1. 静かな学園生活
僕、吉川あずや、今年16歳、風嶺高等学校の1年生。
今日から2学期が始まる。
変な目と霊能力のせいでいじめられて、学校に行きたくない時期もあったけれど、小学3年生の時に知り合いがいない立川市に引っ越してきてから、少しずつ改善された。
今の僕にとって、学校はただの勉強する場所に過ぎない。友達や部活動なんて、全く気にしていない。どうせ、ずっと一人に慣れてるから。でも、だからこそ父かんと母かんに何度も励まされて、青春を楽しむようにと言われてる。
でも、僕にとっては、誰にも目立たない陰キャでいられ、この目と霊能力が見つからずに卒業していい大学に進学できれば、それで十分なんだ。陽キャのような青春なんて、別に望んでいない。
風がそっと吹き抜け、思わず目を覆ったけれど、ふとカラコンをつけていることを思い出し、手を下ろした。
顔を上げて前方に視線を移すと、校門の前に人々が集まっているのが目に入った。
何かあったのか?
……まぁ、余計なことに首を突っ込まない方がいい。
そう思ったけれど、通り過ぎるときに思わず人集りに目をやってしまった。
囲まれているのは、風嶺高等学院の女子制服を着た少女――白いミディアムレイヤー、感情の読めない深い瞳、小柄で儚げな美しい顔立ち、そして雪のように白い肌。それら全てが彼女を非現実的なほど美しく見せている。
今まで学校で見かけたことはなかったし、もしかしたら転校生かもしれない。でも、誰だろうと僕には関係ないか。
*
風嶺高等学院は立川市の3大進学指導重点校のつである。この高校に入学するには、一般的な入学試験よりも遥かに難しい試験と面接を突破しなければならない。熾烈な競争を勝ち抜いて初めて、この学校の門を叩くことができるのだ。
僕と同じ中学校の同級生で、この高校に進学したのは約20人。でも、その中に僕の友達はいなくて、僕の名前を覚えているのはたった2人だけだ。
同じ中学校の同級生が同じクラスになったけれど、わざわざ僕に話しかけてくることはほとんどない。
1学期がもう終わり、みんなはすでに固まった友達グループを形成していた。僕は静かに窓際の隅の席に座っていて、誰も僕に話しかけることはなく、加わりたくても勇気が出なかった。
窓の外を見ると、遠くの電線に数羽のハトが集まっている。電線に繋がる電柱の上には1羽のカラスがとまっていて、ハトの群れをじっと眺めている。
風が教室に吹き込み、顔を優しく撫でるように軽く打ち当たった。
今日は平穏な一日になるだろうな。
まったりとした時間を楽しんでいると、担任の先生が教室のドアを開けて入ってきた。
「やあ、みんな、高校生の青春をちゃんと楽しんでる?」
「早ちゃん、おはようー!」
「早ちゃんじゃない!早坂先生だ!」
早坂加奈子、1年B組の担任。普段は教師らしい威圧感をまったく出さず、むしろ友達みたいに生徒たちと接し、時には一緒に雑談したりもする。だから、早坂先生はこの学校で一番生徒に人気があって、親しみやすい先生。
でも、それはあくまで『普段』の話。もしテストで誰かが最低ラインに達していなかったら、早坂先生は一転して厳しくなる。達していない生徒には補習を命じ、そのラインに達するまでは部活への参加も禁止されるのだ。
「まぁ、それより、今日からうちのクラスに編入生が来るのよ」
「その編入生はイケメンかな?」
「まさか、今日校門のところで見た雪女みたいな美少女なの?」
「雪女って何だよ?」
「だって、彼女の肌、すごく白いじゃん?」
みんなが編入生について話しているのを聞きながら、僕はいつも通りクラスになじめず、窓の外をぼんやりと眺めている。
「ストップ——!みんな、編入生をびっくりさせないでね。寺西さん、入ってもいいよ!」
みんなのテンション、本当に高いな。
足音が響き、数秒後に止まった。
前を向き直すと――彼女だった。
校門で人集りに囲まれていたあの美少女が、今は微笑みを浮かべながら早坂先生の隣に立っている。
なるほど、彼女が編入生か。
「それじゃあ、自己紹介をお願いね」
早坂先生は彼女にチョークを差し出した。
受け取った彼女は黒板に自分の名前――寺西遥と書いた。その字は見た目が酷く、まるでアニメの中で死者が死ぬ前に血を振り絞って残した死亡メッセージのようだった。
でも、なんかその字はどこかで見たことがある……
「みんな、初めまして!私の名前は寺西遥です。最近オーストラリアから日本に帰ってきたので、日本の文化にはあまり詳しくないです。これからよろしくお願いしますね!」
「寺西さんはオージー人ですか?」
寺西さんが自己紹介を終えると、すぐにショートヘアを持ち、男の子にも女の子にも人気が高い可愛らしい外見の子が手を挙げて質問を投げかけてきた。彼女は一見ギャルっぽいけど、実は優等生で学級委員でもある。確か名前は雨宮愛奈だったはず。
「違うよ。私の両親は日本人で、私も日本で生まれたの」
「そっか」
「とにかく、みんな今後は寺西さんのことをよろしくね!」
寺西さんは何かを探しているようで、周りを見回した後、ついに僕のいる隅に視線を留めた。そして、彼女の顔には、意味不明な笑みが浮かんでいた。
ど、どうした?僕、何か彼女を怒らせるようなことした?
