トラウマに挑もう!
終始オレに皆がほわわ~んとしていた朝食が終わり、公爵は補佐官と執事に引きずられるように仕事に向かった。そのままでいるといつまでもオレの側から離れないので、二人は容赦がない。
泣きながら愛する妻と娘の名前を呼んで連れられていく姿は哀れみがあるが、いつものことと、オレ達は笑顔で公爵を見送った。
「リリ、きょーこそここにちょーせんしゆから!」
「はい、お嬢様!フォローはお任せ下さい!」
「うん!」
公爵夫人共別れ、オレはリリルを伴いある場所へと赴いた。そこはオレのトラウマの原因──。
階段───!
今は1階の部屋で過ごしているが、オレは前まで2階にいた。赤ん坊だったオレの生活はその部屋だけで完結していたが、はいはいが出来、立っちも出来、片言の言葉も喋るようになると行動範囲も広がり、そろそろ一緒に食堂で食事をしようとなったのだ。部屋の外に出られるとオレは単純に喜んだが、大きな落とし穴があった。
オレの部屋は2階で食堂は1階。
食堂に行くには─。
階段──。
階段があったんだ!
オレには生まれた時から前世の記憶があった。死んだ時の事も覚えている。その原因も。
だがオレは真実分かってはいなかったんだ。
リリルの腕に抱かれて食堂を目指したオレは、階段の手前でピキーンと固まった。踊り場から見たそこはオレにとっては奈落の底。リリルが階段を下りる前に、オレはそれを阻むようにギャン泣きした。
そこからはもう大惨事。
でかい屋敷中にオレの泣き声は響き渡り、公爵夫妻はもちろんの事、屋敷中の使用人が集まった。
かいだんやー!と叫びギャン泣きするオレはそのまま部屋に戻され、泣き落ちして目が覚めた時にはもう1階の部屋に移されていた。
その後上り階段はそれほどでもないと分かったが、身体が震えるのを止める事は出来なかった。
まさか自分でもここまで階段がトラウマになっているとは思わなかった。ひどい誤算だ。
だが、オレももう3歳。いつまでも2階にいけないなんてだめだ。
この国の貴族は15歳になったら全員、王都にある王立学園に入らなければいけない。学園は5階立て。もちろんエレベーターなんて便利なものもない。それにこの世界には魔法もないのだ。異世界なんだから普通に魔法が使えるのかと思ったら、魔法のまの字もないらしい。非常に残念だ。
とにかくオレはトラウマを克服する!
階段ごときに負けてたまるか!
「ゆくぞーかいだん!おまえなんかにまけにゃいぞー!」
「お嬢様、頑張って下さい!」
「頑張れ、お嬢様!」
「応援します、お嬢様!」
背後からリリル以外の声も聞こえたが、オレは構わず階段に向かった。
結果──。
「………かいだん………つかれ…ゆ………」
「お嬢様ー!」
上るだけで疲れた。
過保護で溺愛されていたオレは、抱き上げられて移動することが多かった。今はチョコチョコと歩いてはいるが、まだ体力的に階段は辛かった。上るだけで疲れる。もっと体力をつけなければ!
「お嬢様、少し休みましょう」
「……うん、リリ…」
素直にリリルの腕に抱き上げられ、2階の部屋に入る。
「リリ、そとみたい」
「はい、お嬢様」
心得たとばかりにリリルは部屋の奥に進み、出窓になっている場所にオレを座らせた。
そこに広がるのは、公爵邸の玄関から遙か遠くに続く門までの道だ。
「いつみてもひろい……」
門までに続く道には、美しく整えられた花壇と彫刻、噴水、庭園や温室もあるし、公爵邸を護るように森が広がっている。公爵家に仕える騎士団の宿舎や訓練所もある。
とにかく広い。
元日本人としては、個人宅だなんて信じられないぐらいだ。
「こんなにひろいんにゃから、あそぶのあればいいにょに……」
オレはまだ小さくて外へ出る事は禁じられているが、家の周りがこんなに広いんだから、何か遊具があってもいいと思う。遊園地とまではいかなくても、公園のように、ブランコや滑り台、ジャングルジムに、うんてい、シーソーとかパンダのビョンビョンしたやつとか。
今のオレは子供なんだから、童心に戻って遊んでもいいはずだ!なのに何もないなんて!
「ないなりゃ、つくってもりゃおう!」
「お嬢様!?」
「リリ、おとしゃまのとこにいく!」
拳を握り締めて決意を固めると、リリルに公爵のもとへ連れて行ってもらおうと出窓から下ろしてもらう。公爵の執務室は3階。とりあえず今日はリリルに抱いていってもらおう。
だが、階段攻略を諦めたわけではない。
待ってろ、階段!絶対お前を攻略してやる!