表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

8. 言えなかった言葉③

 当時のことや裏事情をもっと知るために、まずこの学校のあらゆる噂や情報を握っている新聞部をターゲットにすることにした。遥と一緒にいるところを他の人に見られたくなかったから、彼女が情報を探りに行く間、僕は外で待つことにした。

 待っている間、何もしていなかったわけじゃない。生徒室で忙しくしている姉さんに今何してるを報告しつつ、藤原先生のことについても聞いてみた。姉さんは生徒会の副会長だから、もしかしたらもっと詳しい情報を知っているか、当時のことの経緯を調べる手段があるかもしれないと思って。


 しばらくして、姉さんが集めてくれた情報が届いた。


1.  夏休み前、1年D組の藤原樹は、暴力事件に関与した。藤原樹以外に負傷者が3名おり、そのうちの1人はバットで脚を骨折し、入院治療を受けていた。バットは当事者の藤原樹の所持品であり、藤原樹も身体のあちこちに打撲を負い、医師の診断により暴行を受けたものと判断された。


2. 生徒会による調査の結果、当時の関係者全員から証言を集めた。藤原樹の証言では、事件の際、他校の3名の生徒が中学生をいじめているのを見かけ、止めに入った際に襲われ、自衛のため反撃したとのこと。


3. しかし、負傷した3名と藤原樹が証言していた『いじめられていた相手』は、いずれも藤原樹が先に暴力を振るい、他の者はそれに対抗して反撃したと述べている。ただし、当時いじめられていたとされる相手は調査の際、不自然な態度を見せ、何度も脅されているかと問われても『脅されていない』と主張していた。


4. 入院した人の両親は、財界で強い影響力を持つ人物であり、事件後に校側へ説明と賠償・謝罪を要求し、応じなければ学校の評判に関わることを公表し、法的措置も辞さない姿勢を示した。


5.  学校理事会は議論の末、藤原樹に一時停学の処分を下すことを決定した。また、藤原樹の家族にも賠償と謝罪を求めることとなった。


6. 藤原先生は何度も校側に情状酌量を求めたが、決定を覆すには至らなかった。



 この情報から推測するに、藤原先生は学校側のプレッシャーや相手の親の権力に押され、仕方なく息子に罪を受け入れさせ、謝罪させることで事態を収めようと考えたのかもしれない。しかし、その苦しい選択が息子に理解されず、予想外にもそれがきっかけで喧嘩となり、間接的に彼の死を招いてしまった。

 でもこれだけじゃ、怨霊の藤原先生への恨みは解けないと思う。藤原先生があの時どれだけ彼のために頑張ったか、証明するようなもっと強い証拠が必要だ……


「お待たせー」


 遥がなんか疲れた顔をしてこちらに歩み寄ってきた。


「ほら」


 遥が写真を僕に差し出してきた。

 写真の中の場面はどうやら病室のようで、その中で藤原先生が別の女性の前で頭を下げ、まるで許しを請うように見える。この写真は病室の外から隠し撮りされたもののようだった。


「それと、新聞部の会長から藤原先生が理事長に嘆願している映像と、病室で藤原樹に殴られて入院した人の家族が藤原先生に嫌がらせをしている映像の二つを送ってもらったの」

「ありがとう。てか、君大丈夫か?もし疲れてるなら、次は僕一人で何とかするから、無理してついてこなくてもいい」


 さっき遥の疲れた顔に気づいてからは、これ以上頼るのは気が引けた。

 証拠はもう十分に揃っているはずだし、あとは説得の言葉をまとめて、雨宮さんの体を操る怨霊を探し出し、藤原先生の想いと努力を伝えるだけだ。


「さっき初めて新聞部のインタビュー受けたんだけど、慣れなくてちょっと疲れちゃっただけ。もう少しで回復すると思う」


 だって遥は昨日転校してきた初日から注目の的だし、休み時間になるとわざわざうちのクラスの前を通って遥の姿を見ようとする人が絶えない。もし遥のことを校内新聞に載せたら、確実に話題になるだろう――新聞部の連中もきっとそんな風に考えているに違いない。


「そっか?もし本当に無理なら、無理しなくていいぞ」

「私のこと、心配してるの?」

「……どうだろう」

「えへへ、嬉しい」


 僕の心配が遥にとって特効薬みたいに効いたのか、さっきまで疲れた様子だった顔が一瞬で消えて、代わりに満面の笑みが浮かんだ。

 その、僕の前だけで見せる純粋な笑顔を見た瞬間、心臓の鼓動が勝手に速くなった。何の波も立っていなかったはずの心の中が、まるで大波を巻き起こしたかのように揺れ動いた。

