夜の小田原
夜が更け、小田原城の城下は静寂に包まれていた。だが、その裏では兵たちが慌ただしく動き回っている。堀に水が注がれ、土塁に新たに切り出された木材で柵が組み上げられていた。城壁の上に立つ氏直は、松明の灯りに照らされた景色を見下ろしていた。
「秀吉、お前がどれだけ数を集めても、俺がこの城を鉄壁に変える。歴史はここで変わる」
小田原城――総構えと呼ばれる広大な防御網を持つ、戦国屈指の要塞だ。氏直は城壁から降りると、家臣たちを広間に呼び集めた。松田康長、北条氏規、風魔小太郎が顔を揃える。氏直は縄張り図を広げ、静かに話し始めた。
「秀吉の本隊が動き出す前に、小田原を完璧な要塞に仕上げる。まず、城の守りを固める。この城をさらに強固にする術がある」
松田が首をかしげる。
「守りを固める? 既に小田原は堅固な城と聞いておりますが……」
「確かに堅固だ。だが、秀吉は長期の包囲を仕掛けてくるだろう。兵糧と水さえ確保できれば、この城はもっと長く持つ。まず、堀の水門を見直せ」
氏規が目を丸くする。
「水門を?」
「そうだ。小田原の堀は外海と繋がっておるが、水量の調整が甘い。木材と石で弁を作り、水を城内に溜め込む。これで敵が堀を土嚢で埋めるのを遅らせられる」
「次に、土塁だ。柵を立てるだけでは足りぬ。斜面に角度をつけろ。土塁の傾斜を急にすれば、敵の梯子や足場が崩れやすくなる。秀吉が鉄砲を多用するなら、なおさら登りにくい土塁が効くはずだ」
松田が頷きながら応える。
「確かに、敵が登れなければ鉄砲も届かぬ。だが、それだけの工事を急ぐには……」
「城下の民も動員しろ。女や子でも土を運べる。報酬は兵糧で払え。秀吉が来る前に終わらせるんだ」