プロローグ
プロローグ
「可愛い子には可愛いかっこう、綺麗な子には綺麗なかっこうさせないともったいないじゃない。だから輝人、つべこべ言わずに次のイベントでは聖女のコスプレするのよ、聖女!あんたのファンも楽しみに待ってるんだから!」
「でも姉ちゃん、オレ男だよ。たまには勇者とか、男のかっこうしたいよ!」
結論から言うとオレの願いは叶わなかった。
美人と評判の母親似のオレは、生まれた時から、
ー男の子なの?可愛いから女の子かと思ったー
と言い続けられてきた。背も低かったため、中学の時までは本当に制服を来ていても、女の子に間違われる時もあった。そんなオレだから、こと女性というものには可愛いがられた。それはもうペットのように。
そしてその最たる者が、5つ上の姉、照美だったのだ!
当時、お人形遊びが大好きだった姉は、可愛い赤ちゃんに夢中になった。母親と一緒に可愛い服を選んではオレに着せたがったらしい。
だが、姉が選ぶのはいつもレースやフリルがいっぱい付いたピンクの服。それはもちろん女の子用である。母親が男の子用の服を選ぼうとしても、ガンとして譲らなかった。姉曰く、
「かわいいこにはかわいいおようふくなの!」
だそうだ。母もそれもそうだ、となり、以来オレは母と姉の着せかえ人形となった。
オレの子供は2人共女だったか?という父の声は黙殺され、高校生となった今でも、オレは姉の着せかえ人形だ。
「可愛くって綺麗な子には、可愛くって綺麗なコスプレよっ!」
順調にオタクへと成長した姉は、自身が作った服をオレに着せる事を生き甲斐にしている。人生楽しいのは良い事だろうけどさ、
「姉ちゃん、オレ男だよ!もう高校生だよ!聖女も、女戦士も、魔法少女ももうやだよ~」
「却下よっ、却下ー!」
願いは叶わなかったー
そんなオレにある時訪れた変化。
「旦那様、可愛いらしいお嬢様ですよ。奥様そっくりです!」
「ああ、本当だ。ベロニアによく似ている。これは美人になるな」
嬉しそうな複数の声。聞いた事のないそれは一体誰のものなのか?
(身体がうまく動かない。眼もよく見えない。一体どうなってるんだ?確かオレは、大学の受験のために駅に行って、ホームに向かおうと階段に………階段に?ーー階段から落ちた!?…イヤイヤイヤ、落ちたなんて縁起でもない!やめてくれ!というか、それじゃ、ここは病院?)
「よく頑張ったな、ベロニア。我がモルセッゾ公爵家に相応しい美しい娘だ。求婚者が山のように押し寄せるだろうな。ハハハっ…………そんな簡単にはやらんが…」
「まあ、あなたったら」
にわかには信じられない言葉がよく見えない頭上で響く。公爵家って、美しい娘って?
「わたくし達の娘ですもの、絶対に幸せになりますわ」
愛おしげに呟かれる声と優しい手。
(待って、待って、待って、その娘ってまさかオレのことですかー!?)
パニックになってオンギャオンギャ泣いてるオレの気持ちも知らず、元気な泣き声ですね~とニコニコ笑顔の侍女と、君に似て美声だな、ハハハと笑う公爵と、やだあなたったら、と照れる公爵夫人という平和な時が流れていた。
公爵令嬢になったオレ①
衝撃の事実から3年。公爵令嬢として転生したオレは3歳になっていた。
当時は自分がおかれた状態が分からず、身体が赤ん坊ということもあって、オンギャオンギャ泣いてしまったが、落ち着きを取り戻すと怒りと後悔が湧いてきた。オレはあの日受験だったのだ。姉ちゃんのオタク道に付き合いながら必死で受験勉強をした。成績は上位の方だったけど、手を抜けるほどのものでもなく、実は頭が良い姉ちゃんにも教えをこい、オレは勉強を頑張った!なのに!