「先生、あの子の隣に座ってもいいですか?」
え?なんで?クラスにはまだ空いてる席が2つあるじゃん?
「いいよ」
おいおい、早ちゃん、君気づいてないのか?このクラスに何本か殺気立った視線が僕に向いてるぞ?
でも、僕には断る選択肢なんてなかったんだ。
寺西さんは足早に僕の隣の席へとやって来た。席に着くと、満面の笑みを浮かべながら僕に手を振った。
やばいな。今日放課後、クラスの男子に捕まって裏山に埋められるかもしれない。
冷や汗をかきながら周りを見渡すと――いくつかの視線がまるで『クラスに他にも空席があるのに、どうして寺西さんはわざわざ陰キャの隣を選んだんだ?しかも笑顔で挨拶までしてるのか?』とでも言っているように感じた。
結局、何もなかったことにして、窓の外をぼんやりと眺めることにした。
いい天気だな……来年の今日、裏山に埋められた土の上にはきっと雑草が生えてるだろうな。
「はい、それじゃあ授業を始めましょう!新学期の初日だから、しっかり気合い入れてね。さもないと、私が蹴り落として3周走らせるから覚悟しなさいよ!」
「蹴り落とされたら病院行きになるだけじゃん?3周も走れるわけがあるか!?」
生徒のツッコミを無視して、早坂先生は授業を始めた。
ノートを取り出したところで、隣から折りたたまれたメモがポトリと手元に落ちてきた。
横を見ると、寺西さんがそのメモを指さして、僕に開くように促している。
こ、これ……果たし状じゃないよね?
すると、慎重に開いた。
白い紙の上には乱雑な文字がびっしりと書かれていた。少し読みづらいが、よく見るとその内容はなんとなく分かる。間違っていなければ、『なんで無視するんだよ!?』と書かれていた。
え?放課後に体育館の裏に行けってことじゃないんだ……
どうやら幼稚園で誰もいない場所に呼び出されていじめられたことのトラウマが、まだ残ってるみたいだな……
隣を見やると、寺西さんは視線に気づいてすぐに腕を組み、ぷいっと顔を背けた。怒っているようだ。
えーっと、このまま謝らなかったら面倒なことになりそうだし、とりあえずさっきの無礼について謝った方がいいかな。
そのメモに『ごめん』と追記し、折りたたんで彼女に向かって投げ返した。
これで大丈夫かな……
ため息をついてから、授業ノートを取り始めた。
しばらくすると、そのメモが再び僕のところに戻ってきた。
なんで寺西さんが目立たない陰キャと話すことにそんなに熱中してるんだ?
別に嫌いじゃないけど、もし他の人に授業中ずっと寺西さんとメモを回してるのが見つかったら、明日警察が裏山に僕を探しに来るかもしれない。
周りを見渡すと、今のところ誰もこちらに気を留めていないようだった。
すると、僕はメモを開いて見た。
『許してあげる。でも放課後は私とデートに行かなきゃダメだからね?』
まばたきをした――見間違えではなかった。
え?デート?
これは何だ?アニメの中で転校生が初日に目立たない陰キャに興味を持つシーンか?
……落ち着け、吉川あずや。これは多分、寺西さんが何か頼みたいことがあって、言い出せずにデートのフリをしているだけなんだ。だって、突然転校してきた美少女が、なんで僕みたいな目立たない陰キャとデートしようなんて思うわけがないだろ。
受け入れるかどうか迷っていたが、振り返ると寺西さんがこちらを向いていて、まるで子供が飾り窓の中の玩具を眺めるように、目をキラキラと輝かせていた。
眩しい……これじゃあ、断ることはできないか……
こうして、いつも一人きりだった僕の静かな学園生活が、この瞬間に終わりを迎えた。