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「次は――鍛冶屋か」


 記憶に従って歩く。この町にはいくつも鍛冶屋があるが、ニルスが使えるのは一か所だけである。

 そこはニルスのような身分の者だろうが関係なく物を売ってくれるのだが、あまり質が良いとは言えないし、品揃えが良いわけでもない。


「オヤジ、いつもの頼むよ」

「おぉニルスじゃねえか。まだ生きてたのか」

「勝手に殺すな。あと一個聞きたいんだが……奥の炉、貸してくれたりしないか?」

「……ん? どういうことだ?」

「ちょっと試したいことがあってな」


 日本人からしたら随分と身長の高いニルスからしても、鍛冶屋のオヤジは見上げるほどにデカい。

 明らかに2メートル以上ある身長に、200キロくらいはありそうな体重。太っているのではなく、全体的にデカいのだ。腕はニルスの首ほどに太い。本当に同じ人間なのだろうか? 鬼とかではなく?

 彼はニルスのことを魔憑きというだけで嫌っているわけではないようだが、この提案には流石に懐疑的な目を向けてくる。

 それもそうだ。いきなり炉を貸せなんて狩人が言ってくる時点で、何をしでかすか想像できないのも当然である。


「芋を焼きたいんだ」

「…………すまねえ、耳クソが詰まってたみてえだ。もう一度言ってくれるか?」

「炉で、芋を、焼きたいんだ。貸してくれ」

「…………」


 オヤジは口元に手を当てしばらく唸るが、「まぁいいか」と呟いた。


「理解出来ねえが、まぁ俺が後ろで見てたら変なことはしねえだろ。時間はどのくらいだ?」

「そうだな、一時間もはかからないと思う」

「……分かった。ちょっと待て」


 オヤジは、裏に引っ込むと代わりの店番であろう娘を連れてきた。

 実の娘と紹介された記憶はあるが、巨大なオヤジの子とは思えないくらい華奢な、眼鏡をかけた娘である。

 どこかの学校に行くために勉強していると聞いたことがあり、一人娘でありながら鍛冶屋を継ぐつもりはないらしい。まぁ、こんな男くさいところで働きたくはないよな。


「こっちだ」


 オヤジがニルスを案内したのは、金属を高温で溶かす炉ではなく、石窯のような形状の小さめの炉である。

 どうやらこの鍛冶屋には三種類の炉があるらしく、中でも一番大きい鉄を溶かせそうな巨大な炉は離れたところにあっても灼熱で、職人達が汗だくになりながら金属加工をしている。


「これは何の炉なんだ?」

「皿とか壺を焼くのに使う焼成炉だ。温度は低いが、芋くらいは焼けるだろ」

「何度くらいなんだ?」

「……さぁな、皿が焼けるくらいだ。500度くらいはあるんじゃねえか?」

「充分だ。使用料はいくらだ?」

「要らねえって言いたいところだが、燃料代くらいは貰っておくか。500ドゥラムだ」

「あぁ分かった」


 革袋から金を取り出そうとし、止まる。


「ん? どうした?」

「……さっき頼んだ消耗品はいくらなんだ? それ次第では500も払えない」

「あー……そうか、()()やられてんのか。それにいくら入ってんだ?」

「720ドゥラムだ」

「……一月の売上でそれか。じゃあ、炉の使用料と消耗品全部合わせて720で良い」

「助かるよ」


 それで儲けが出るのかは分からないが、ここは好意に甘えておこう。

 このオヤジはニルスが魔憑きだからと差別はしないが、魔憑きがどのように扱われているかをニルス以上に理解しているのだ。

 先程の買取代金だって、相当中抜きによって減らされていることだろう。どのくらい中抜きされているか知りたい気持ちもあるが、知ってしまうと流石に感情を抑えきれない可能性もあるので聞かないでおいた。

