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「おおー」
狩人の収入源、獣の羽根や皮などの素材を大量に背負い町にやってきたのは、京三がこの世界に来てから一月は経ってからであった。
いつもより精力的に狩りをし、捌き、それを食す日々である。
すぐに町に行きたい気持ちはあったのだが、ニルスは月に一回程度町に素材を売りに行くが、売り上げの全てはその日のうちに使ってしまう。
小屋で金を持っていても無駄だからと、貯金という概念がないのだ。
故に、すぐ町に行こうにも、現地で使える金がなかった。
一番近い大きな町には徒歩で二日ほどかかる。売り物である鳥獣の羽根や皮の他、最低限の護身用の武器、糧食は水と芋だけだ。
旅準備をしていてようやく気付いたのだが、この世界には飲料の概念が存在している。意識することなく飲んでいたからその発見に思い当たらなかったのである。
ニルスは日常的に水しか飲まないが、芋だけで生きているわけではなかったのだ。その発見に、芋に慣れかけていた京三は感動を覚えてしまった。あとは、町に水以外の飲料があれば、ではあるが。
「ここが買取所か。……フリーマーケットみたいなもんか?」
記憶を頼りに町を歩き、まずは金を手に入れ邪魔な荷物を手放すために素材の買取所に向かう。
看板には何かしらの文字が書かれているのだが、文字を覚えていないニルスは一文字も読めず、とりあえず受付であろう出店の主に声を掛ける。
つまらなそうに巻き煙草を吸って空を眺めている男は、大量の荷を背負った人間が出店の前に来ても目も向けない。
「買取を頼みたいんだが」
「ん? ……あぁ、何だ魔憑きのガキか。いつも通り即金希望か?」
出店の男はこちらの顔を見て、その後に手首を見て溜息を吐いて言った。
顔で覚えているわけでも、名前で覚えているわけでもないようだが、少なくともニルスのことを知っているようではある。
しかし、ニルスの記憶にはこの男の顔は記憶されていない。単純に他人に左程興味がないのだろう。
「一応聞いておくが、即金以外は何があるんだ?」
「……代理販売がある。こっちで預かって、売れてから代金の7割をお前に払う。いつ売れるかは分からねえし、丸一日買い手が付かなかったら自動的に規定額の半分だけ渡すことになる。即金だとこの場で金を用意するが、代金は規定額の半分だ」
「ふぅん……」
魔憑きだからとぼったくられているのかと思ったが、その説明を聞くとあまり暴利というわけでもないように感じる。
まぁ、その規定額というのが低すぎる可能性はあるのだが、相場を知ろうにも世間を知らないニルスにはその判断は難しい。
しかし、このルールのことはニルスの記憶にはなかったので、聞いても忘れたか、そもそも聞いていなかったかのどちらかだ。
「知らなかったのか? まぁ、お前さんはこの町には住めねえだろうしな、外じゃ金の使い道もねえか」
「そういうこと。じゃ、即金で宜しく」
「あいよ。……なんだ、今日はいつもより多いな。それにこれ、ドブドリか? なんでこんなの狩ってんだ?」
「ん? 買い取れないのか?」
男が小さな黒い羽根を見て首を傾げる。
ドブドリと呼ばれたのは、日本で言うカラスのような習性の鳥類だ。適当な場所に生ゴミを捨てておくと気付いたら食べにくる、黒くて比較的小さな鳥である。
人に襲い掛かるような性質ではなくゴミ漁りをする程度なので害獣とも言い難いが、食べてみたくて狩ったのだ。
ちなみにその肉は、グゾエオオブドリのアンモニア臭がまだマシと思えるほどの臭さと不味さであった。二度と食うか。
「いや、安いが買い取れないわけじゃねえ。で、これは何だ? 普段こんなの狩ってたか?」
「名前は知らん。まぁ、売れないなら捨ててくれ」
男が摘まみ上げたのは、青い毛皮である。
見た記憶はあったが狩ったことはなく、育ての親のヨーアンに説明されたこともなかったので名前も知らない、狸ほどの大きさの獣の皮だ。
偶然森で見かけたから、手で縊った。野生動物を素手で捕まえられるニルスの素早さ。そして力の強さに、比較的平和な日本で生まれ育った京三は少しだけ驚いた。
「……ちょっと待ってろ」
男はそう言うと、皮を持って出店から離れたところにある建物に入って行った。
恐らくあそこが買取所の本拠地で、フリーマーケットで売られているものを管理している建物なのだろう。
となると、この出店はニルスのようなハグレもの向けの派出所のようなものだろうか。
「アオビマーテンだ。――こんなの、あの森に住んでたのか」
男が戻ってくると、手にはじゃらじゃらと音の鳴る革袋があった。
「高いのか?」
「他のよりはな。警戒心が強いから人前に出てくることはあんまりねえ。それに、お前みたいな狩人じゃなくてハンターが狩ってくることが多いな。詳しくは知らんが」
「……一応教えてくれ。ハンターと狩人は何が違うんだ?」
聞いてみると、男は何を聞いてるんだという目をこちらに向けた後に、一瞬だけ手首を見て溜息を吐いた。
「……狩人はお前らみたいな魔憑きの仕事で、害獣を狩る奴を指す。で、ハンターは普通の奴が金になる獣を狩る仕事だな」
「…………なるほど」
「なんでそんなことも知らねえんだ……?」
そう言われても、知らないものは知らないとしか思えない。なるほど、獣を狩る仕事にも二種類あったのか。
それに、この言い方だとやはり狩人は相当軽く見られてそうではある。人を襲うような獣を日常的に狩っているのだから、少なくともただの人よりは強いのだ。
それなのにこう、日本で見られたことのないような目で見られるあたり、魔憑きというのはよほど下賤の者なのだろう。
このような価値観なのに、彼らが人々に反旗を翻すことは想定されていないのだろうか?
「まぁ、森で暮らしてるような魔憑きにゃ関係ないことだったな。で、今回の買取金額がこんだけ、720ドゥラムだ」
男はそう言うと、革袋をドンと置く。中を見ると、銅貨のような色をした硬貨が何十枚も入っていた。
てっきり大金なのかと思ったが、ニルスの認識と照らし合わせると、10円玉を72枚用意されたようなものである。
小銭で渡すのに何か意味があるのか聞こうかとも思ったが、恐らく無駄なので考えるのはやめにした。
「ありがとな。また来る」
「……マーテンみたいの見つけたらまた狩ってこい。今度はもう少し色付けてやる」
「あぁ、分かったよ」
出店から離れ、一度だけ後ろを振り返ると、男が手元を見てニヤけていた。
大方、先程のアオビマーテンの売上代金を一部懐に入れでもしたのだろう。文句を言いたい気持ちがないわけではないが、この町唯一の買取所に持ち込めなくなるデメリットの方が大きいので気付かない振りをしておいた。
むしろ、自分と関わることで得をすると思わせた方が今後の関係構築には役立つはずだ。
差別的な目を向けられようが、ぼったくられてようが構わない。現時点ではまだ、彼らの認識は間違いではないのだから。