「しけんうけゆまえにしにゅにゃんて、しのい!」
「お嬢様~、お早うございます。良く眠れましたか?」
ベッドの上で無常なそれに嘆いていると、乳母兼侍女のリリルが入ってきた。
「リリユ、おあよ」
「リリルです、お嬢様」
「……リリユ」
「リリルです、お嬢様!」
満面の笑みで訂正しなくてもいいじゃないか!
まだ3歳なんだ!
舌っ足らずなんだよ!
「リリ!」
「はい、お嬢様!」
ムカツイて名前を省略して叫んだら、愛称で呼ばれたと思ったのか、リリルは頬に両手を当ててキラキラと瞳を輝かせ、クネクネし始めた。
はっきりいって不気味だ。
「リリ……」
「あっ、─失礼しました、お嬢様。さっ、顔を洗って、お着替えですわ~!」
「……………」
テンション高い…。
前世、姉ちゃんの趣味により、ガキの時は着せかえ人形、中学からは女キャラのコスプレをしていたオレだけど、生まれ変わってもなおその宿命からは逃れられないらしい。
公爵令嬢だっていうからたぶん異世界転生なんだろうけど、公爵というのはずいぶんとお金持ちだ。だって同じ服を着た覚えがないのだ。子供だから毎日成長はしているだろうけど、まだ着れるのあるよね!
「お嬢様、今朝はレースとリボンをふんだんに使った
薄薔薇色のドレスです!お嬢様がお召しになれば、薔薇の精霊のごとき美しさ!」
ピンクですね。だけど薔薇の精霊は言い過ぎだと思う。確かに、転生したオレは可愛い。フワフワのピンクゴールドの髪、ルビーのような赤い瞳。王国一番の美人と誉れ高い母に似た顔立ち。成長すれば相当の美人になると思う。でも今はまだ3歳。だいたい褒め過ぎなんだよ。
「リリ、はやくいこっ」
「ハウッ!…………ハァ、ハァ、はい、お嬢様そうですね。ではこちらを」
もう面倒くさいのでリリと呼んで、わざとコテンと首を傾けて言うと、ヒットしたらしく、リリルは胸を押さえた。
着替えて食堂へと向かうが、足が短いのでチョコチョコとしか歩けない。リリルは手を繋ごうとするけど、男子高校生の記憶があるオレには、年上のお姉さんと手を繋ぐ行為は恥ずかしく、自力で歩く。たとえ、リリルや他の使用人達が、微笑ましく見ていたとしても。
「おう、愛しのアキューリア、我が娘!会いたかったよ。お早う」
食堂に入った途端、今のオレの父親であるモルセッゾ公爵が走り寄ってオレを抱き上げる。
「……おあよございましゅ。おとしゃま」
「ああああ、今日も私の娘が可愛い過ぎる!」
「…………」
このテンション高めの朝の挨拶は毎日の事で、母達はニコニコ笑ってるし、すでにオレは諦めの境地だ。
「さあ、食事にしましょう、あなた、アキューリア」
今のオレの母親である公爵夫人が優しい笑顔でそう言う。
アキューリア、とは今のオレの名前だ。
アキューリア・レア・モルセッゾ
それが今のオレの名前。
最初その名前を教えられた時、違和感しかなかったけれど、あだ名が前と同じに出来るんじゃないかと気付いた。オレの前の名前は、高崎輝人。学校ではアキト、って呼ばれてたけど、ご近所さんには、アキちゃん、と呼ばれていたのだ。
生まれ変わってから3年たったけど、今だにアキューリアという名前にオレは慣れていなくて、違和感しかない。
公爵夫妻からはこれ以上ないくらい愛情をもらっているけれど、前世の記憶を持って生まれたオレにはオレの記憶しかなくって、前世の家族を覚えているから、新しい家にもらわれてきた感が強いのだ。しかも、普通の庶民だったのが、公爵令嬢って…。
「アキューリア、どうしたの?口に合わなかったかしら?」
「ううん、とってもおいちい!」
3歳児なのにため息なんか付いたから、誤解されたらしい。慌ててニッコリ笑顔で言えば、皆ほわわ~んとなった。
早くうまくしゃべれるようになりたい。