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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

裏山の妖精(震災へのレクイエム)

作者: fairy

怖い。生まれてからこんなに怖かったの初めてだ。


時計を見る余裕もないからどれくらい経ったか分からない。

でも自分の感覚では半日いや丸一日、机の下に隠れている気分だ。

怖いという気持ちの問題だけじゃない!これは、幼稚園の頃に経験した船酔いに似てる。軽く吐き気がする。そんなあたしの事なんて無視するように教室は未だ大きく揺れ続ける。怖い。


ホント、どれくらいの時間、机の下で屈んでいたのだろう?漸く担任の新井先生から「机の下から出なさい」と指示があった。先生は職員室かな?どこかで他の先生を話し合いをしてきたみたいだった。


「避難訓練を思い出して!慌てないで落ち着いて!順番に校庭に出て整列しましょう」


いつも明るくて面白くて大好きな先生だけど、今は先生も少し緊張しているみたい。大きな声が上ずってるように聞こえる。


「腰を下して」

教頭先生の指示で校庭に整列した私達はその場で体育座りをした。三月の午後の校庭は寒い。でも今はそれどころじゃない!

あたしの通っている小学校は全校児童100人程の小さい学校。先生も10人くらいしかいない。校庭に全員集合しても、普段なら全然窮屈じゃない。でも、今日は少し違う。相変わらず揺れが続いてる不安と、学校が避難所になっているから、近所の大人の人達が何人も校庭に来ている所為もある。知らない大人が大勢いるのはやはり怖い。

先生たちはまた集まって話し合いをしている。避難してきた近所の大人にも何か聞いているみたい。

ふと隣の列を見ると低学年の列で吐いている子がいる。可哀想にこんな大揺れの船みたいな状態がずっと続いてちゃ仕方ないよね。やがて朝礼台にあがった教頭先生からメガホンで説明が始まった。


「皆、大きな揺れが連続してとても怖いと思います。でも、安心して下さい。この学校はこういう時の為の避難所でもあるのです。だから、見ての通り、ご近所の人達も学校に避難に来ていますね。

今はまだ揺れが続いていますから念のため校庭にいますが、もう少し落ち着いたら校舎に戻る事ができます。学校は避難所ですから非常食やお水も備えてあります。

皆さん、寒い中ですが、地震は必ず収まります。あと少しの辛抱です。頑張りましょう」


教頭先生の言葉であたしも皆も少し安心した気がする。新井先生も列の前から後ろまで周り、全員に声を掛けにきてくれた。

沙織は大丈夫かな?沙織は一年の時から同じクラスの親友。明るくてとても可愛い子だけど、末っ子だからかな?、ちょっと甘えん坊で憶病な所がある。彼女は背が小さい方だから、あたしよりずっと前で座ってる。後ろ姿が微かに見える。震えているかな?

あっ!沙織のお母さん!車で迎えに来てくれたんだ。お母さんに抱き着いた沙織は帰り際にあたしを振り返った。『良かったね、沙織』あたしは軽く手を振り。沙織のお母さんには軽く頭を下げて挨拶した。

他にも親が迎えに来てくれた子が何人もいて、気が付いたらあたし達子供は校庭に降りた時の半分くらいになっていた。羨ましいけどあたしの親は共働きだから無理だ。でも子供が減った所為かな、より寒く感じるし、やはり寂しい。


それから暫くして、校門前の道路を走る自動車が「津波が来ます!直ぐに避難して下さい!」と大声で呼びかけているのが聞こえて来た。学校に避難するように呼び掛けてるのかな?と思ったけど、先生達も集まって話し合いをしている。近所のお爺さんも話に加わっているようだ。

「津波?ここって海岸沿いなの?」

「そこの裏山に走って逃げようぜ!」

不安そうな女の子、走って山に逃げようという男の子、中には泣き出してしまう子もいる。あっ!また朝礼台に教頭先生。


「皆さん、心配しないで下さい。先程、市の広報車から『津波が来ます』と放送がありましたが、津波は学校までは来ません。昔々、今日と同じような大きな地震があって、大きな津波が発生した事がありますが、その時も、今学校が建っているここまでは津波は来なかったそうです。学校の側に長い間住んでいる方が言っているので間違いありません。だから、安心してください」