 金を支払うと、携帯食料として持ち込んだ芋をとりあえず炉に投げ入れようとし――


「馬鹿野郎!? 窯に直接芋放り込む奴が居るか!?」


 見ていたオヤジがニルスの手を掴んで止めた。


「……悪かった。なんか――、そうだな、鍋みたいの貸してくれ」

「…………分かった。芋だな? 本当に芋を焼くだけなんだな?」

「芋だけだ。焼いてみたいんだよ」

「……なら、これでいいか」


 オヤジが持ってきたのは、鍋というより巨大なレードルのようなものだ。長い取っ手がついて、先端には窪みがある。

 そこに芋を三個ほど置き、ゆっくりと炉に入れていく。


「……一応聞くが、どれだけ焼くんだ?」

「分からん」

「…………そうか」


 オヤジは呆れた顔でこちらを見る。

 見守っていてくれているのか、それとも変なことをしないように見張ってるのかは分からないが、現状では説明出来ることもないので、何も聞かれないうちは黙って時間が過ぎるのを待つ。


 体感で3分ほど待ち、一旦芋を取り出した。

 芋は炭になる寸前だが、鍛冶場は元から燃料や様々なものの溶けて焼ける臭いが混ざり合って、芋が焦げた臭いは感じない。


「……食うのか?」

「あぁ」


 小屋には皿どころか箸もフォークもなかったので、全て自作した。

 木皿の上に芋を一つ置き、ナイフを刺して割る。

 焼き過ぎたのか、焦げた皮はべろりと剥がれる。しかし中身はまだ焦げておらず、水分が適度に抜けて粉っぽくなっているだけでまだ芋の形状を保っている。

 フォークを刺したが、ぼろりと崩れてしまったのでスプーンに持ち変えて掬い取る。しっかりと吐息で冷まし、口へ。


「……かっっっれぇ!!!!」


 予想は的中した。

 固まっている粉のような芋は異常なまでに塩辛く、これまでの芋とは全く違う味に変化している。

 恐らく神は芋に様々な特性を付け加えている間に、料理に使いやすいよう加熱によって塩味が変化するという性質を持たせたのだと予想されるが、残念ながらそれが活用されることはこれまでなかったのだろう。


「……食えるのか?」


 恐る恐るオヤジが皿を覗き込む。


「食っても良いが、吐いても俺のせいにするなよ」

「……分かった」


 フォークを渡そうとしたが、使い方が分からないのか断られた。

 巨大な手で半割された芋の片方を摘まみ、心底嫌そうな顔をしながら口に放り込んだ。


「…………」

「…………辛くないのか?」

「うん? いや、なんだこれ、本当に芋なのか?」


 オヤジは眉をひそめながらも口を動かし続けている。覚悟を決めていたニルスすら吐き出す寸前だった塩辛さなのに、どうして普通に食べられるんだ?