 この笑顔、反則すぎるだろう……


「そういえば、インタビューで私がどんな質問をされたか気にならないの?」

「……全然」

「今、付き合っている人がいるかって聞かれたんだ」

「あ、そっか」


 さっきの動揺がまだ収まらない。

 僕はポーカーフェイスを装い、何事もなかったかのように水を飲む。

 まさかその笑顔にドキッとしてしまったなんて悟られるわけにはいかない。そんなことがバレたら、絶対にからかわれるに決まっている。


「それでね、彼氏なんて今までできたことないんだけど、大事な異性が一人いて、その子の呼び名が『あず』なんだって言ったの」

「プッ」


 思わず水を吹き出してしまった。


 あず?彼女の言う『あず』って、まさか僕なの?いやいや、ありえない。僕みたいな奴が遥みたいな美少女の心に残る存在になれるわけがない。


「私が言ってた『あず』って、あなたのことだよ」


 終わった……

 明日新聞に載って、もし僕が『あず』だってバレたら、きっと殺されて裏山に埋められる……遺書、書いておくか……

 たった15年くらいという短い人生だったけど、僕は父さんと母さんの子供で、姉さんの弟になれたことをとても嬉しく思う――遺書はこんな感じで書こう。


「あず、しっかりして!なんでそんな死にそうな顔してるの?」

「まだ知り合って時間は短いですが、君と知り合えて良かったです……もし、これから突然僕のことを思い出して、たまたまお時間があれば裏山にお参りに来ていただけると嬉しいです……」

「何言ってるんだ?まさかあなたも幽霊に取り憑かれたの?」

「いや、大丈夫です……」


 遥は僕が何を言っているのか分からなかったけど、まるで慰めるかのように僕の背中をポンポンと叩いた。

 この人生で、美少女からの慰めを受けられるなんて、もし死ぬときにこのことを思い出せば、きっと痛みも感じなくなるだろうな。



 雨宮さんの体に憑りついている怨霊を探すため、何人かに話を聞いた後、結局体育館にたどり着いた。


 現在、男子バスケ部のメンバーが体育館で練習試合をしている。ちょっと顔を上げると、『雨宮さん』が今の試合を見守っているのが目に入った。


 遥が後に続いて入ってきた。すると、ベンチに座っていた男子たちの視線が遥に向けられた。勘違いされないように、僕はそっと横に移動して、遥と適度な距離を取った。


 すぐに誰かが近づいてきて、遥に話しかけた。こちらに向けた助けを求めるような視線を無視して、そのまま『雨宮さん』の方へと歩みを進めていった。


「お前が俺のもう半分の魂の頼みで、手助けして俺をこの少女の体から解放するって奴か?もし母親を許せって言いに来たなら、無駄だからやめてくれ。安心しろよ、ずっとこの体に居座るつもりはない。ただ、生きているからこそ感じられるものを、もう少し味わいたいだけだ」


 さっき藤原先生に対する態度に比べると、今はだいぶ穏やかになっているようだ。どうやら、余計な力と時間を使って感情を落ち着かせ、話を聞かせる必要はなさそうだ。


 すると、遥が送ってくれた映像を開いて彼に見せた。


「僕はただ、あの時の件について、もう一人の視点から見た経緯を君に伝えに来ただけ」


 2つの映像を見終わった後、怨霊は黙ったまま、僕が渡した写真をじっと見つめている。


「君がトラブルを起こしたことを知った後、藤原先生は理事長と病院に送られた人の母親に、君の未来のために自分の尊厳を捨てて懇願したんだ。嘲笑されながらもな。それでも結局、何も変わらなかった。だから仕方なく、君に謝らせて許しを得ることで、これ以上事が大きくならないようにして、未来を壊さないようにしたんだ。その後に何があったか、もう君も分かってるだろ」


 時には、どんなに尽力してもそれが見られないことがある。でも、理解しようとせず、ただ自分が見たり聞いたりした一方的な情報に固執してしまうと、結局は争いが起きるだけ。

 でも、これはただの綺麗事だ。僕だって毎回冷静になって他人を理解しようとしたり、他人の立場になって物事を考えたりできるわけじゃないから。


 怨霊がこれで藤原先生の苦心を理解して、その恨みを解いて仏になるかどうかは、結局はあいつ自身の選択だ。僕は無理に理解させようとは思わない。


 『雨宮さん』の表情は、今まさに迷っているように見えた。だが、やがて決心がついたのか、顔つきが一変し、振り返って立ち去ろうとした。


「藤原先生は今、職員室にいるはず」

「ありがとう」


 『雨宮さん』は、ようやく解放されたように穏やかな微笑を浮かべた。


 体から漂っていた暗いオーラは、少しずつ和らぎながら柔らかな乳白色のオーラへと溶け込むように変わっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