教頭先生の言葉で私達児童は、また少し落ち着きを取り戻した。

その時、校門から鈴木先生が戻って来た。学校で一番若い男の先生でスポーツ万能のイケメン先生。当然、女子児童からの人気はナンバーワンだ。

鈴木先生は持ち前の足を活かして、先程の市の広報車に追いつき話を聞いてきたみたい。流石は箱根駅伝出場者!でも出場は予選会だけだったみたいで詳しく聞こうとすると機嫌が悪くなるのだ。う、ふふ。

鈴木先生を中心に他の先生や近所の大人達が話し合っている。なんか、また不安になってくる。やはり一二年生の中にどうしても泣き出しちゃう子がでてる。激しい揺れが収まったからか吐いてる子はいないみたい。隣の列の三年四年の子達が励ましてる。頼もしい。

ここで、教頭先生、三度め登壇!


「とても重要なお話をしますのでよく聞いて下さい。え、鈴木先生が広報車の所に走って、詳しい話を聞いてきました。それによると、大津波が既に発生していて川を登ってきているそうです」

ここまで聞いて、緊張の限界がきたのだろう「えーー!」「キャー!」絶叫する児童が現れた。あたしも叫ばなかったのが不思議なくらいの衝撃で足の震えが止まらなくなった。教頭先生の説明は続く

「学校は安全だとは思いますが、万が一の為に、これから近所の皆さんと一緒にあそこの新大橋に避難することにしました。」

新大橋はスクールバスが毎日行きと帰りに通る橋だ。教頭先生の説明は次く、

「裏山には見ての通り雪が残っていて低学年の子の中には登れない子もいると思います。その点、新大橋は大きな道を通りますので、担任の先生の後について順序良く歩いていけば皆大丈夫です。新大橋の高さはこの裏山と同じ位です。それでは、一年生から出発しましょう。落ち着いて、担任の先生の指示に従ってください」

一年生から順番に校門を出ていく。六年のあたし達は当然最後だ。近所の人達も児童の列を守るように列を作って歩いていく。

「皆、道路には亀裂が入っている場所があるそうです。足元に充分注意して付いてきてね。では出発!」

新井先生の号令であたし達も歩きだす。校門の外に出ると本当だ、道路に割れ目が出来ている所がある。

舗装されている大通り程、被害が多いそうで、近所の住宅街の様な裏路地を通っていく。

確かに、裏路地には大きな亀裂はみられないけど、左右の家々は皆潰れてしまっている。

「見ないで!!!」

突然、鈴木先生の大きな声が響く。

でも、あたしは見えてしまった。先生の後ろには潰れた家の下敷きになった犬の死体があった。中からなにか飛び出していて辺りはドス黒く染まっていた。あたしは気持ち悪さと怖さを必死で堪え歩き続けた。

普段なら子供の足でも15分くらいで新大橋には付く筈だけど、もう何分くらい歩いただろう。壊れた家々の恐ろしい姿や、揺れが来るたびに鞭のように振るわれる垂れ堕ちた電線の怖さに時間の感覚がなくなった。

そしてやっと、新大橋の緑の鉄橋が見えて来た。少しホッとした、その時!!!


新大橋の向こうに大きな大きな黒い壁が立ち上がった。その壁は幾層かに分かれていて、蛇の鱗のようだ。いや、家にある昔の波の絵のようだ。ただ、この怪物は絵なんかより黒く、暗い。そして、壁の上にはまるであたし達を獲物として狙う目玉のように灰色の渦がいくつも回転している。

怖い、足が竦む、その場から一歩も動けない。今まで感じていた「怖い」なんて気持ちは全部にせもの、遊びだった、そう思った。本当に恐怖を感じると体が全く動かなくなるんし、目すら逸らせなくなるんだ!灰色の目玉の下から黒い大顎が現れ新大橋に食いついた。いや呑み込み始めた。自分もああなるんだ。分かっているのに動けなかった。その時、

「津波だ!逃げろ!裏山を登れ!」

誰かの声がしてハッと我に返った。大急ぎで振り返り後ろの山を登り始める。幸い、学校の側と違って、この辺りの斜面は雪で覆われていなかった。登った、懸命に登った、登った、懸命に。時折現れる斜面に生えている大きな木に捕まり、必死に、必死に、駆けて、駆けて、駆け上がった。周りを見る余裕は全くなかった。ただただ後ろが怖かった。あの大きな黒い化物に追いつかれたら終わりだ!


