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5. 次々と押し寄せる厄介事

 翌朝。


 いつも通り、教科書やノートの忘れ物がないか、カラコンをちゃんとつけているかを確認する。確認が終わると、部屋を出てリビングへ向かい、母さんと一緒に朝ごはんを食べた。

 今日は姉さんも生徒会の仕事で早く学校に行かないといけないから、僕は一人で登校することになる。でも昼休みか帰ってから、落ち込んでる姉さんをちゃんと慰めてやらないとな。


 玄関ドアを開けた瞬間、少し見覚えのある背中が視界に入る。ドアの開く音に気づいた遥が、ふとこちらを振り返った。


「おはよう!」


 朝っぱらから元気だな……僕の寝起きの機嫌はまだ消えてないってのに……


「おっはー……」

「なんでそんなに元気ないの?学校生活は貴重なんだから、もっと元気にいかないと」

「別に学校生活にこだわってるわけじゃないし……」


 学校生活なんて、毎日新しい知識を覚えて、未来のための基礎をつけてるだけだ。もしも、遥みたいに毎日の決まりきった日課にそんな情熱と元気で向き合っていたら、絶対に疲れ果てると思う。


「もう、まったく……ほら、一緒に学校行こ?」


 こんなにも積極的な遥を断ることなんてできず、仕方なく諦めることにした。

 遥と誤解されない程度の距離を保って歩いた。遥は少し不満そうだったけど、これは仕方ない。だって、こんな美少女と一緒に話しながら歩いてたら、僕みたいな陰気で冴えない奴が図々しくも美少女を狙ってるって思われるかもしれないから……


 クラスに着くと、早速たくさんの人が遥に話しかけに来た。遥はずっと穏やかで親しみやすい笑顔を浮かべながら、楽しそうにみんなと話している。ただ、こんな時は隣の席の僕が騒がしい環境を耐える羽目になる。

 イヤホンをつけて、周りの騒がしい声が聞こえなくなるくらい音楽の音量を上げ、そのまま机に突っ伏した。

 どれくらい時間が経ったのか分からないが、眠気に引き込まれそうになったけど、右肩を誰かの手がそっと叩いた。

 顔を上げると、ちょうど早坂先生が教壇に立ったところだった。

 起こしてくれたのは遥か――と思い、振り返ると、彼女は前を指さして先生が来てるよと合図してくれた。


「ありがとう……」


 遥にしか聞こえないような小さな声で話しかけた。



 昼休み前の最後の授業は歴史総合だ。このクラスでこの科目を担当しているのは小林先生。以前、他の人たちがこっそり話しているのを何度か耳にして小林先生の授業は早坂先生よりも退屈だとか言われていたけど、歴史好きの僕としては、別にそうでもないと思っている。


 カバンから教科書とノートを取り出して授業の準備をしていると、ふと気づけば、遥が自分の机を僕の机にぴったりくっつけてきていた。


「……何してる?」

「教科書忘れちゃったんだけど、一緒に見てもいい?」


 遥は照れくさそうに笑った。

 でも、僕に何も聞かずに勝手に机をくっつけてきたのに、今さら聞く意味があるんだろうか?

 どうしようもなくて、仕方なく教科書を向こうにに押し出して、一緒に見ることにした。

 すると、周りから漂ってくる冷徹な殺気が、まるで『なぜ寺西さんが俺じゃなくて、こんな目立たない陰気な奴と教科書を一緒に使うんだ?』って問いかけているようだった。


 みんな、これには僕だって仕方がないんだよ?僕も別にこれがしたいわけじゃないし、だから命だけは勘弁してくれ。

 小林先生は遥がそんなことをするのを止めなかったし、むしろ僕の方を殺気立って見ている何人かに気づいていない様子で、授業を始めた。だから僕は視線に気づいていないフリをしながら、椅子を少し壁に近づけて、他の人に近すぎると思われて嫉妬され、裏山に埋められないようにした。

 正直、遥が自分が美しくて男子の間でかなりの人気があることを知っていて、わざと僕に近づいて僕を殺させようとしているのかはよく分からなかった。でもすぐにその考えは捨てた。だって、僕が遥を怒らせるようなことをした記憶はないから。


 たびたび感じる視線のせいで、なかなか集中して授業を受けることができない。


「あなたのノート、本当に綺麗だね」


 僕のノートに気づいた遥は、なぜか珍しい動物でも見たかのように、好奇心でいっぱいの目をしている。


「君、ノート取らなくていいのか?」

「めんどくさいんだもん……それに、取っても後で見返しても、自分の字が読めないし」

「君もその自覚があるんだ……あ、痛っ」


 うっかり本音を言ったら、その結果として腰をグッとつねられた。


「ねぇ、暇な時に私に勉強教えてくれない?進度についていけなくて、悪い成績を取って、強制的に退学させられたらどうしようって心配で……」

「高校受験を通過してこの学校に入れたんだから、試験前にちょっと復習すれば、退学になるような成績は取らないと思うけど」


 強制退学になるには、全科目で1桁の点数を取らないと無理じゃないかな。テストで適当に答えても、たまに当たっちゃうこともあるし。だから、全科目で1桁なんて、逆に難しいと思うけど。

