある所など、もう米本土かハワイしかない」
観測員「と言う事は。「我々は日本に向かったつもりが、完全に逆方向に進んでしまった」と言うことですか?」
山口「恐らくな。あの霧のせいだとは思うが、今はそんな事を言っている暇はない。まぁ敵本土の爆撃を伝えたら、航空隊も大いに盛り上がろう」
観測員「・・・まぁ、面白くなりそうですがね」
乗員「艦長!発艦準備、完了しました!」
加来「分かった。司令、いつでもいけます!」
山口「うむ。全機直ちに発艦!平和をかましている連中に本当の「戦争」を教えてやれ」
加来「了解!全機発進!」
その声の後、艦載機の誘導灯が次々と光出すと、先のミッドウェーのごとく艦載機が飛龍を離れて飛び立っていった。その光景を二人は静かに見送っていた。