あまりの必死さに息が切れている事にさえ気が付かなたった。もしかしたら過呼吸になっていたのかもしれない。それでもかなり山の上に来ていただろう。あたしは倒木に身を持たれている自分にようやく気が付いた。

「大丈夫ですか?」

誰かにそう声を掛けられた。

「ううん。ありがとう、何年生?」

明らかに下級生だったので、学年を聞いてみた。

「5年の佐々木伸枝です」

「私は6年の高橋ひろ美。よろしくね伸枝ちゃん」

「あっはい。よろしくお願いします」

ようやく周りを見る余裕が出て来たので、周囲を見渡すと、他にも明らかに低学年の男の子が二人、倒木の後ろにへたり込んでいた。

「伸枝ちゃん、他にいるのはあの男の子達だけ?大人の人は?」

「それが大人はいないんです。さっきまで、津波の音が怖くて、三人であそこの木の陰で蹲ってました。高橋さん、これからどうしよう?」

慌ててケータイで時刻をみた。16時。これからドンドン暗くなってくる。あまり動くのは危険かな?

「もう夕方だね。動かずに助けが来るのを待った方が良いかもね。先生や大人の人達だってきっとあたし達を探してくれてる筈だよ」

「でも、これから益々寒くなりますよね?実は・・・」

伸枝ちゃんはそう言って男の子達の方を見た。あたしもようやく立ち上がって男の子の側に行く。あっ!一人は半ズボンだ!これは寒いだろう。取り敢えず声を二人に掛ける。

「あたしは六年の高橋ひろ美。二人の学年と名前を教えて」

「三年の阿部たかしです」「二年の今野じゅんいち」


「皆動ける?寒いから毛布の代わりになりそうな物を皆で探しに行こうよ」

と提案した。

「「はい」」

二人の返事で周囲を見て回る事にしたけど、流石に手分けするにははぐれたら危ないので四人で探すことにした。

木が生い茂る斜面に入りっていく。大人には林くらいの木々だろうけど、子供のあたし達には深い森も同然だ。やがて、明らかに異なる泥だらけの場所にぶち当たった。そう、ここまで津波が来たんだ!

瓦礫、家具、自動車、色々な物が流れ着いて木に引っかかっている。酷い匂いもする。

でも、なにか暖を取れるものを探すにはここしかない。

「伸枝ちゃん皆、ここで、上に羽織れるものとか、火が起こせる物を探してみようよ」

代表して伸枝ちゃんが「はい」と答えた。

「何かあったら、直ぐに笛を吹いてね」

そう、私達は校庭に降りた時から防災グッズを背負っているのだ。頭にはヘルメット。リュックには携帯食のクッキーとお水。ウェットティッシュ、手袋、大きなハンケチ、そしてホイッスル。危険なので手袋と匂うので顔にハンケチを巻いて辺りを見回していく。暫くすると、

「高橋さん!」と声がした。

伸枝ちゃんの側に行ってみると、使い捨てライターがケース付きで落ちていた。お店から流されたのだろうか?回収して泥汚れを落として着火してみる。ちゃんと火がでた。良かった。これで焚火はできそうだ。伸枝ちゃんと笑顔で頷き合う。あとは衣類とか燃える物だ。特に半ズボンの阿部君には何かズボンの代わりになるものを見つけてあげたい。

よく見るといくつか洋服タンスが流れついている。開けてみようか?

皆で相談して箪笥を開ける事にした。ただ、引き出しを地面についてしまっている物もあり、子供の手で開けられたのは二つだけだった。うち一つは引き出しの中身が見えない位泥で覆われていてどうにもならなかった。もう一つは、洋服ダンスでハンガーは開いて中が泥だらけだったが、下の引き出しは泥も少なく綺麗だった。入っていたのは大人の男物の靴下、下着、スウェット上下が二組、下の段はTシャツやトレーナー等だった。スウェットは阿部君に履いて貰おう。更に洋服タンスを漁っていた男の子達が泥だらけのダウンジャケットを二着見つけ出してきた。泥を落とせば使えるかな?