「『辛い』――は通じないか、なんて言えば良いんだ、普通の芋と違う味するだろ?」

「するな」

「食えるのか?」

「……まぁ、食えないわけじゃないな」

「…………そうか」


 駄目だ、この世界の人間の味覚がおかしいのか、このオヤジの味覚がおかしいのか判断出来ない。

 ひとまず手持ちの芋を全部焼いて、焼いた時間ごとに別の袋に入れておく。

 炉を使った実験を終えると、鍛冶場を出た。するとちょうどオヤジの娘が裏に入ってくるところだったので、慌てて呼び止めた。


「悪い、何も言わずにこれ食ってみてくれ」

「えぇ、何ですかこの黒いの。炭ですか? 嫌がらせですか?」


 娘が俺を見る目は、完全に不審者を見る目だ。だが、手首の痣を見て魔憑きと呼ぶような者とは少しだけ違う性質の目である。

 俺に続いてオヤジが戻ってくると、「まぁ食ってみろ」と言うので、小さめに切った芋の欠片を渡すと嫌々ながら口に入れ――


「っぶふぅ!!!!」


 盛大に吐き出した。そう、そのリアクションが欲しかったのだ。やっぱ辛いよな、塩って。


「なんですかこれ!?!?」

「芋だ」

「芋!?!? 嘘でしょう!?」

「本当にニルスがさっき窯で焼いた芋だ。俺が後ろで見てたから間違いない」

「えぇ……お父さん、これ食べたの?」

「食べたぞ?」

「なんともなかったの?」

「なかったが?」

「…………そう」


 呆れた顔で娘はオヤジを見て、溜息を吐いた。そしてこちらをじっと見て再度言う。


「ニルスさん、もう一度聞きますが、嫌がらせですか?」

「……違う。いや、そうなるのを期待してた面もあるから100%違うとは言い切れないが、悪気があったわけじゃない。その反応が欲しかったんだ」

「……そうですか。じゃあ、私は戻りますので」


 娘は憐みの目を向け、去って行った。

 そこには何で娘が怒ってるのかよく分からないといった表情をしたオヤジと、同年代の女の子にまず間違いなく嫌われた哀れな男だけが残されたのであった。


「あ、そうだ」


 何も分からないといった顔をしていたオヤジが、娘が残した芋の欠片を摘まみ上げて呟く。


「この味、なんか覚えあるなと思ったが――」

「知ってる味か?」

「あぁ、昔嫁が倒れた時に薬師に調合された薬がこんな味だった――気がする」

「本当か!?」


 思わずオヤジに掴みかかる。

 ――が、体格差はどうしようもなく、芋のように摘まみ上げられてしまった。


「落ち着け。なんとなくこんな味だった気がするだけだ」

「……となると海水塩か岩塩、いや、加工しないといけないから海水塩はないな。あんな塩分濃度高い水を飲んだら脱水になるから体調悪い時に処方されるわけない。なら岩塩か? 確かネパールあたりだと岩塩が薬に使われてるって聞いたことがあるな……」

「……何言ってんだ?」

「こっちの話だ。で、その薬師ってのはこの街に居るのか?」

「いや、もう30年前の話だから居ねえよ。ただまぁ、薬なら今の薬師でも知ってるだろ。店出て右にまっすぐ行くと見える、屋根が黄色い建物だ」

「分かった、助かるよ」

 買い込んだ消耗品を受け取ると、オヤジを信じ、駆けだすように店を出た。





「ここ、か……?」


 オヤジに言われたのが正しければ、恐らく黄色い屋根の建物はここくらいだ。

 黄色というからてっきりペンキで塗られているのかと思っていたが、そうではない。黄色い花が屋根中に植えられているのだ。


「すみません」


 扉を開けると、カランコロンと音が鳴る。中には新聞のような紙束を読んでいた老婆が――


「魔憑きに売るもんはないよ!!」


 そう叫ぶと、老婆は紙束を全力で放り投げてきた。


「あっぶね」

「出て行きな!! 魔憑きが来た店なんて知られてみろ! 客が来なくなるだろう!?」

「あー……そういう……」


 説得は無駄そうなので、とりあえず反射的に受け止めた紙束を床に置き、そそくさと店を出る。

 そして少し離れたところでしゃがみこみ、大きく溜息を吐いた。


「オヤジの店くらいでしか買い物した記憶ないのは、そういうことか……」


 この街で魔憑きは嫌われている。それも、尋常じゃないほどに。

 老婆の剣幕は、まるで殺人鬼でも相手にしたかのようだった。

 確かに尋常でない身体能力を持つニルスを怖がる者が居てもおかしくないとは思うが、それにしても、だ。

 強い力を持つ者を迫害するということは、反逆を恐れていないということなのだろうか。

 日本で教育を受け、様々な反乱の歴史を知っていた京三にとって、この扱いには違和感があった。まるで、それを想定していないかのような態度なのだ。


「思えば、俺もおかしかったな」


 記憶を辿ると、このような態度をされたことは一度や二度ではない。知らずに入った店でナイフを投げられたこともあれば、ぶん殴られたこともある。

 だが、それでも何故かニルスは反撃をしなかったのだ。その理由は、分からない。


「……まぁ、無理なものは無理か」


 岩塩があるか知りたかったのだが、この態度ではどうしようもない。

 いや、だがそうなると問題がある。ここまで嫌われている人間の作るものを、一体誰が食べてくれるというのか、という問題だ。

 鍛冶屋のオヤジは、だいぶ変わった人間なのだろう。だが、塩の塊のような芋を食っても顔色一つ変えなかったオヤジ一人を試食係にするわけにはいかない。


「なんとしても試食係を、最低でも二人は用意したいな」


 それも、鍛冶屋のオヤジを除いて――である。

 オヤジの娘には明らかに嫌われてしまったようだから、そちらも望み薄。娘が居るなら嫁が居るはずだが、ニルスは鍛冶屋で一度もそれらしき女性を見たことがなかった。逃げられたのだろうか。


「はぁ……どっかに芋も食えないほど腹すかせた奴が居ないもんか」


 そんなことを考えながら、来た道を帰るニルスであった。

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