目覚め
冷たい石の感触が頬に伝わる。悠真は目を覚まし、ゆっくりと身を起こした。頭がぼんやりとし、視界が定まらない。だが、すぐに異変に気づいた。目の前に広がるのは、木造の建物と土壁。どこか懐かしい、戦国時代の屋敷の風景だ。そして、彼の手元には――。
「何だこれ……?」
悠真が手にしていたのは、古びた刀の鞘だった。反射的に立ち上がり、周囲を見回す。服も変わっていた。現代のシャツとジーンズではなく、袴と陣羽織。まるで時代劇のセットに迷い込んだようだ。
「おい、氏直!いつまで寝ているつもりだ!」
突然、荒々しい声が響いた。振り返ると、甲冑を身にまとった屈強な男が立っている。眼光鋭く、髭を生やしたその男は、明らかに戦士だった。悠真は一瞬困惑したが、男の言葉を聞いて凍りついた。
「氏直……? 北条氏直?」
悠真の頭に電撃が走った。北条氏直――北条氏康の孫であり、小田原城を拠点とした北条氏の最後の当主。豊臣秀吉の小田原征伐で敗れ、家名を失った人物だ。歴史に詳しい悠真にとって、彼の名はあまりにも馴染み深い。
「まさか……俺が、北条氏直に?」
混乱する頭を抑えながら、悠真は近くにあった水桶に映る自分の姿を見た。そこに映っていたのは、確かに若い武将の顔立ち。20代半ばほどの年齢で、鋭い目つきと整った容貌。現代の自分とは似ても似つかないが、どこか気品を感じさせる顔だった。
「お前、寝ぼけてるのか? 風魔の報告が入ったぞ。秀吉の軍勢が動き出したらしい。今すぐ評定を開く。支度しろ!」
男――おそらく家臣の一人だろう――が急かすように言う。悠真、いや「氏直」は状況を飲み込むのに必死だった。転生したのだ。現代の知識を持つ自分が、北条氏直として戦国時代に立っている。そして、どうやら歴史の転換点、小田原征伐の直前に放り込まれたらしい。