とりあえず、衣類は結構回収できた。全て津波で濡れているけどね。

その他見つけたのは、懐中電灯が一つ。電池は入っていてちゃんと点いた。使い捨てミニカイロ一袋。比較的乾いていたコピー用紙の二束。

四人で荷物を手分けして持ち、戻ろうとした時だった。


阿部君が「あ、あそこ!」と指さした。

見ると木の側に人が一人倒れている。あたしは自分の荷物をみんなに預けて駆け寄った。

「大丈夫?」

低学年の女の子だった。さっきまで見ていた箪笥とかと違って、泥も被ってなくて着ている服は比較的綺麗だった。でも、やはり濡れている。私はもう一度「大丈夫?」と聞いたが、彼女は軽く笑ったような表情をするだけで返事はなかった。名札を確認する。”いちねん。さとうしおり”とあった。

「さとうさん、怖かったね。これからは助けがくるまで皆で助け合おうね」

そう声を掛け、さとうさんをお姫様だっこした。不思議と重さは感じなかった。

やがて皆も寄って来た。抱っこで斜面を登るのは危険ということで、皆で手伝いあたしの背中にさとうさんをおんぶした。


元の場所に戻って火を付ける為に落ち葉を集める。ここまでは津波は来てないのだが、落ちてる葉はどれも湿っていて嫌になる。子供の知恵ではどうにもならないのか?動けないさとうさんを除いて四人で一つづつライターを手に葉っぱを炙っていくしかなかった。

そう、落ち葉を集めている途中で一つ発見があった。阿部君が岩からナイフを削り出したのだ。黒曜石という岩で、お父さんが簡単に小石で岩を砕いてナイフを作ってくれたのを覚えていて、真似したら出来たそうだ。

「できた!」

今野君の声に皆が顔を向ける。葉っぱに火が付いてる。大事な炎だ。

余り濡れてなかった拾って来た大人の男物の靴下とかコピー用紙に炎を移す。大きな炎になる。これなら湿った落ち葉でも火が消える心配はないかな?伸枝ちゃんとそう話しあった。

相変わらず揺れが続いているけど、火があれば救助の人も見つけ易くなる筈だと皆で笑いあった。そうでもしてないと、不安と恐怖で泣き出しそうだったから。

既に辺りは真っ暗闇、子供だけで余震に耐えながら過ごすのはかなり怖い。夜がこんなに暗いなんて初めて知った。

さとうさんは相変わらず寝たままで表情一つ変えない。

ケータイで時刻を確認する。19時手前だった。

「お腹空いた」阿部君がそう言った。無論、あたしだってお腹は空いてる。ふと伸枝ちゃんをみると、ハニカンダ笑みが帰ってきた。やはり空いてるよね。今野君もこちらを見てるだけだけど、まるで餌を強請る犬のような雰囲気から聞かずとも明らかだろう。非常食のクッキーなんて皆とうに食べきってしまっているのだ。さっきの津波で流されて瓦礫の中には食料は全くなかったし、我慢するしかないのか?

「あたし、お肉持ってます」

聞きなれない声が皆に響く。あっ、さとうさんの声だ。よかった気が付いたんだ!一番近くにいた阿部君が駆け寄る。

「お肉持ってるの?」

さとうさんは、自分の服の中から新鮮なお肉を出して見せた。なんとか全員のお腹を満たせる料に見える。「さとうさん、用意いいね。お家はお肉屋さん?」と聞いたが、いつものように微笑んでいるだけで、返事はなかった。

兎に角、お肉を食べるのに焼かないといけないから、あわてて串になりそうな細い枝を見つけてきて、焚火の周りに串肉を立てた。調味料もなんにもないけど、贅沢は言ってられない。火に炙られた肉はそれだけで鼻を突くよい香りを醸し出した。久しぶりにいつもの食卓を思い出して、すこし涙がでる。もう充分だな。と思って、まずは持ち主のさとうさんに串肉を持っていく。

「さとうさん、ありがとう。ほら、凄い美味しそうだよ、熱いうちに食べて!」

即席の葉っぱのトレイに置いて持って行ったんだけど、やはり、さとうさんはハニカンダ笑みを浮かべるだけで、手をだそうとしない。余程疲れてて食欲がないのかな?そう思うしかない。

思わぬ御馳走に有りついたあたし達は、腹が膨れるとやはり眠くなってきた。よく雪山で寝ると危険と教わったけど、ここは大丈夫だろうか?寒い、これから夜が深くなれば一層寒くなるだろう。でも、低学年の男の子二人やただでさえ弱ってる一年生のさとうさんに寝るなといっても無理な話だ。

