玉縄城の落城
氏直が家臣たちに指示を終えた直後、広間に急使が駆け込んできた。顔は汗と泥にまみれ、手にした書状は血で汚れている。
「殿、急報にござる! 玉縄城が秀吉の別働隊に攻められ、落城しました! 氏勝様が最後まで抗戦されましたが、三万の敵に押され、城は炎上……氏勝様は討ち死にされた模様!」
広間に重い沈黙が落ちた。玉縄城は小田原の東を守る要衝であり、その喪失は秀吉の包囲網が一歩進んだことを意味していた。松田康長が立ち上がり、声を震わせた。
「殿、八王子、韮山、そして玉縄……これで支城はほぼ全て失われた。小田原が孤立しますぞ!」
氏直は目を閉じ、一呼吸置いてから応えた。
「確かに厳しい。だが、覚悟していたことだ。秀吉は数を頼みに我々を締め上げるつもりだろう。だが、ここからが本当の戦いだ」
北条氏規が不安げに進言する。
「しかし、敵が本隊を動かせば、我が軍は……」
「だからこそ、敵の動きを封じる。風魔の報告を待て。小太郎が玉縄への道で敵の補給を叩いているはずだ」
その言葉が終わらないうちに、風魔小太郎が広間に姿を現した。黒装束には煤が付着し、目だけが鋭く光っている。
「殿、命通り動いた。玉縄へ向かう敵の荷駄隊を二カ所で襲い、兵糧三百俵を奪い、馬数十頭を潰した。敵は混乱しているが、本隊の動きは止まらぬ様子」
氏直は頷き、家臣たちを見渡した。
「よくやった。これで敵の進軍が少しでも遅れればいい。だが、次は小田原を直接狙ってくるだろう。準備を急げ」
松田が膝をつき、決意を込めて言った。
「殿の仰せのままに。堀の水門と土塁の工事を今夜から進めます」
氏規も立ち上がり、続けた。
「城下の民への呼びかけも急ぎます。兵糧を報酬にすれば、皆動くでしょう」
氏直は縄張り図に目を戻し、静かに呟いた。
「秀吉が来る前に、城を盤石にしろ。俺の手で北条を守り抜く」