橘ひかりの正体②
俺がSS9に出会ったのは、3年前。
アレクサンドリア学園に入学が決まった際、両親を亡くして、当時多忙を極めていた俺はサポート用に中古のAIロボットを購入した。
母は病気で早くに亡くし、父は俺が初等部の寮に入学するのと同時に、宇宙航海探索隊のプロジェクトに参加し、そのまま消息不明となってしまった。
帰還率0に近い、いわば死にに行くような旅路だ。
母を亡くした父は、どこか死に場所か未知の何かを追い求めるように人が変わってしまったことを、当時の俺は淡々と悟った。
父はもうこの世には存在しない母を見るばかりで、息子の存在を捨ててしまったことを承知している。子供ながらそれを寂しいとも苦しいとも思わなかった。
薄情か。いや、事実そうなのだから。父は父の信じる人生を歩んだ。
なら俺も自分の信じる道を行こう。
「橘学生?」
「ああ、すみません。一概の学生に何の用でしょう。」
「一概?ふふっ。探すのに苦労したよ。白銀のスナイパー、光線のKNIGHT、月の雲隠れ、体力バカ、私の機材つぶし野郎と呼ぶべきかな?確かに、隠れるのは上手だね。身をもって感じた。」
木目調のテーブルに頬杖をついて、白衣を着ている少女が向かいに座る自分の顔を覗き込む。
長いブロンドの髪がさらっと揺れる。
機械工学科で同学年のクレイシア・ロゼット。
皇族の血縁であるだけでも著名な人物だが、機械工学分野の中でもその実力に期待されている人物だ。この学園でも、ほぼ全員が知っていると言っても過言ではない。
「貴方は俺をを本気で殺す気なのか!?それに、皇族の血縁者とはいえ、バレたら生徒会どころでは。」
かわいらしいように見えて、末恐ろしい人だ。
ここ1か月、広大な敷地を誇るアレクサンドリア学園パイロット科において、ありとあらゆる破滅的な罠を自分に向けて張り巡らせていた。
特段逃げる理由もないが、そのトラップと言うのが致死量並みの威力。
逃げざるを得ない。生徒の誰一人にも気づかれないよう対処しながら。
仕掛けた側はもちろん、その当事者さえ、厳しい取り調べを受けることになるのは、明々白々だ。
厄介ごとには巻き込まれたくない。
「生徒の誰にも気づかれずにこれだけの罠をはる皇族の私と、この威力の罠を完璧に処理する君。中々、良い組み合わせだと思わないか。それにそうもしないと、橘学生は本気を出しはしないと思ってな。君のその実力なら、学園トップは間違いない。生徒会にも騎士団にも入れただろうに。」
元々競争によって価値や名誉を計られるシステムに嫌気がさし、またこれ以上目立つのも面倒なので、自分の実力を隠し通していた。
それ以外の理由も諸々あるにしても、誰一人として決して知られたくはなかったが、クレイシアに目を付けられた時点でチェックメイトだ。
結果的に彼女に捕まってしまい、こうしてカフェテリアの個別ブースで話をしている。
「初めから、私を試すために?」
「いいや、当初の目的はそれではない。まあ、横道それて君の実力を計ることに夢中になってしまったのも確かだけど。私も君の素性については随分調べたつもりだったが、相当の運動神経抜群なスナイパーだったとは思わなかった。ねえ、また試してもいい?」
「冗談を」
もう、散々だ。。
「白銀の髪に薄紫の瞳。以前、AIと一緒にいた君とすれ違った時、いかにもS式な顔立ちをしていたから、当初は其の線で絞り込んで調べていた。まさか東洋式だったとはね。神秘にあふれる橘学生は、私にとって興味深い存在だが、、」
「SS00~SS13。この意味が分かるか?」
「いえ、分かりません・・洋服のサイズではないでしょうし」
その瞬間、ひやりとした感触が肌にあたった。クレイシアの冷たい手が顔に触れている。
「とぼけるつもりかな?」
「君と一緒にいたAIロボット。あれはSS09。間違いない。天才技師が設計した未だ存在不明のAI。当初カーネルの趣味で、人形型ボディだった。SS09は二ホン人形をモデルにしている。とはいえ、他の媒体への適用力が高いことが特徴だ。もうかつてのボディではないものが大半だろうが、私には分かる。私は10年前に彼女と約束をしたんだ。」
彼女は渋々とテーブルに乗り上げた足をおろし、制服を整える。
「まあいい。ヒカルには今日から私の研究室の一員とする。また、私の所属するゲームギルドのスナイパーになってもらうぞ。異論は認めない。これは命令だ。君が破壊した機材、ね?」
「なっ・・」
クレイシアが自身の学生手帳を操作して、指のスライドでいとも簡単に、名前を登録する。
橘以外で呼ぶということは、そういうことだ。
確かに数多の機材を自己防衛とはいえ破壊した。それが1か月なのだから、総額相当な金額になっているはずだ。一方的な攻撃ではあるが壊すことになったのは、俺の実力不足であるとも言える。
「君についても知りたい。どうしてそんなにも目立ちたくはないの?ああ、それも今日から私の騎士になるのだから、いつものようにはいかないな。分かっていると思うが拒否することはできないよ」
いくら目撃者が他にいないとしても、称号は学生手帳にはもちろんの事、持ち物に至るまで自動的に表示される。隠しようがない。
本来『騎士』の称号は重いものだ。
その名の通り、騎士の称号を授与したものを守れるだけの技量はもちろん、その才覚が問われる。時間をかけて従者としての信頼を得て、授けられるもの。
つまり、イレギュラー中のイレギュラー。それもカフェテリアで。
「してやられたという顔だな。しかし私はそれ相応の実力だと思っている。この手で自らが試したのだ。これから私の開発するテスターパイロットとして、騎士として私を守ってくれ。」
「・・・我が主の仰せのままに」
「では、私はそろそろ授業に向かう。私の研究室のIDは君の学生手帳に入っている。」
そして、ふと思い出したかのように、クレイシアはカフェテリアの個室ブースの硝子ドアの前で立ち止まった。
「それと。ゲート・イン・ゲームの『橘ひかり』というのは君の妹か?」