幸い、さっき回収した衣類にはダウンジャケットやトレーナー類があった。泥を落とし、焚火に炙ったのでかなり乾いた筈だ。低学年の子達は優先的にあれらを着て寝て貰おうよ。伸枝ちゃんとそうはなしあった。阿部君は既に半ズボンの上から大人用スウェットを履いている。今野君と二人でダウンジャケットに熊れば大丈夫?かな?さとうさんにはもう一枚のダウンジャケットを一人で使ってもらおう。あたしと伸枝ちゃんは残ったトレーナーを何枚か重ね着して、下はTシャツやらをブランケット代わりにして焚火の周りで暖をとった。交代で火の番をする。伸枝ちゃんもケータイを持っていたので2時間交代にして互いに仮眠をとる事にした。


練る前に交代でトイレを済ます。阿部君と今野君の男二人一組。一個しかない懐中電灯の明かりを頼りに木々の茂みの中で一人が見回りしている間に用を足す。男達が終わったら、伸枝ちゃんとあたしの女二人一組でおんなじようにした。伸枝ちゃんはまだ生理用品は持っていなかった。なのであたしのをトイレットペーパー代わりに提供した。数が少ないから男の子達には申し訳ないけど我慢してもらおう。なお、さとうさんは余程疲れていたのかダウンジャケットの中に寝かせたら直ぐに眠ってしまった。

ともあれ、こんな体制で朝を迎えられるのか?全く分からないが、かといって他に知恵がでるわけではないので仕方がない。


チュンチュン、チュンチュン、明るくなり始めた空と小鳥の鳴き声であたし達は目を覚ました。

良かった、夜通しの焚火の管理とダウンジャケットや防寒対策のお陰で全員生きている。

あたし達は昨日使わなくて済んだ使い捨てミニカイロを背中に貼って、朝の寒さの中森に飛び出した。

目的は水を飲むため。阿部君に教わった黒曜石ナイフ造りで3刀になったナイフをあたし、伸枝ちゃん、阿部君でもち、木の幹にキズを付ける。木が地中から吸い上げてる水が溶けだして来ないかとやったのだが、そんな簡単に成功はしなかった。次は木の葉だ。できるだけ若葉が良いだろうと考え身軽な阿部君、今野君に木に登って貰い柔らかそうな葉っぱを切り取って貰った。いきなり木の葉を口に入れて樹液を吸い出して大丈夫なんだろうか?毒があったらどうしよう?この裏山は観光用の森ではないから木々に名前の書いた札が張ってあるわけではないのだ。「鳥が食べてるのと同じ物にしよう」阿部君の提案で、木の上で鳥の動きを観察した後、見た目が特徴的な四種類の木の若葉を手分けして、各々のリュックが一杯になるまで詰めて、野営した場所に戻った。

四人で一人一種類、葉を口に入れて樹液を味わう事になった。吸い出した水分は呑み込まず、なるべく口の中で味わう事にした。万一、毒だった場合、あたし達には吐き出させる術はないからこうするしかなかった。皆、緊張しつつ葉を噛み樹液を吸い出していく。あたしが吸った葉はとても冷たく美味しい水だった。考えてみれば昨日の午後以来、久しぶりの水分補給だ。昨日、あの怪物のような大津波、その後も繰り返された引き波と寄せ波、地を這う轟音。水の恐ろしさを散々味わったせいか、今朝起きるまで全く水が欲しいとは思わなかったのだ。

皆、大丈夫そうだけど、ん?一番小さい今野君はなんか頬が赤くなっている?

「今野君、大丈夫?」

「なんか、すごく暑いです」

やはり樹液のせいだろうか?とりあえず今野君には葉は全て吐き出して貰って唾も暫く飲まないで吐き出してもらった。阿部君が黒曜石を砕いて平たいプレートのようなものを作ってきた。これを今野君の頬に当てると冷たいらしく大分楽になるそうだ。阿部君はとても起用なうえアイデアマンだ。将来よいお父さんになりそう。

その後も暫くお互いの様子を観察していたがなんともなかったので、残る三種の葉は飲料水確保に使えると判断した。早速、今野君と寝ているさとうさんに説明する。今野君は待ちかねたように吸い始めたが、さとうさんは目を合わせるだけで返事すら返って来なかった。

