17. ワン
キッチンの方から無視できないほど強烈な怨念が漂ってきている。本を読んでその怨念や視線を気にしないように努めても、どこか居心地の悪さを感じてしまう。
遥が僕の家に来てから、姉さんはクッションを抱えたまま、ずっと食卓に座って、今のように僕をじっと見つめている。そこからは強くて暗いオーラが漂っていて、まるで近づくのも怖いくらいだった。
リビングの床に座ってうちの犬と楽しそうに遊んでいる遥を見ながら、まだ来てから5分も経っていない彼女に今すぐ帰らせて姉さんのこの怨念を消させるなんて言えなかった。
気にしないようにしようと思いながら、遥が帰りたくなったら姉さんはまたいつものように戻るだろうと思う。
でも、今ちょうど喉が渇いてきた。少し迷った後、本を閉じて立ち上がり、キッチンへと足を向けた。
「ねぇ、弟くん、どうして他の女の子を私たちの愛の巣に連れてきたのか、説明してくれる?」
やっばり、姉さんは僕が異性を家に連れてきたことが気に入らない。
ただ、愛の巣なんて言葉が姉さんの口から出た瞬間、思わず気まずくなって鳥肌が立った。
「いや、その……僕、断るの苦手なの知ってるだろ」
「もう、あんたさ、そろそろ他人の目を気にするその癖直しなさいよ」
「本当にそうできたらいいんだけどな」
この目と霊能力のせいで、かつて変な視線を浴び続けてきた。それが今の僕を作り上げたんだ。他人に嫌われたくないし、もう二度とあんな視線を浴びたくないから、慎重に生きることを選んだ。人を断る勇気もなくて、もし断ったら誰かを怒らせるんじゃないかと心配ばかりしている。
姉さんは呆れたように深くため息をついた。その直後、僕の油断を突くように不意に足を振り上げてくる。
自己嫌悪に陥る僕を見ると怒り出すのは姉さんの癖で、こうした攻撃ももう何度目か分からない。だからこそ、僕はその動きを予測して、わずかに体をひねり、余裕でかわした。
「甘い」
「くそっ……!」
視線をリビングに向けると、先ほどの子供じみた光景が、犬を抱きながらこちらを見ている遥にしっかりと目撃されていたことに気づいた。
気まずっ……
僕はそっぽを向いて水を注ぎながら、何事もなかったかのように振る舞おうとした。
水を飲み終えた後、リビングに戻り、ソファに置いてあった本を手に取って、続きを読もうとした。
「そういえば、この子の名前って何て言うの?」
ソファに腰を下ろした途端、遥がそっと僕の足元に寄ってきた。まるで姉さんの放つ殺気に満ちた視線には全く気づいていないかのようだった。
「元太郎、元気の元」
「へぇー、元太郎か。かっこいい名前だね」
元太郎はかつて、生後数か月の痩せ細った野犬。ある日路上で死にかけているのを見かけたから、自分の貯金を使って助けることにした。
それから数週間後、元気を取り戻した元太郎は動物病院から家までついてきて、玄関の前でずっと座って離れようとしなかった。それを見て、仕方なく家族に頼んで引き取ってもらうことになった。
今では元太郎も家族の一員として3ヶ月以上が経ち、少しぽっちゃりした体型に成長した。
正直に言うと、ちょっと恥ずかしいんだけど、普段元太郎の散歩に連れて行くのは姉さんで、元太郎を飼うように頼んだ僕はまだ一度も散歩に連れて行ったことがない。
「ちょっと意外だね。普段学校に途中で犬を見かけても、あんまり興味なさそうに見えるのに。まさかあなたが犬を飼ってるなんて思わなかったよ」
「ただ表に出してないだけ。実は僕、けっこう犬が好き」
すると、遥は元太郎を持ち上げて自分の顔の前にかざした。
「ワン!」
いきなりの可愛らしい犬の鳴き声に、僕も元太郎も思わず固まってしまった。
遥は元太郎の後ろからひょっこり顔を出し、悪戯っぽく笑った。
その笑顔に心を奪われそうになったとき、重くて柔らかな黒い影が突然顔に覆いかぶさった。息が苦しくなり、おかげで遥から注意をそらすことができたのだった。
「私の弟を誘惑するのは禁止!それと、あずやちゃん、あんたもときめかないでよ!」
「あずやくん、私にときめいたの?」
「そんなことない」
認めたら、姉さんがやきもちを焼いて暴走するかもしれない。トラブルを避けるために、僕は視線を本に戻して、何も気にしていないふりをした。