 僕の成績は悪くないけど、もし他の人に遥に個別で勉強教えてるのがバレたら、なんか面倒なことになりそう……


「でも、退学になるのがすごく怖いの……」


 少し可哀そうな表情を浮かべる遥を見ていると、退学を避けたい理由が何か他にある気がして、どうにも断りきれなかった。


「分かったわよ……ただし、僕が教えてることは他の人に絶対バレないようにすることが条件だぞ」

「なんで?」

「殺されるかも」

「ぷっ……分かった、約束するよ。ありがとね」


 まったく、なんでいつも遥に断れないんだろうな。



 授業が終わると同時に、姉さんから『いつもの場所で一緒に昼食を食べよう』というメッセージが届いた。


 僕は教科書やノート、それに文房具を片付けてお弁当箱を取り出し、立ち上がろうとしたその瞬間、遥が服の端を引っ張ってきた。


「あずはどこに行くの?」

「ごはん食べに行く。それと、他の人に聞こえる場所でそんな呼び方しないでくれ、誤解されるだろ」

「私も一緒に行く!」


 え?遥も一緒に昼ごはん食べに行くの?

 でも、もし遥と姉さんが会ったら…なんかまずいことが起きそうな気がする。


「悪いけど、ちょっと無理だ。君の命の安全のため」

「昼ごはんを食べるだけで、なんで私の命が危ないの?」

「えっと、どう言えばいいのか分からないけど……」


 姉さんがまたメッセージを送ってきて、遥も一緒に連れて来てほしいと言ってきた。

 めんどくさいなぁ……お姉様いったい何のつもりなの?


「まぁいいや、来たいなら別に構わないけど。ただし、何かあったら僕のせいにしないでよ」

「私と何かしたいの?」


 こいつ、明らかにわざとそう言ってるのに、考え込んでるふりしてやがる……!


「そんなこと、一度も思ったことない」

「顔、赤くなってるよ」


 罠だって分かってたのに、結局引っかかっちゃった。こんな悪戯ばっかりされたら、心臓がいつか耐えられなくなる。


 屋上に向かう途中、遥には一応これから姉さんと一緒に昼ごはんを食べるってだけ伝えたけど、姉さんがブラコンとかそういうことは言ってない。もし姉さんが、僕が他人に彼女の悪口を言ったと知ったら機嫌が悪くなって、あれこれと宥めさせようとするだろうし。そんな光景を想像するだけで疲れてくる。


 屋上に到着すると、姉さんはフェンス近くのベンチで待っていた。

 普段、屋上には人が来ないので、他人の視線を気にせず安心してくつろいだり昼ご飯を食べたりできる。ただ、僕がここで昼食を取るのは姉さんに呼ばれたときくらいで、普段は人のいない教室や誰も通らない場所で昼休みを過ごしている。


「来たか」


 姉さんの表情はいつになく真剣で、まるでアニメで父親が未来の婿に会う時のような雰囲気だった。


 これから姉さんが何をしようとしているのか、さすがに僕にも予測できない。遥には健闘を祈るしかないな。


「はじめまして、吉川先輩。私はあずやくんの友人、寺西遥です」

「はじめまして。あっ、寺西さんの顔、よく見たらもっと可愛いね」

「ありがとう。吉川先輩もすごくかっこいいですよ、あずやくんと同じくらい素敵です」

「おぅ、まさかあんたも私の弟がどれだけ素敵だと分かってるんだね。どうやら私たち、意気投合しそうだね」


 この2人、なんで変なことを言いながらまるで気が合う友達みたいになっただろう?それに、なんで遥の姉さんに対する態度、僕に対するよりも礼儀正しく感じるんだろう?


 まぁ、けどこうしてこの二人にずっと喋らせといて、僕は何も言わずに静かにご飯を食べるのも悪くないかも。


「うちの弟のこと、どう思ってるの?」

「とても優しいし、人の頼みを断るのも苦手ですよ」

「でしょ?よく嫌な顔してるけど、相手がちょっとでも悲しそうにするとすぐに揺れちゃうんだから」

「それに、お願いされたときの困った顔もすごく可愛いんだよね」

「分かる~」


 ……これは羞恥プレイなのか?

 なんで僕がここでこの二人の話を聞いてなきゃいけないんだ?もう帰ってもいいか?


「その……僕のこと、もう言わないでくれよ……」

「でもやっぱり、照れてる顔が一番いいね」

「お姉さんー!」


 姉さんと遥の笑い声の中で、ようやく羞恥プレイが終わった。昼休みは元気を取り戻す時間のはずなのに、なんでか昼休み前よりも疲れた気がするんだろう?


「そういえば、寺西さんって本当にいい子だよね。私の弟の目のことを知っても、他のゴミみたいに排除したりしないし。これで私も安心したよ。これからも、私の弟の友達でいてくれると嬉しいな」

「うん!先輩が認めてくれてありがとう、私はあずやくんという友達を大切にするよ!」

「だが、ただの友達だけだよ?」


 遥は約一秒間考え込んだ後、ようやく姉さんが言いたいことを理解した。

 すると、苦笑いを浮かべた。


 姉さんの口を止める力も、ツッコむ元気もなく、結局ただ深いため息をついた。

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