余震は相変わらず続いているが、流石に揺れに慣れて来た、それに何より、あの恐ろしい津波の化け物はもう発生していないようだった。

「朝ごはん、食べたいです」

復活した今野君が言う。皆も同じ気持ちだろう。喋る元気のないさとうさんから視線を感じる。お肉がまだあるみたいだ。再び頂いたお肉を昨日の夜と同じように黒曜石ナイフで切り分け細枝に差して焚火に燻す。昨日と同じ味だけど、暗闇の中不安と過ごした昨夜に比べれば、朝の光に小鳥の囀りで気分は遥かに軽かった。さとうさんもお肉を持っていったけど、相変わらず食べる元気がないようだ。心配になってくる。

ケータイで時刻を確認するともう御昼近かった。朝ごはんだと思ってたのがお昼ご飯だった。木の幹に傷つけて水取り出すの、かなり長い時間やっていたみたいだ。それに木登りして若葉を集めるのも時間かかったからね。

今後の事を話し合う。未だ助けが来る様子はない。周囲に大人達は見当たらない。大人というだけで信用出来るか分からないから、これは良い事でもある。

ここで、伸枝ちゃんが勇気ある発言をした。

「学校に戻らない」

実はあたしも少し考えていた事だった。避難所を兼ねてる学校には非常食とお水があるって教頭先生が言っていた。今、どうな状態か確認するだけでも行ってみるべきだろう。

ただ、さとうさんはもう動かせない。心なしか最初に会った時より小さくなった気がする。一年生の小さい体で全く食べていないんだから仕方がないんだろうけども。

寝ているさとうさんを残していく以上、焚火の番は誰かがやらなければ!

年長のあたしが残ろうかと言いだそうとしたら、さとうさんと目が合った。

「あたしは大丈夫。皆で学校見てきて」

目でそう訴えてくる。さとうさんの決意を他の皆も感じ取ったようで、

「ライター置いてくぜ」

「このトレーナー大木からブランケット代わりにして」

「黒曜石ナイフも置いてくよ。お肉簡単に切れるから!」

「ミニカイロは学校にある筈だから全部置いていくね」

現状渡せそうな物を全てさとうさんに渡した。

「学校確認したら戻って来るね」

さとうさんは微かに微笑んでいたようだった。


後ろ指惹かれるようだったけど、さとうさんを残して学校を探しに行く。道すがら伸枝ちゃんが

「さとうさんって、なんか妖精さんみたいでしたね」と言った。

「うん、あんなに一杯お肉を用意してたのビックリした」

「家はお肉やさんかな?それは牧場?」

「さあ、でも、さとうさんがいなかったら、今頃あたし達こんなに元気じゃないのは確かね。もしかしたら昨日の夜に体温下がって死んでたか」

「うわぁ。ますます、さとうさんに感謝ですね。無事に救助されたらさとうさんにはお礼しなきゃですね」

「俺達はキャンディを一杯プレゼントするんだ。ホワイトデーだし。な!今野?」

「うん」

「キャンディなんて食べきれないからあたし達も食べるの手伝ってあげるよ!」

「いっそ、妖精の衣装なんてどう?」

「コスプレ衣装ですか?さとうさん可愛いから似合いそうです!」

陽気に馬鹿話をしながら歩いていないと気が滅入りそうだった。というのは、時折、木々から除く山の下の光景はあたし達が知っている景色は一切なかったからだ。大橋も大通りもなくなっていた。津波の怪物が持って行ったのだ。田んぼも見分けがつかない、あるのは泥に埋まった大地と川だけ。

「この裏山を歩いていれば学校は絶対に見つかる」

皆口々にそう言った。実際、裏山は学校の校庭の直ぐ近くまで張り出してきていたんだから。今度は出発時に時刻を確認した13時だった。ケータイもバッテリー残量が危ないので時刻確認にしか使っていない。ただ、相変わらず電波は届いていなかった。

どこをどう彷徨ったのだろう、結局3時間以上歩いてしまった16時30分。懐かしい学校の丸い屋根が一面泥を被った状態で見つかった。それも偶然、日が傾いて割れ残ったガラスに反射したので見つかったのだ。上から眺めているだけでは最悪見つけられず、二次遭難のようになったかもしれなかった。ホッとした。

喜びなんて気分には全くなれない。窓は皆割れて物凄い泥が建物内に入り込んでる。ただ、自分達が中に入って歩く位は出来そうだった。

「高橋さん、避難物資って何処にあるんですかね?」

伸枝ちゃんに聞かれたが、あたしは心当たりがあった。六年生は毎年一回救援物資入れ替え作業を手伝わされたからだ。場所は三階の用具室だ。泥まみれの危ない階段を登って三階にたどり着く。三階の廊下も教室も泥だらけだったが、突き当りの用具室にたどり着く事ができた。だが、鍵が掛かったままだ。

「鍵ってやっぱ、用務員室か職員室ですよね?」

「そうね。先ずは二階の職員室から探そう、皆」

二階の職員室も津波が大暴れした痕跡に溢れていた。床は泥に覆われ、ロッカー机などの備品はてんでバラバラの方向に倒れていたり、折り重なっていたりした。鍵束は確か教頭先生の机の後ろの壁に吊るしてあった筈だが、壁を一通り見渡しても鍵置きも鍵自体も見つける事はできなかった。

「これは多分鍵は床に落ちてるわね。泥掃除しましょう」

倒れてるロッカーの内開けられる奴のなかからモップとバケツがいくつか見つかったので、掃き掃除を開始する。校舎内は電灯も付かず、水もでない。暗くなるまで作業するのは危険だ。

子供四人の力では限界があったが、それでも卓上カレンダーとか泥の中から色々な物を見つける事ができた。

「教頭先生の机の側にあったりしませんか?」伸枝ちゃんがそう推察する。

確かに普段は教頭先生の机の側にあったが、津波の暴威の前では鍵なんか何処に運ばれるか分からない。最悪、校舎外に流れてしまった可能性すらある。

あ!待てよ!

「伸枝ちゃん良い事に気付いたね。教頭先生は学校に避難物資があるって言ってたわ。つまりあの時点で用具室を開けるつもりだったのよ。つまり、鍵は教頭先生が持っているか、先生の机の中にしまってある可能性が高いと思うの」

慎重な教頭先生だ。普段使わない鍵を使うとなったら、真っ先に鍵の確保をしたことだろう。けど、もし身に付けていたのだとしたら、教頭先生の行方が分からない以上お手上げだ。机の中にしまってある方に掛けるしかない。

「皆机を片っ端から開けて、教頭先生の机を探しましょう」

中には引き出しが飛び出してる机もあって、中身が散逸しているのもある。でも、教頭先生の机は他の先生のより大きく重そうだったから鍵が入ってる事を祈ろう。


「あった!」

阿部君の声がした。皆で駆け寄る、確かに教頭先生の黒い机だ。

幸い引き出しはすべて無事だ。最初に中央の引き出しを開ける。うわっ!臭い!中は濡れた書類とか、ハンコとか、鍵はなかった。

次が脇の引き出し上段。ここも臭い!でも、ここはペンとかハンコとか、そして、探してた鍵!

確かこれだ、見覚えある!

「みんな、これが用具室の鍵だよ。これで開くよ」

伸枝ちゃん達に告げると、みな笑顔になった。


鍵を持って皆で用具室に戻る。幸い鍵穴は泥に埋もれてなく、子供の力でもすぐに開錠できた。

「うわっ!!!」

思わず皆で歓声を上げてしまった。

用具室の中は殆ど泥も入ってなく、レトルトのご飯、カレー、缶詰、それに水やジュースのペットボトルが大量にあった。他には調理用のカセットコンロなんかもある。

あたしは見ていて涙が出そうになった。だって丸一日ぶりに文明に出会えたんだもの。

カレーなんて見ているだけでよだれじゅるじゅるだよ。

しばらく、皆でお宝を見つけた喜びにはしゃいでいたけど、よく考えたら、水道はでない、電気は停電、レトルトを暖める手段がない。職員室の給湯コーナーには電子レンジがあったけど、水はでない、電気は点かないことは確認すみだ。

「ねえ、どうやって温めようかこれ?」

皆も事態に気づいたようで、用具室の中で調理器を探し始める。

「理科室に鍋みたいな容器ありますかね?」

と、伸枝ちゃん。

どうかなぁ?一応、同じ階にある理科室を覗いてみた。ん?タライ?タライみたいな大きさの容器が見つかった。

これに、勿体ないけどペットボトルの水を入れカセットコンロで加熱すればカレーは温められる。レトルトのご飯もお湯の中に入れれば温まる筈だ。

実は用具室の中には発電機みたいなのもあったけど使い方がよくわからないし、とにかく重くてあたし達子供ではどうにもならなかった。

用具室前の教室に必要な物を運び込み、それぞれ温めて食べた。

温かいご飯、カレー、缶詰、味噌汁。

生まれてから一番美味しい食事と言っても大袈裟じゃなかった。

「さとうさんにも、持っていってあげたいね」

さとうさんも温かい食事なら取れて元気が出るかもしれない。

「今日はもう暗いから、明日の朝持っていこうね」

あたしは皆に言って、その日は3階の教室で皆でそのまま寝た。

カイロに毛布があったから、前日の広場とは段違いによく眠れた。


どれくらい寝たのだろう。強い眩しさで目をさました。

朝日?眩しい!

「あっ!起きた!」「おーい」「あなた大丈夫?怪我は?」

大人の声がする。目が慣れてくると、迷彩服が見えた。自衛隊の人だ。

あたしを覗き込んで声掛けてくれてたのは、女性の隊員だった。

「助かるの?」隊員の人に思わずそう聞いてしまった。「もちろんよ」という彼女の表情を見た瞬間あたしは彼女の胸で声を出して大泣きした。と思う。なんだかんだで最年長者として振舞っていたこの二日間自覚はなかったけど相当無理していたのだと思う。


結局、あたし達4人はそのまま救助された。

あたしはその後、無事に家族にも会え、子供だけで二晩過ごしたということで心配され検査入院した。

伸枝ちゃん、阿部君、今野君、そして、妖精のようだったさとうさんとは、その後、一度も会っていない。




以上は、震災から一年程経った頃に私が書いた手記だ。

入院後、PTSDと診断された私は、心理療法治療を受けることになった。

PTSDの対処には、原因となった事柄を忘れて心の安定を得るやり方と、逆に真正面から原因に向き合いこれを克服する方法がある。どちらが良い悪いというわけではなく、患者の心の状態を見ながらその時点で適切な方法が取られていくそうだ。

当然ながら、この手記は後者の療法を受けた時の文章だ。拙い文章だが、当時の体験、記憶を赤裸々に綴ったものだと今読んでも思う。


あれから10年以上が経過し、今回、この手記を公表しようと思ったのには理由がある。

私が社会人になったことだ。この4月から私は小学校の教員として働いている。

かつて、あたし達を励まし、元気づけてくれた新井先生や鈴木先生のように、私も児童に接していくつもりだ。手記の公表はそのためのケジメでもある。

ただ、公表にあたり、この手記のジャンルをどうしようか迷った。

この手記の中心となるのは、言うまでもなく前半は津波の黒い化け物であり、後半はさとうしおりさんだ。

さとうさんの消息は今もって分からない。この文章は、そんな妖精さとうさんを主人公としたファンタジーでよいだろうか?

いや、やはり駄目だ。それじゃあケジメにはならない。


今にして思えば、あの斜面でさとうさんに最初に出会ったとき、彼女は既に命を落としていたのだろう。実際に彼女を負ぶった私だからこそ、これはわかる。

では、そんなさとうさんがどうやってあたし達に新鮮で美味しいお肉を恵んでくれたのか・・・・・・

すみません、適切な言葉がどうしても思いつきません。ただ、私たち4人はさとうさんからのお肉のおかげであの広場での一夜を乗り越えたのはまぎれもない事実だ。

それに、当時の子供の私たちには小さいライター、黒曜石の小刀しかなかったのだ。遺体はすぐに傷んでしまうということは聞いていたが、さりとて子供の私たちではさとうさんを土葬にも火葬にもすることが出来なかった。


さとうさんの消息は今もってニュースにもなっていない。

震災では多くに人が命を落とした。きっと救助隊の人達は多くの遺体を発見したことだろう。

多くの遺体のなかで、一人、他の人とは異なる損壊がされた痕跡がある遺体が見つかったとしても大きく取り上げなかったとしても不思議ではない。

情けない話だが、今の私が自分の心のレベルで告白できるのはここまでだ。

伸枝ちゃん、阿部君、今野君もこの文章を読むだろうか?

私は心の中に背負った深く重い十字架とともに、さとうさんに分まで二人分の人生を生きていく。

だから、どうか、許してさとうさん。そして見守って、あたしの児童たちを。


                        仙台教育大学附属小学校

                         高橋ひろ美

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